28.奪う者、与える者
俺は市場へ行き、食材の買い出しをした。懐はまだ温かったため、ちょっと奮発した。
市場で一つ一つ食材を買っていき、複数の視線を感じた。その中には、子供もいた。
そして、同じような視線を向けてくる男が、人混みに紛れて一人、俺に近づいてきた。すると、スゥーと手を俺の財布に伸ばしてきた。俺は身を捻って躱しながら、財布に手を添える。それから、同じことをする大人たちがいたが、俺はことごとく躱していく。眼剣の稽古で躱すのは慣れている。
そうしていると、少年さえも俺の財布に手を伸ばしてきた。なので、俺はその子の手を掴んだ。
「はい、そこまでだよ」
「ちょっ、離せ」
「スリは良くない」
「してねぇだろう」
「しようとはしたでしょ?」
「くっ」
俺の対話に反感を持ちつつ、しようとしたことにだんまりしたところ、悪気はあると見る。ちなみに、妙な視線を出した……スリの人たちだろうが、その人たちは俺から一目散に離れた。
俺は少年に話をした。
「お金が欲しいみたいだね」
「当たり前だ。金が無いと生きていけない」
「でも、取っちゃ駄目だ。今回は騎士の方に突き出す気は無い。未遂だしね。でも、ちょっとついてきてもらう」
「はぁ? なんでだよ?」
「拒否権は無いよ」
そう言って、少年の腕を引っ張る。周りからも怪訝な視線が刺さるが、無視して俺はフレンメのおばちゃんの店に足を運んだ。
「フレンメのおばちゃん、おはよう」
「おはよう、ショウヤくん。あら、その子は……?」
フレンメのおばちゃんが少年を覗き込むと、少年は顔を逸らした。
「ちょっと、色々あってね。それより、リンゴ十五個いいかな?」
「そんなに?」
「この子にね」
「あら、そうなの。優しいね」
「いやいや、そんな事はないですよ」
俺はリンゴを買って、それが詰められた袋を少年に渡す。
「はい、あげるよ」
「……情けのつもり?」
「食べ物に困っているなら、あげるだけだ。それに、他にも欲しい人いるんだろう? 分けてあげな」
「…………」
少年は無言ではあったが、袋を持つと頭を下げて俺から離れていった。見送っていると、フレンメのおばちゃんが声をかけた。
「あの子、スリをしようとしたの?」
「まあ……未遂だけど」
「お人好しがすぎるよ」
「それでも、見て見ぬふりは気分が悪い。特に子供ならなおさらだよ。それに善悪の分別はついてるみたいだから。優しさを与えるのもね。縋られないように注意はするよ」
「ショウヤが決めたことなら、私はこれ以上言わないよ。で、他に買うのかい?」
「そうだね。野菜を少々──」
それからも買い物を済ませ、市場を離れて俺は西門へ向かった。
そこには、荷台に荷物を積み終え、準備を終えたキャリメラがいた。もう一つ大きな荷台があったが、俺はキャリメラに声をかけた。
「お待たせ。間に合ったかな?」
「あっ、来たね。時間はまだ余裕だったけど、ちょうど済んだところだから、すぐにでも出発できるよ」
「それは良かった。ところで、もう一つ荷台があるけど、あれも運ぶのか?」
「ああ、言ってなかったね。今回は運搬だけじゃなくて、護衛の依頼も受けてるんだ。そっちの予定に合わせたの」
そういうのは早く言ってほしかった。心配事が増える。
「うん? そうなると、戦えるのはルナと俺ぐらいだけど……大丈夫?」
「大丈夫。ノクスもいるし、あと一人も呼ぶから」
「一人……? もしかして、あとで紹介するっていう……」
「そう。だから、心配ないよ」
キャリメラが自信満々にグッドサインを出して笑った。まあ、大丈夫ならそれでいい。
「分かった。じゃあ、行こうか」
「うん。いざ出発」
────
俺たちは王都を出た。キャリメラはハクに乗って、俺は商人の荷台に乗せてもらっている。ちなみに、クレインはカルタノが牽いている運搬の荷台で見張っている。
護衛と運搬を始め、西の森に入った。森に入ったところで、キャリメラが笛を取る。
「呼ぶのかい?」
「うん」
そう言って、キャリメラが笛を吹く。旋律が変わっていても、澄んだ音色に俺はまた耳を傾ける。
しばらくすると、茂みの中から物凄い勢いで一匹の中型犬が飛び出してきた。
日光を浴びた葉のように美しい、鮮やかな緑色の毛並みをしているその体に俺は息を呑む。
「キャリメラ、この子が例の子か?」
「うん。『グリーンハウンドのグラス』。森の中で駆け回ることができるし、速くて戦闘もできるの」
「なるほど。よろしくな、グラス」
「ワン」
グラスは元気よく返事をしてくれた。元々、人には慣れているようだ。すると、護衛の商人が声をかけてきた。
「それにしても、まさかあの有名なショウヤさんが護衛をしてくださるなんて、心強いですよ」
「ご期待に添えるように頑張ります」
まあ、俺からしたら行き当たりばったりなんだけど……。こうなったからには、ちゃんとしよう。
しばらくすると、馬車が急に止まった。周りを確認すると、盗賊の類が俺たちを囲んでいた。
「その荷台を置いてこの場を去れば、命だけは取らねえ。さっさと、失せな」
俺は胸の内に怒りを覚えながら、静かに荷台から降りた。そして、怒気を込めて盗賊たちに声を発した。
「さて、盗賊でいいんだな。置いていく気は無い。お前らが去れ」
その言葉に盗賊たちは怒り始めた。
「お前、ふざけてんじゃねえぞ」
「ぶっ殺してやる」
盗賊はそんな風に俺に罵声を浴びせてきた。俺は深く息を吸い、剣を抜いて正眼で構える。
「じゃあ、さっさと護衛の任を全うしようか。キャリメラ、頼めるか?」
「分かった」
キャリメラは笛を取り出し────吹いた。今までとは違って静かでありながら、鼓舞するかのような疾走感のある旋律を吹く。それを聞いたルナが吠えた。
「ワォーン」
ルナの遠吠えからグラスは森の中を駆け巡り、盗賊たちの背後や腕に爪や牙を向ける。ルナも吠えながら、近付いてくる盗賊をなぎ倒していく。
俺は護衛対象から離れすぎず、一人、一人と武器を持つ腕や足を狙い、戦闘不能にしていく。
とはいえ、木々に囲まれたここではルナは自由に走れず、ノクスも上空から何もできなかった。その隙を掻い潜り、キャリメラに近付こうとした奴がいた。
「キャリメラ」
俺が向かおうとしたが、他の盗賊で手一杯。間に合わない──そう思っていたが、杞憂になる。
「キィッ」
ドパンッ──
盗賊の顔面に────クレインの拳が炸裂し、その盗賊は地面に倒れた。俺は少し唖然とした。
(たしかに、反応はいいと言ってたけど、強っ。)
クレインの一撃に他の盗賊も尻込みしていたが、俺はすぐに冷静になって、その隙を逃さんと盗賊を制圧していく。
キャリメラの曲を聴いていると、不思議と身体が軽くなる。
疲労が消えたわけではない。だが、力を出し切るための後押しをされているような感覚だった。
それに呼応するように、ルナたちの動きも一段と鋭くなる。
それから、数分後、盗賊の無力化を済ませた。
「さて、捕縛完了。じゃあ、向こうの村まで運んで、あとは王都で何とかしてもらおうか」
「ありがとうございます。さすがはショウヤさん。噂に違わぬ強さです」
「お褒めいただき光栄ですが、まだまだ師匠たちには敵いません」
そんな風に商人に褒められ、謙遜していたが、盗賊たちが血の気を引いた顔をした。
「たしか、ショウヤって……」
「まさか、王都で六剣聖の稽古をやり遂げたとかいう剣士なのか?」
「相手を間違えたということか」
盗賊たちが溜息を吐いていたが、俺は気にせず話を続けた。
「じゃあ、こいつら連れて行くか」
「えっ、連れて行くの?」
「野放しには出来ないだろう? 向こうの村まで同行。ノクスに手紙を届けてもらい、騎士団を動かそう」
「でも、何もしない保証が……」
「そうだけど、俺もいるし、クレインのパンチも見ただろうから、下手なことはしないだろう。したら、気絶させる。いいな?」
盗賊たちは一斉に首を縦に振った。
「よろしい」
盗賊に軽く圧をかけると、盗賊たちは怖がりながら顔を縦に振った。俺の剣が怖いのか、はたまたクレインのパンチが怖いのか────。
とにかく、俺たちは盗賊たちを連れて森の中を進む。
────
そして、俺たちはできる限り進んで森を抜けた。だが、その頃には日が沈んでいた。
「もう遅いし、ここらで野営をしよう」
「そうだね。お腹も空いた」
「そうですな。では、そうしましょう」
「ご理解感謝します。では、俺が料理を作りましょう」
「やった。楽しみ」
それから、俺は料理をして、他のメンバーが周囲の警戒やテントを作っていた。クレインは盗賊を見張っている。
そして、料理が完成した。
「お待たせ、出来たよ」
「やった。お腹ペコペコ」
「はいはい。どうぞ」
「私もいただいてよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。どうぞ」
「ありがとうございます」
今回は野菜の煮込みスープだ。香辛料や肉も入れていて、朝食より気合を入れて作った。お味は──。
「美味しい。朝食もいいけど、野営の時にこんな温かい食事ができるなんて最高」
「ええ、本当ですよ。野営にこんな美味しい物を、これは絶対売れますよ」
商人の魂に火を付けたか。
「アハハハ。すいませんが、俺は剣士を目指していて、料理人ではないので。でも、満足していただけて光栄です」
その答えに商人は残念そうだった。
俺たちが食事をしていると、後ろから盗賊たちの腹の音が鳴る。その盗賊の一人が口にする。
「その、俺たちにおこぼれを……」
盗賊たちは物欲しそうな声で語る。俺の答えは────。
「断る」
ただ冷たく断った。
「お前たちも、食べることに困るような生活なのだろう。だが、だからといって他者の物を奪うのは違う。一日くらいの断食をしろ。それが俺からの反省だ」
俺はそう言って、盗賊たちは黙り込んだ。それに対して、商人が驚いていた。
「凄いですね。あの盗賊、そこそこ有名な盗賊集団かとお見受けしますが、それを倒しただけでなく、あれだけ無力化してしまうとは……頭が上がりませんね」
「気にする必要は無い。俺はまだ未熟な剣士だよ」
俺はクレインを見て、猛省した。
(あの時、クレインがいなければキャリメラが危なかった。俺も反省しないとな。)
俺たちは食事を終わらせ、盗賊の見張りはクレインに任せてその夜を越えた。
────
朝になって、クレインを寝かせ、俺たちは村に向かって再度出発した。
それからは何事もなく、五時間ほどで村に着いた。村の人たちに盗賊たちをしばらく預かってもらうように説得した。
「盗賊たちをこちらに預けるなんてどういうつもりですか?」
「俺たちは他にもクエストを受けることになっている。それに、早ければ今日中には騎士団が来るから」
「それでもです。我々だけでは、こんな人数の盗賊を見張るなんてできません」
「それもそうか。……キャリメラ、ルナに見張ってもらうのは大丈夫か?」
「うん、今回はルナは同行しなくても大丈夫かも」
「じゃあ、このルナが見張るということで。それに商人に確認したんだが、こいつら有名な盗賊だったらしく、捕縛したことで報酬が出るだろう。その一部を渡すというのでどうだ?」
「…………はあ。分かりました、引き受けます」
「感謝します」
少々強引にだが、盗賊の引き渡しは済ませた。そして、俺たちは運搬や護衛の依頼を達成した証明書を受け取り、次に取り掛かる。
「さて、キャリメラ。次の依頼は何だ?」
「次は────『希少種の保護』だよ」




