3.女神の願い、少年の覚悟
女神様は目を見開いたまま動かなかった。
花びらだけが、静かに二人の間を流れていく。
やがて女神様は、小さく息を吐いた。
「……⋯」
「ありがとうございます」
「そのお気持ちは、本当に嬉しく思います」
「ですが──」
瞬間、静寂がまた走る。
「人と神は恋人になることはできません」
その答えに、俺は緊張が解けたように力が抜け顔が俯く。やっぱり駄目か。そうだよな。相手は女神様なんだ。
そんな俺を前に、女神様は優しく心配するような声で話す。
「その願いを叶える方法は、一つだけございます」
俺は思わず顔を上げた。
女神様は真っ直ぐ俺を見つめる。
「あなたが、『神』になれば」
俺は言葉を失い、目を大きく見開いた。
そんな俺に女神様は優しく声をかける。
「申し訳ありません。少々、驚かせてしまったようですね」
俺は瞬きを数回して我に返って、女神様と話す。
「いや、少々というか──。だいぶ、驚きました。──その、何ですか⋯『神』でしたか。なれるものなのですか」
神とは崇高なる者だ。人からなる『仏』も教えを守り、真理に至れば──と思っていた。
女神様が口を開く。回答は──
「なれるかなれないでしたら⋯なれます。ですが──」
女神様の穏やかな表情に、わずかな迷いが差した。優しい眼差しの奥には、心配の色が滲んでいる。
「試練を受ける必要があります。その試練は過酷です。乗り越えること自体難しい。それを乗り越えた時、『神』という資格を得て、『神』になれるのです」
女神様の言葉には、不思議と疑う余地がなかった。胸の奥が高鳴る。
「試練の説明をする前に、まず『神』についてお話しいたします」
「我々『神』は、分かりやすく申し上げれば、世界の均衡を護る存在です」
「そして、自ら世界へ直接干渉することは許されておりません。ただし、間接的に恩恵を齎すことは認められております」
俺は「なるほど」と小さく頷いた。
「試練は『神の管理する世界で神たりうる資格を得ること』です。この場合、私の管理する八つの世界を渡り、その資格を得ることになります」
俺は真剣な顔で女神様の話を聞く。
「八つの世界を簡単に説明いたします」
「『剣の世界』」
「『魔法の世界』」
「『商業の世界』」
「『精霊の世界』」
「『他種族の世界』」
「『戦乱の世界』」
「『滅びかけの世界』」
「そして──『邪神の世界』」
女神様の説明だけでも十分に伝わった。この試練が、生半可なものではないことを。
しかも、神の資格とは何か、その答えすら教えられない。正解も分からぬまま、自ら見つけ出さなければならない。
──まさに、過酷な試練だった。
女神様が口にする。その声は優しさと迷いがこもる。
「本来であれば、この道は勧めたくありません」
「あなたには二つの道があります」
「このまま安らかに天界で眠ること──。試練に挑み、神を目指す。どちらを選ぶかはあなた自身が選んでください」
俺は葛藤した。確かに辛いこともある。そんな目にあってほしくないという女神様の想いもある。
でも、俺は⋯。
「女神様、あなたのお気遣い深く感謝します。──俺の答えは」
言葉を止め、しゃがんだ俺の体を立ち上がらせて、真っ直ぐ女神様の顔を見て伝える。
「その試練、受けさせてください」
女神様は息を呑み、驚いた。それでも、俺は言葉を続ける。
「『俺の望み』のためでもあります」
「ですが、それ以上に──」
「女神様。『あなたの隣に立てる存在』になりたい」
「そのためなら、どんな逆境が待っていても構いません」
「俺は神になり、必ずあなたにもう一度想いを伝えます」
女神様は一瞬、目を見開いた。
やがて、その表情は柔らかな笑顔へと変わる。
どこか安心したような、そして少しだけ誇らしげな笑顔だった。
「あなたらしい答えです。分かりました。あなたの覚悟、しかと受け取りました」
俺は笑顔で頭を下げる。
「感謝します」
「では、始めに『剣の世界』へ転生させていただきます。ここでは、魔法は一切なく純粋な武を高める世界になっています」
「分かりました」
女神様は両手を俺に向ける。
「ではこれから転生を行います。よろしいですね」
俺は無言で頷く。
女神様も言葉を出さず、笑った。
すると、女神様の手から銀色の光が発せられる。それに呼応するように、俺の足元から銀色の光が立ち上る。転生の時だ。
全身が包まれていき、肩ぐらいまで立ち上がった光を前に女神様は口にする。
「──ご健闘を祈ります。────行ってらっしゃいませ」
女神様は笑顔で送った。俺はその姿に笑顔で返した。
光は全身を包み込み、やがて小さく消えていく。
残された花畑で、女神様は静かにその光を見送っていた。風が吹き、花々が優しく揺れる。
女神様は小さく微笑み、そっと呟いた。
「必ず……また、お会いしましょう」
――場面は変わり、
「おぎゃあ……! おぎゃあ……!」
力強い産声が部屋に響いた。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
母親は涙を浮かべながら、生まれたばかりの赤子を胸に抱く。
その小さな命は、何も知らないまま静かに目を閉じていた。
こうして、一人の少年の新たな人生が始まる。
願わくば、皆さんのご意見をお聞きたいです。
どうか、よろしくお願いします。




