31.獣導師の母
夕暮れになる前に、俺たちは村へ戻ってきた。村には鎧を身に着けた騎士たちが集まり、盗賊たちを馬車へ乗せている。どうやら、騎士団が到着したようだ。
「どうやら、騎士団が来てくれたようだな」
「……」
「どうした、キャリメラ?」
俺が声をかけると、キャリメラは何も答えなかった。だが、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。そして、俺の問いかけにも答えず、すぐさま騎士団の方へ駆け出した。
正確には、騎士団の中にいる一人の女性騎士へ向かっているようだった。
ピンク色の髪をポニーテールにした女性騎士が、こちらを振り返る。
その姿を確認した瞬間、キャリメラは歓喜の声を上げながら駆け寄り、そのまま女性騎士へ抱きついた。
「お母さん、来てくれたんだね」
「キャリメラ。無事なようで安心しましたわ」
「来てくれて、嬉しい」
「あなたのノクスが手紙を届けに来てくれましたし、最短で済ませるなら、私たちが向かうのがいいと考えたの。騎士団長にも許可を得て来たのよ。とにかく、無事で本当に良かった」
親子の仲睦まじいやり取りに、俺は思わず微笑ましい気持ちになる。
だが、それと同時に――俺は驚愕して、その場から一歩も動けずにいた。
「あら、そこのあなた。剣士ギルドの方かしら?」
そんな俺に気付いたのか、キャリメラの母親が声をかけてきた。
「あっ、はい。そうです。失礼しました。キャリメラの母親が騎士の方とは知らず……」
「あら、キャリメラ。教えていませんでしたの?」
「まだ伝えてなかった。ついこの間、パーティーになったばかりだから、追々話そうとはしてたんだけど……」
キャリメラの言葉に、母親は少し驚いた様子を見せる。
「キャリメラ、さっきなんて言ったの? ……パーティー?」
「そう。パーティーを結成して、ショウヤと一緒にクエストしてたの」
「そうなの……。たしかに手紙でも書いて……。待ちなさい。今、ショウヤと申しました?」
「うん」
「それはつまり、王都で有名になっている、あの……ショウヤさんに……?」
「そう。あのショウヤなの」
キャリメラは、「凄いでしょう」と言わんばかりの笑顔を浮かべている。
一方の母親は、呆れたような、それでいて嬉しそうな微笑みを浮かべていた。
「相変わらずね、キャリメラ。あら、失礼しましたわ。改めて、ショウヤさん。キャリメラが世話になっているわね」
そう言って、母親は俺の方へ歩いてくる。
俺の前まで来ると、右手を差し出してきた。俺も右手を差し出し、その手を握る。
「いえいえ。こちらもいい経験になっておりますので、お気になさらず」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
互いに笑顔で固く握手を交わし、手を離す。
そして俺は、改めて気になっていたことを尋ねた。
「失礼ながら……キャリメラのお母様、でしょうか?」
「あら、これは失礼しました。名乗るのが遅れましたね」
女性は優雅に一礼する。
「私はノエラ。ブレーベル王国騎士団の騎馬隊隊長を務めております。以後、お見知りおきを」
「これはご丁寧に。私はショウヤです。キャリメラさんとはパーティーを組んでもらっています。しばらくお世話になるかと思いますので、よろしくお願いします」
互いに改めて挨拶を交わす。
すると、ノエラさんは少し驚いたような顔を見せた。
「あの……どうかしました?」
「あら、また失礼を。いえ、あの六剣聖の弟子が、こんなにも誠実な方とは思わず、少し驚いてしまいましたの。すいません」
(師匠たち……昔、何かやったんですか……?)
そんな疑問が頭をよぎる。
だが、今は目の前のことが先だ。
「左様ですか。ところで、盗賊たちは大丈夫そうですか?」
「ええ。私たちが来るまで、ルナたちがちゃんと見張ってくれていたみたいで、何もしていないようです。あとは連行するだけね」
「そうですか。ありがとうございます」
「こちらこそ。十人を超える人数の中、キャリメラを守ってくれてありがとう」
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸が締め付けられるように苦しくなった。
俺は、正直に伝えることにした。
「いえ……すいません。守りきれてませんでした」
「えっ?」
「一度、盗賊の一人がキャリメラを攻撃しようとしていたのですが、俺は間に合わず……」
俺は拳を握る。
「クレインが守ってくれたので、キャリメラは無事でした。ですが……娘さんを守りきれず、申し訳ありません」
俺は深く頭を下げた。
(俺が間に合わなかったのは事実だ。結果的に無事だったからといって、なかったことにはしたくない)
しばらくして、ノエラさんが静かに口を開いた。
「ショウヤさん」
「はい」
「まずは顔を上げてください」
俺は頭を下げたまま返事をする。
「……はい」
そして、ノエラさんに言われたとおり顔を上げる。
そこにあったのは――笑顔だった。
「ありがとう。正直に言ってくれて」
その声音は優しかった。
「でも、次からはキャリメラをちゃんと守ってね」
「――っ、はい!」
その言葉に応えるように、俺は強く返事をした。
すると、ノエラさんはクスッと笑った。
「あなたが六剣聖に気に入られたのが、少し分かった気がします」
「ありがとうございます」
ノエラさんに褒められ、俺は素直に頭を下げる。
やはり、ノエラさんは優しい人なのだ。
俺は、そう思っていた。
――だが。
ノエラさんは踵を返し、盗賊たちのいる馬車へ向かって歩き出した。
すると、それまで近くにいた騎士たちが、なぜか一歩、また一歩と道を空けていく。
(……ん?)
俺が疑問に思っている間にも、ノエラさんは馬車へ近付いていく。
そして馬車へ乗り込むと――
「あなたたち、私の娘に怪我を負わせようとしたようですね?」
先ほどまでの優しい声が消えた。
凛としている。それでいて、明らかな怒気が込められていた。
その瞬間、盗賊たちは今まで以上に身体を震わせていた。
「私は騎士です。鬱憤を晴らすためや、無闇に人を痛めつけるようなことはしません」
ノエラさんは静かに告げる。
「ですが、抵抗したり、娘をはじめ、他の人に危害を加えようものなら……」
そこで一度、言葉を切る。
「私は、赦しません。これは最終警告です。ご理解くださいましたね?」
盗賊たちは一斉に首を縦に振った。
「ご理解、感謝します」
それだけ言うと、ノエラさんは馬車から降りた。
先ほどまでの怒気が嘘だったかのように、その立ち振る舞いは再び美しく、凛とした騎士のものへ戻っている。
「さあ、出発するわよ。みんな、早く支度しなさい」
「「「「「「は、はいっ!」」」」」」
ノエラさんの指示を受け、騎士たちは一斉に出発の準備へ取り掛かった。
その様子を見ながら、俺は隣にいるキャリメラへ声をかける。
「キャリメラ。随分、愛されてるね」
「たしかに、そうかも。少し過保護かと思うけど……私は嬉しいな」
「ふっ。折角だし、一緒に同行する? クエストは終わったし……」
「そうだね。ちょっと、聞いてくる」
「あっ、俺が聞いてくるよ。キャリメラはカルタノたちを頼む」
「分かった」
キャリメラはカルタノたちがいる獣舎へ向かい、俺はノエラさんへ声をかける。
「すいません、ノエラさん。俺たちも同行してよろしいでしょうか?」
「あら、そう? 私たちは大丈夫よ。むしろ、心強いわ」
「ありがとうございます。キャリメラがカルタノたちを連れて来るので、もう少し待ってもらっていいですか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとうね」
「いえ、こちらこそ」
ノエラさんから許可をもらった俺は、そのまま村長たちのもとへ向かった。
そして、今回のクエストで判明した鉱角鹿とグラトニーゴートについて説明し、森へ無闇に近付かないよう伝える。
「原因は、希少種のグラトニーゴートでした。毒草に覆われた森の奥へ移動してもらったので、もう大丈夫だと思います。ただ、危険な場所でもあるので、近付かないようにしてください」
「分かりました。注意するように伝えておきます。ありがとうございます」
「それと、鉱角鹿も山岳地帯へ誘導してもらいました。こちらも希少種なので、無闇に近付かないようお願いします」
「はい。十分に注意します」
「いえ。実際にやったのは、あちらの獣導師の彼女です。俺はただの護衛ですから」
俺はキャリメラの方を見る。
「それに、こちらも無理を言って盗賊を預けてしまって申し訳ありません。お世話になりました」
「いえいえ。こちらこそ助かりました」
「ちゃんと、報酬お願いします」
「ええ。ちゃんと相談しておきますので、ご心配なく」
そんなやり取りを終えたところで、キャリメラがカルタノたちを連れて戻ってきた。
俺たちはノエラさんと合流する。
「お待たせしました」
「大丈夫よ。では、出発しましょうか」
いよいよ出発しようとした、その時だった。
「隊長、すいません」
「なんだ?」
「もう、夜になります。今日はここで一泊してから王都へ帰った方がよいのでは?」
もっともな意見だった。
だが、ノエラさんは首を横に振った。
「なりません」
「しかし……」
「たしかに、もう夜になってしまいました。ですが、ここまで大人数でお世話になるのも申し訳ありません」
ノエラさんは村の方々へ視線を向ける。
「ですから、少しずつでも進みましょう」
俺も、その意見に賛同した。
「そうですね。村の方々にも今日一日お世話になりましたし、これ以上負担をかけるのは避けた方がいいでしょう」
「そうでした。失念していました。では、持ち場に着きます」
「よろしい。では、改めて出発です」
こうして俺たちは、夜の中を王都へ向けて進み始めた。
* * *
夜中の森を、騎士たちと共に進んでいく。
俺はキャリメラと一緒にルナの背へ乗り、ノエラさんたちは自分たちの馬で移動していた。
辺りはすっかり暗くなっている。
やはり、夜の森というものには恐怖を感じる。騎士たちも警戒心を強め、周囲を注意深く見回していた。
だが――キャリメラとノエラさんは、まるで平気そうだった。
俺は少し気になり、ノエラさんへ声をかける。
「ノエラさんは、この暗闇の中、怖くはないんですか?」
「怖いものではありますわ。でも、ルナたちがいるので安心です」
「うん。暗闇の中でも、他の森の子たちも、私たちに襲いかかろうなんて思わないしね」
「そうなんですね」
ルナのような月狼が一緒なら、森の獣たちもわざわざこちらを狙うより、逃げることを選ぶのだろう。
そんなことを考えていると、ノエラさんが笑いながら話し始めた。
「それに、盗賊の類も、騎士を出し抜こうとするような、違う意味で勇敢な者でない限りは襲ってこないでしょう」
「違う意味で勇敢……」
「ええ。それに、ショウヤさんもいるのですから、今の私たちを襲うとすれば、よほど無知か、力比べが好きな者くらいでしょうね」
「あっははは。過大評価では……?」
「私は彼らの稽古を見ただけですが、あの稽古をやり遂げたのでしょう?」
ノエラさんは笑みを浮かべる。
「さらに、六剣聖も気に入るほどなのです。それ相応の実力を持っていると考えても、おかしなことではありませんわ」
「期待を裏切ることのないように、気を付けます」
「フフッ」
ノエラさんは楽しそうに笑う。
「まあ、だからこそ……懐きにくそうな子だったり、希少種を仲間にしてしまうキャリメラは、本当に凄い自慢の娘だと思っております」
「たしかに、私自身も変わっている方なのに……キャリメラは純粋に凄い人だと感じます」
「でしょう?」
そんな話をしている間、キャリメラは隣でずっとニヤけていた。
……そういえば。
一体、ルナとはどういうきっかけで仲間になったのだろうか。
「ちなみにノエラさんは、ルナがキャリメラの仲間になった経緯は知っていますか?」
「大体は知っていますが、詳しくは知らないです」
ノエラさんはキャリメラへ顔を向ける。
「キャリメラ。折角ですし、教えてくれないかしら?」
「うん、良いよ」
キャリメラは少し考えるようにしてから、懐かしそうに笑った。
「あの時は……そう、十歳になる前のことだったの」
俺は、キャリメラとルナとの出会いの話に耳を傾けた。




