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39.怖くてもいい

「無事だったか、キャリメラ。」


「お兄ちゃん、久しぶり。帰ってきたんだ。」


 二人はこんな危機的状況にもかかわらず、再会を喜ぶように会話を始めた。仲がいいことは結構。だが、今はこの状況だ。俺はみんなに指示を出す。


「ご兄妹。すまないが、話は後だ。剛の師匠、相手はニードルボアを二体解き放ちました。一体、引き受けていただいてよろしいでしょうか?」


「おう、任せろ。『獣剣』、手を貸せ。妹にいいとこ見せろよ。」


「はっ、そうだな。帰還した兄の勇姿、見せてやる。行こうか、レオポル。」


「ガウァァァン。」


 剛の師匠とキャリメラのお兄さんと、そのパートナーの獣が、一体のニードルボアに向かって走り出した。一体引き受けてくれたことで、もう一体に俺たちは集中できる。俺はキャリメラに援護を頼んだ。


「キャリメラ、ルナたちと連携する。笛を頼む。」


「わかった。」


 キャリメラが笛を取り出そうとした────だが、密猟集団の一人がキャリメラの方に謎の物体を投げた。キャリメラは咄嗟に左手で身を守った。


ベチャッ──


 キャリメラの左手に粘着物を当てられたようだ。


「キャリメラって、獣導師の女で笛を使わないと戦えないんだろう? どうだ? 特製のトリモチだ。ちょっとやそっとじゃ取れねぇぜ。」


 キャリメラの笛が塞がれた。俺がわずかに体の向きを変えた。それを逃さなかったのか、ニードルボアが突進した。


「ボウァァァ──。」


 俺は横に回避してニードルボアの体にしがみつく。ニードルボアは止まらず、密猟集団も横に逃げる。そのまま、キャリメラたちの方に突進していく。その瞬間、


『次からはキャリメラをちゃんと守ってね。』


 ノエラさんの言葉が走馬灯となって頭によぎる。守らなくては────。俺は片手に持っていた剣をニードルボアの横腹に突き刺す。


「ボギャアアアア──。」


 突進は止まり、俺はニードルボアの腹を蹴り、その勢いのまま剣を引き抜き、後退する。ニードルボアが俺を睨んでいた。俺も身構える。


「カルタノ、行って。」


「モアアアアアア──。」


 カルタノが辺りに鳴き響いた。その声にニードルボアはカルタノの方に向き、突進する。カルタノも負けじと突進していく。物凄い勢いで距離が縮まり、激突した。


ハゴドッ──


 どちらも拮抗しており、力はほぼ互角だった。鋼牛の特徴はパワーより、体の頑強さがある。カルタノが抑えてくれる間に、俺はキャリメラたちの方に駆け寄って安否を確認し、シャニーナに指示をお願いした。


「大丈夫か? キャリメラ。」


「怪我はないけど⋯これじゃ笛が吹けない。」


「くっ。シャニーナさん、騎士たちに指示を。カルタノがニードルボアを抑えてくれている。その間に密猟集団を制圧してください。」


「分かりました。総員、黒獅子のたてがみの者を一人残らず捕縛しなさい。」


「「「「「おおおおお──。」」」」」


 騎士たち六人で一人一人と無力化していくが、周囲を警戒しながら戦っているため、疲労が早く見えている。リンクスやグラスにも応援してほしいが、キャリメラの笛で落ち着きながらじゃないと、上手く立ち回れない。


 ルナの指示とキャリメラの笛の音で成り立つ戦い方なのに、このままではこちらが危うい。俺は少し悩み込み、決意を固め、立ち上がる。


「俺がリンクスたちを落ち着かせよう。」


「えっ、でもどうやって⋯?」


 キャリメラは俺の言葉に疑問を抱き、心配そうに聞く。俺は微笑んで答えた。


「何も笛だけじゃないよ。でも、キャリメラの笛ほどではないけど、やらないよりマシだよ。」


 俺は深く息を吸って────


 歌った。


「暗闇の中〜 抱く怖〜れ〜♪」


 俺は落ち着いた曲調になるように歌う。俺の歌声にキャリメラもルナたちも、戦っている騎士や敵の剣士も、目を奪われるように見ていた。戦っていたニードルボアも動かなくなった。


「誰しも〜持って〜 怖れ〜ている〜♪  落〜ち着かず焦り 慌ててる〜♪」


 こんな戦場で歌っているのもそうだろうが⋯、俺は女性寄りの声で歌っているからだ。俺は前世では、『女性の声替え』という特技があり、今の俺の声は、普段の声よりも柔らかく、高く響く。それが獣たちには、キャリメラの笛とは違った形で届くと思い、静かな歌声を戦場に響かせる。


「助けを求め〜 願うだけ〜♪  周りを見れば〜 誰かいた〜♪  そして知ったんだ〜 孤独でないと〜〜♪」


 焦り、怒り、恐怖。それらを包み込むように、俺は歌い続ける。


 そして、落ち着いた曲調を続けて、少し大きな声でサビに入る。


「怖くてもいい〜 弱くてもいい〜

側には〜 あなたがいた〜

だからこそ〜 動ける私〜〜♪」


 俺は歌い切る。いつの間にか、ニードルボアたちは地面に伏していて、攻撃の意思が無くなっていた。俺はリンクスとグラスを見て、笑顔で声をかける。


「リンクス、グラス。大丈夫、俺やキャリメラ⋯みんながいる。一緒に戦おう。」


「ワンッ。」


「ガゥッ。」


 俺の言葉にリンクスとグラスは元気よく吠えた。俺はまた微笑み、ルナとキャリメラに声をかけた。


「ルナ、リンクスたちに指示を。それと、キャリメラを守ってくれ。」


「ワオオッ。」


「キャリメラ、ルナの側にいてあげてくれ。それが今、キャリメラにできることだ。」


「──分かった。ショウヤ、お願い。」


「ああ、任せろ。」


 俺はカルタノに指示を出した。


「カルタノ、その子はいい。キャリメラを守ってくれ。」


「モォォツ。」


 カルタノはニードルボアからキャリメラの方へ駆け寄る。師匠たちが戦っていたニードルボアも落ち着いているようだったので、同じことを言って、俺は密猟集団の方に駆け出していく。


 騎士も密猟集団も正気に戻り、応戦した。剛の師匠とキャリメラのお兄さんはニードルボアから離れ、密猟グループを制圧に入る。俺は、手足を浅からず深からずの傷で無力化していく。


 リンクスやグラス、剛の師匠たちの手もあり、数分で一人を除き、密猟集団の全員を制圧し、捕縛した。シャニーナさん以外の騎士は疲労があるらしく、リンクスたちがキャリメラと一緒に守ってくれた。


 そして、俺は残った一人を見た。


「あとはお前だけだ、グレマルー。」


「ふっ、あえて狙わなかったようだが、何のつもりだ。」


 そうだ。俺はあえて狙わなかった。それは止めるべきなのは俺ではないからだ。俺はグレマルーの意見を流し、背後にいたシャニーナさんに声をかけた。


「シャニーナさん。彼と一騎討ちしてくれないでしょうか?」


「えっ、私ですか?」


 その言葉にシャニーナさんも、その部下たちも驚いていた。


「彼はあなたを認めていなかった。だからこそ、あなたの剣で彼を止めなさい。」


 俺の言葉にシャニーナさんは拳を握る。そして、覚悟を決めたように前へ出る。


「グレマルー。私、シャニーナはあなたに一騎討ちを望みます。」


「おいっ、なめてんのか? いいぜ、分からせてやる。」


「じゃあ、合図は俺がする。準備を──。」


 二人は互いに近付いていく。俺たちは二人から離れ、二人の一騎討ちを見る。始まろうかという時に、キャリメラが俺の服を掴んで俺を叱る。


「ショウヤ、何勝手なことしてるの。」


「騎士として、誤った道を踏んでしまっているのだ。それを正すのは騎士である彼女がすべきだ。」


「でも⋯。」


「大丈夫、さっきの乱戦を見てたが⋯⋯シャニーナさんなら大丈夫だ。」


 そうこう話しているうちに、二人は互いに剣を抜き、構えを取った。

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