34.マリネアとの晩餐
キャリメラの家でご飯を食べる約束をしていた件を、すっかり忘れていた。
思い返せば、クエストで忙しかった。だが、確認するタイミングは何度もあった。それなのに完全に忘れてしまったのだから、弁解の余地もない。
そんな俺に、マリネアさんが涙目になって訴えかける。
「なんでですか。キャリメラちゃんの獣たちと触れ合いながら、キャリメラちゃんが絶賛するショウヤさんの料理を食べる機会を楽しみにしてたのに⋯⋯。ぐすっ」
「ごめん。面目ない」
「どうしたの、マリネアお姉ちゃん?」
「キャリメラ」
キャリメラが不思議そうに近づいてくる。
さらに周りを見てみると、剣士たちが俺たちに注目していた。
よく考えれば、今の俺はマリネアさんを泣かせた男にしか見えない。俺は慌ててキャリメラに事情を説明した。
「あっ、いや、その⋯⋯。実は王都を出る前に、マリネアさんをキャリメラの家に招いて、一緒に食事をしたいって話してたんだ。俺の料理を食べたいって言ってくれてたんだけど⋯⋯キャリメラに確認するのを忘れて、今怒られてる状況なんだ。情けない限りだよ」
「そんなことなら、来てもいいのに」
「……いいんですか?」
キャリメラは、そんなことを気にする必要もないと言わんばかりに、あっさりと了承した。
その言葉を聞いた瞬間、マリネアさんの涙が止まった。
「うん。マリネアお姉ちゃんと一緒に食べられて、私は嬉しいから」
「ありがとう、キャリメラちゃん」
「それと、ショウヤ」
「あっ、はい」
「連絡は早く、ね」
「ぐうの音も出ません。以後、気を付けます」
クエストに出る前、俺自身がキャリメラに「連絡は大切だ」と思ったばかりだった。
それなのに、俺も同じことをやらかしている。俺もまだまだだな。
それから、キャリメラと市場へ向かい、夕食の食材を買っていく。
フレンメのおばちゃんの店では、いつもより多くの食材を買った。それを見て、おばちゃんが不思議そうに尋ねてくる。
「帰ってきたと思ったら、そんなに買ってどうしたの?」
「ちょっと夕食を豪華にしようかと」
「ショウヤったら、マリネアお姉ちゃんとの約束を忘れちゃって、埋め合わせのために気合入ってるの」
「キャリメラ⋯⋯」
「ショウヤくん、大切な人との約束は守らないと駄目よ」
「ええ、反省しています」
「まあ、頑張りなさい」
「はいっ」
おばちゃんから最後の食材を受け取り、俺たちはキャリメラの家へ帰った。
ちょうど、マリネアさんも仕事を終えたところらしく、一緒に帰ってきた。
────
家に帰って早々、リンクスが俺に飛び込んできた。
「リンクス、ただいま。寂しい思いをさせたかな」
「ガゥッ」
「ショウヤ、リンクス。中に入ろう」
「おっと、ごめん。そうだったね」
「リンクスがこんなに早く懐くなんて……さすがです、ショウヤさん」
「そうなの? お褒めの言葉として受け取るよ。ありがとう」
そんな会話を続けながら、俺は台所へ向かう。キャリメラとマリネアさんは獣舎へ向かった。
そして俺は、先ほどの約束を忘れてしまった埋め合わせとばかりに、腕によりをかけて料理を作った。肉をたっぷり使ったハンバーグに、肉や野菜をふんだんに使った煮込みスープ。
せっかくなので、今日は外で食べることになった。
料理を運ぶために外へ出ると、キャリメラの仲間たちが全員揃っていた。
その光景を見て、俺は思わず声を漏らした。
「キャリメラの仲間が全員揃うと、壮観だね」
「うん。みんな仲良しだし、私はこの光景が一番嬉しい」
キャリメラの瞳は、いつにも増して輝いていた。
その嬉しそうな顔を見ていると、俺も自然と笑みがこぼれる。
そして、そんな中でマリネアさんはというと……。
「もふもふ幸せ⋯⋯」
ルナのふわふわな毛に顔を埋めていた。
「マリネアさん、もふもふ好きなんですね」
「仕事が終わったあとに、獣たちの毛に癒されるのは気持ちいいの」
どうやら、マリネアさんはかなりの獣好きらしい。ルナたちも特に警戒している様子はない。
リンクスが俺に懐いてくるのも、こういうことなのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は微笑んだ。
それはそうと、料理も完成した。
「さーて────料理はできたよ。せっかくだし、外で食べようか」
「わーい、ご飯、ご飯」
「あっ、できてたんですね。────なんていい匂い……食欲が湧き上がります」
キャリメラは料理に向かって一直線に駆けていく。
マリネアさんもルナから離れ、料理の匂いを嗅ぎながら目を輝かせていた。
そして、外の机に料理を並べ、俺たちは食卓を囲む。みんなで手を合わせる。
「では────」
「「「いただきます」」」
料理を口にしたキャリメラは、いつものように嬉しそうな顔をする。
そして、マリネアさんも一口食べると、目を見開いた。
「……美味しい」
「本当?」
「はい⋯⋯。本当に美味しいです」
やがて、マリネアさんの目には涙まで浮かんでいた。
「羨ましい⋯⋯。こんなに美味しい料理を毎日食べられるなんて、羨ましいよ」
「ふふんっ。いいでしょう」
「ぐぬぬぬっ」
「こらこら。マリネアさんも、またこうやって食べに来たらいいんだから……ね。キャリメラもいいだろう?」
「うん。マリネアお姉ちゃん、また一緒に食べよ」
「本当ですか? では、喜んで」
それからも今回のクエストで起きた出来事を話しながら、俺たちは楽しく食事を続けた。
笑い声が響く。獣たちも傍にいる。美味しい料理を囲み、気を許せる仲間たちと過ごしている。
俺はふと、この光景を眺めた。
そして、一つの覚悟を決める。
──この笑顔を守りたい。
今ここにある、この幸せな時間を。
それは、神になるための試練とは関係のない、俺自身の願いだった。
それからも俺は、クエストをこなしながら、キャリメラとその仲間たちと穏やかな日々を過ごしていった。




