19.六剣聖の勧誘と⋯
私はマリネア。この国、ブレーベル王国、王都サードスの剣士ギルドの受付嬢を担当しています。
私は毎朝、身支度を整えると、ギルド開業一時間前にはギルドへ向かい、依頼書などの整理をして出迎える準備をします。ですが、本日はさらに一時間前にギルドに来ました。
昨夜のことで落ち着かず、早起きしてしまいました。そして、万が一に備えて準備をしなければならないと思い、私は仕事を始めた。
一時間ぐらい経ち、ギルドの扉が開いた。
「あれ、マリネア早いな」
無精髭をしているが、整えられた黒髪、綺麗なスーツを着こなす男性が私に声をかける。
その人はこの剣士ギルドのギルド長ブラワルさんだ。
「おはようございます、ギルド長。実は今日は厄日と思いまして早く準備しにきました」
「厄日? 今日、何が起こるの?」
「ギルド長、結論から言いましょう」
私の真剣な顔つきにギルド長は生唾を飲み込んだ。そして、私は口を開く。
「剣聖様方が来られます。最悪、全員です」
「?? 全員?? どういうこと?」
ギルド長は当然疑問を抱き、私は昨夜のことを包み隠さず話した。
それを聞いたギルド長の反応はもちろん、
「何の冗談だ?」
「ギルド長、これはマジです。受け入れてください」
「マジ、なの?」
「はい」
私がそう言うと、ギルド長は昨夜の私のような喋り方になった。
「いやいやいやいや、ありえないでしょう?? あんの厳しい六剣聖の稽古全て、満期でやりきった。そんな剣士、馬鹿げてるって。そもそもお前あの時、書類を見て全員受けるのを見て疑問に思わなかったのか?」
「その時はどうせ辞めるかと思いましたので、まさかやり切るとは誰も思わないでしょう」
「たしかにそうだ。しかも、全員に気に入られて本人は選びきれてないかもって」
ギルド長の動揺を受け入れつつ、ただ一言言う。
「事実です。受け入れましょう」
私たちは二人、顔を下に向け沈黙の空間に立つ。
それを破るように、ギルドの扉を開けてきた同僚の受付嬢たちが来た。扉の開く音に正気を取り戻したのかギルド長が駆け出す。
「「おはようございます」」
「マリネア、わたしは急用ができた。しばらくここは頼む」
「ちょっ、逃げるんですか、ギルド長」
そう静止すると、ギルド長は振り返り言い放つ。
「サボる気なんてない。この状況どうにかできるのはあの人たちくらいだろう。安心しろ、命燃やしてでも最悪を止めてみせる」
そう言って、ギルド長が出ていった。
来たばかりの受付嬢は訳が分からず、マリネアに声をかける。
「あの、どうしたの?」
「実は──」
彼女たちにも事情を話し、覚悟を持ってもらった。
その時の彼女たちは、何も起こらないようにとただひたすら祈っていた。
そして、ギルド開業の時が来た。
────
────時は少し遡る。
俺は朝日が昇ると同時に、起きて素振りやジョギングなどで体を動かしていた。
どうやら俺は慣れない宿では早起きしてしまう体質のようだ。だが、昨日のマリネアさんの話でも落ち着かなかったのかもしれない。
そして、俺は身支度を整え、ギルド開業十分前ごろに俺はギルドに着いた。ギルドの前には多くの剣士たちが集まっていた。
そうして、緊張しながらも開業の時を待った。
──ギルドの扉が開く。
「おはようございます。これより受付を始めます。どうぞ、お入りください」
一人の受付嬢が元気よく挨拶をして、俺たち剣士は続々と入っていく。
剣士たちがクエストを見ている中、俺は真っ先にマリネアさんに声をかける。
「おはようございます、マリネアさん。師匠たちまだ来ていないんですね」
「おはようございます、ショウヤさん。まだ来られてないですが、そちらのテーブルにお座りください。紅茶をご用意しますのでしばらくお待ちを」
「分かりました。ありがとうございます」
俺は受付前のテーブルに案内され、そこに腰を下ろした。
マリネアさんが紅茶を準備している時に、他の受付嬢がマリネアさんに話しかけてきた。内容は聞こえないが、俺の方をチラチラ見てきた。
見るといえば、周りの剣士も何故か俺に視線を向けていた。
俺は気にせず、マリネアさんが用意してくれた紅茶を飲んで休んでいた。
それから一時間ほど経った頃、手が空いたのか、マリネアさんが俺の方へ歩み寄ってきた。
「ところで、誰の師匠になるか決めましたか?」
「いや、まだ悩んでるところ。それに誰が来るか分からないから、選びようが⋯」
その言葉に、マリネアさんが俺の肩を掴み、涙が出そうな声で慌てて言う。
「お願いします。はっきり決めてください。でないと──」
「でないと?」
俺がそう言い返すと、マリネアは目を見開いた。
「弟子の引き抜きが起こります」
そう言いきった瞬間──
ドォォン──。
激しい衝撃音がギルド内に響き、騒いでいた剣士たちが話も動きも止めた。
壊れた扉の向こうから、六人の声が響く。
「いかんいかん、急いだばっかりに壊してしまった」
「全く、出し抜こうとするからだ」
「たくっ、稽古期間が終わったから勧誘できると思ったら、まさか全員とはな」
「今回ばかりは譲る気は毛頭ない」
「私も同意見。彼は私の弟子に」
「私も譲る気はないが、忘れてはならん。決めるのは本人の意思ということを」
そこにいたのは、稽古で世話になった師匠六人。
その光景に、周りの剣士がざわつき出した。
「六剣聖!?」
「なんで剣聖のトップがこのギルドに?」
「勧誘か? ただ勧誘が被って⋯」
「馬鹿、さっき譲らないとか言ってただろう」
いつも以上に賑やかだった。
そして、つい気になった単語があり、マリネアさんに聞いてみた。
話を聞いてみると、マリネアさんはちょっと呆れていた。
「マリネアさん。昨夜も言ってましたが、六剣聖って何ですか?」
「このタイミングで聞きます? 六剣聖っていうのは、剣聖の中でもトップに位置する六人です。総合的な実力、あるいは特定の分野で逸脱した力を持つ剣聖が選ばれるのです」
「それが師匠たちと? 俺、本当に凄い人たちに教えてもらってたんだな」
「本当に今更ですよ」
そんな会話をしていると、剛の師匠が俺を見つけたようで俺に向かって走り出す。
それに気づいた他の五人も俺の方に走り出してきた。
そして、俺のいた机に固まり、前のめりになって同時に言った。
「「「「「「俺・私・俺・俺・私・私の弟子になれ」」」」」」
師匠たちが一斉に俺に詰め寄ってくる。
これが勧誘か。
俺が勧誘されている姿に、剣士のざわつきが加速する。
「あの小さすぎる少年に、六人が⋯」
「勧誘してる!!」
「何者なんだ、あの少年!?」
「あいつって、以前正剣についていた少年じゃ?」
「ホントに何が起きてるの?」
俺はそんな周りの会話は聞き取りきれず無視した。
それより今は、師匠たちの答えだ。
「師匠たち、お久しぶりです。まさか、師匠全員に声をかけていただけるなんて光栄です」
その言葉に師匠全員が目を輝かせた。
そして──
「ですが、すいません。弟子になりたいんですが、皆さんそれぞれに強みや良さがあり悩んでいるところです」
正直に師匠に伝えると、周りの剣士たちの体が震え出した。
俺は驚いていたが、師匠たちが主張しだした。
「なら、俺の弟子になれ。圧倒的な体力を有することで大抵の相手から大事なもんを守れる。俺が鍛えてやる、俺の弟子になれ」
「何を言いますか。どんな敵も為す術なく無力化する疾さで上回るべき。私の弟子になりなさい」
「へっ、笑わせる。多彩な技でどんな戦況にも対応する。それを稽古で成果を出したこいつは俺の弟子になるべきだ」
「ふっ、貴殿たちに申し訳ないが、譲る気はない。こやつなら、素晴らしい剣士になれる。私の弟子にすべき」
「僭越ながら、私はショウヤには恩があります。恩返しのためにも弟子にさせるのは譲りたくありません」
「私は純粋に興味が湧いて弟子にしたい。だが、決めるのはショウヤ本人であろう」
師匠たちは互いに牽制しながら、睨み合った。
これがマリネアさんの言った『弟子の引き抜き』。
(でも、言い合い程度で何が──?)
その疑問は一瞬にして消えた。
「うんじゃあ、」
技の師匠が真剣を握ると、他の五人も握りだし、
「「「「「どっちが相応しいか決めようか」」」」」
(これだったか。)
真剣でやり合おうとする光景に師匠たちの本気が伝わり、嬉しく思うがやばいことをしたのだと実感した。
「こういうことだったんだね」
俺は近くにいたマリネアと話した。
「だから、決めてくださいと言ったでしょう」
師匠たちが真剣を抜こうかせめぎ合っている中、二人の女性の声がギルド内に響く。
「剛焔、何やってるの。大人げない」
「そうですよ、雷漢。そして皆さんも周りの方に迷惑をかけないでください」
東風さんと瑠璃音さんだった。
二人が必死に夫をはじめ、他の師匠を止めようとするが止まらない。
「東風よ、大人げなくても譲れねぇもんがあるんだ。邪魔しないでくれ」
「剛剣の言うとおりだ、瑠璃音。俺はショウヤを譲る気はない」
俺のせいで状況が悪化していく。
早く決めないといけないが、六人の師匠の教えは素晴らしいものゆえ、決めきれない。
そんなことを考えている間に、師匠たちは距離を詰めだし、鞘から刃が出かけた──その時。
「お待ちください」
その一言に師匠の手が止まる。
振り返るとそこにいたのは、白銀の騎士鎧を身に纏い、ホワイトゴールドで長いウェーブ髪をした二十代くらいの女性がいた。
技の師匠が喧嘩腰に女性に話した。
「こっちの問題に口出しするな」
女性は技の師匠の言葉に動揺せず、大きな声で叫ぶ。
「王城より参りました。私はブレーベル王国騎士団副団長シャニーナ。ショウヤ殿に、国王陛下からの命をお伝えします」
「俺に……ですか?」
「はい。ショウヤ殿には、王城へお越しいただきたいとのことです」
「なぜ、俺が?」
マリネアさんが目を瞑りながら頷いた。
「ですよね」
師匠たちは、
「「「「「「王城か⋯」」」」」」
その内容にギルドがざわつくが、シャニーナの話は終わらない。
「また、彼に関わっている者。六剣聖、瑠璃音殿、東風殿そしてマリネア殿も同行するようにとのこと」
「えっ?」
内容にマリネア本人の名前が入ってることに驚き、言葉が漏れてしまったようだ。
「以上です。馬車を用意しております。こちらに」
馬車が十一台来ており、一人ずつ乗るようだった。
師匠たちは剣を納め、黙って馬車に乗り込んだ。東風さんや瑠璃音さんも動揺しつつ乗り、マリネアさんは涙目になりながら乗った。
最後に俺が状況を掴めないまま馬車に乗った。
全員が乗ったのを確認したシャニーナが号令を出した。
「では、出発」
その号令と同時に、馬車が王城に向かって走り出した。
ギルドでは、剣士たち全員が腰を抜かしたとか抜かさなかったとか。
────
俺は知らなかった。そんなことが起きた剣士ギルドを、遥か遠くから眺めている者がいた。
その者は、かつて俺が訪れたことのある白い花畑で、光の水晶を覗き込んでいた。
「────様、何をなさっているのですか?」
そんな無邪気な言葉をする天使がその者に声をかける。
「こら、ジェル。しばらくは女神様とお呼びなさいと言っているでしょう」
「ごめんなさい」
そう叱っていたのは、俺が今いる世界を管理した女神様だった。
「さて、あなたの答えですが、世界の管理と例の試練の様子を見ていました」
「試練? あの女神様に告白した人間ですか?」
「ええ、その者を定期的に見ているんです」
そう言いながら、女神様が持っていた水晶が俺の姿を映し出す。
その光景に天使が質問した。
「この人間、今どういう状況なの?」
「人間ではなく、ショウヤですよ。今は城に呼ばれたようです。どうやら、この世界でも指折りの剣士たちに認められたようで、大変なことになっているそうですよ」
「何か悪いことしたの?」
天使がまた無邪気なことを言ったが、女神様は微笑んだ。
「いいえ、その逆ですよ。気に入られて自分の弟子だと引き抜きにあっているんですよ」
女神様の笑顔を覗き込んだ天使が声をかける。
「ショウヤのこと、好きになった?」
その言葉に女神様は少し驚き一瞬固まるが、微笑んで答えた。
「さあ、どうでしょうね。でも、素晴らしい人間だと思ってはおります」
そう答えながら、女神様は再び水晶へ視線を戻した。
そこに映るショウヤの姿を、しばらく静かに眺め続けていた。




