18.一年半ぶりのギルド
稽古期間を終えた俺は、一年半ぶりにギルドへ顔を出しに来た。
今までのクエストは全て師匠たちが受注していたため、門下生だった俺がギルドへ行くことはなかった。
久しぶりにギルドに行くことになって、俺は高揚が抑えられない。
扉を開ける。
そこには、かつて見たギルドの光景が広がっていた。
剣士たちが酒を飲みながら話したり、パーティーの募集を見たりしていた。
ここに来て、改めて思う。
(本当に久しぶりだな。)
俺が久しぶりの感慨に浸っていると、一人の女性が声をかけてきた。
「あれ、ショウヤさん?」
この一言に声の方へ視線を向けた。淡い水色と水色の瞳をした受付嬢──マリネアさんだった。
「マリネアさん。お久しぶりです」
俺も喜び挨拶すると、マリネアさんが俺の方へ駆け寄ってきた。
俺の前に立ち、慌て気味に話す。
「あのときは無事でしたか? ギガントベアの攻撃をまともに受けて、大怪我なさったとか。心配だったんですよ」
そういえば、そんなことがあったな。普通に考えたら、死んでもおかしくない状況だった。
一度会っただけなのに、ここまで心配してくれていたのか。本当にいい人だ。
俺は彼女を安心させるために言葉をかける。
「心配してくれてありがとう。俺はこのとおり無事だから、次は無茶しないようにするよ」
マリネアさんは満面の笑みを作ってくれた。
「はい。お願いします」
俺も彼女に微笑み、ほっこりした。
しばらく沈黙していたが、ふと思った。
「あれ、受付の仕事は大丈夫?」
「ええ、今は休憩の時間なので」
「ああ、そうなの。それじゃあ邪魔しちゃったかな」
「いえいえ、そんなことありません。むしろ、話を聞きたいくらいです」
「そうなの、嬉しいね。でも、結構長くなるから、夕方頃に食事して話をしてもいいでしょうか」
「はい。お願いします」
「では、夕方頃にギルド前で待っていますね」
俺たちは他愛のない会話をして、これまでの話をする約束をした。
マリネアさんは休憩しに、俺はクエストを受けようとするが──依頼書の類が張り出されていなかった。
(どういうことだ?)
俺は気になり近くの剣士に声をかけた。
「すいません。クエストの依頼書がないのですが、心あたりありますか?」
「ああ、それなら剣聖様たちがクエストを受けてるからだよ」
「剣聖様? もしかして、稽古場の恒例のクエストでしょうか?」
「ああ、それだ。何でも、討伐から雑用まで受けられるだけ受けていたとか。雑用に関しては、ほんの二、三ヶ月の間に受けるのが多くなったみたいだが、なんでも『明日のためにも』って剣聖様方が言っていたのを聞いたよ」
なるほど、稽古場のクエストで依頼書が少なく、余ったものを他の剣士が受けていったということか。
それにしても、明日に何があるのか。
まあ、無いなら無いで仕方なく思った。俺は街を観光して夕方まで時間を潰した。
観光といっても、眼の師匠のクエストで来たことはあった。だが、ゆっくり店を回ることは無かった。そして、俺はこのあたりでは少し有名人だ。
「あら、ショウヤくん。こんにちは。珍しいね。またお仕事かい?」
「フレンメのおばちゃんお久しぶりです。今回はクエストじゃなくてゆっくり観光しに来たんだよ」
「そうかい、ゆっくり見ていきなさい」
「うん、ありがとう、じゃあまた」
声をかけてきたのは、クエストの際手伝ったことのあるフレンメのおばちゃんだ。おばちゃんは魚や肉を売っていて俺はそれを手伝ったことがある。前世は魚を捌くこともあって、上手に出来て気に入られたのだ。
おばちゃんだけじゃない。他の店にも手伝いをしたことがあり、文句の一つも言わずにやってきたことでみんなから可愛がられるようになった。
それからも、声をかけられては、
「また仕事を手伝ってね」
「これ食べなさい。おいしいわよ」
などの言葉が送られていた。
そして、俺は耳飾りなどの装飾品を扱っている店を見ていく。
その店の装飾品は妙に銀系の物が多かった。つい気になって店員に声をかけた。
「店員さん、すいません。こちら、銀の装飾品が多いですが何かこだわりかお守り的な意味があるのでしょうか?」
その質問に店員さんは不思議に思っていた。
「ええ、そうですね。なんせ、この国の象徴ですから」
「象徴?」
「あれ、ご存知ありません。こちらの国は銀の剣が刻まれているのですよ」
店員さんは当たり前のことを知らないことに驚いていた。
「ああ、すいません。俺、田舎から来た者でして、しかも最近まで剣を振ってばかりで常識知らずになってしまいましてね。あははっ」
「あの、失礼ですが、手持ちは大丈夫でしょうか?」
俺は店員さんに疑われた。当然だ。急に来た田舎者が持ってるとは思ってないだろう。俺が王都に来たのは一年半も前だけど。
だがお金に関しては、稽古場でクエストを達成すると、その報酬の一部が門下生にも分配される仕組みだった。
眼剣の師匠のときは門下生が俺一人だったため、その分け前は結構大きかった。俺は袋を取り出し、中に入った銀貨を見せた。
「はい、手持ちはある程度ありますのでお気になさらず。失礼しました」
店員さんは下がって、俺は装飾品を見る。その中の一つに俺は目を奪われた。
白い宝石がはめ込まれた白いタッセルの銀の耳飾り。
俺はそれに目が入り気に入ったが、値段が高く諦めてしまった。
それからは、レストランを決め夕方までギルド近くに待機した。
────
夕方になり、淡い赤色のワンピースを着たマリネアさんがギルドから出てきた。
「お待たせしました」
「いえ、そんなに待ってないです。行きましょうか。観光めぐりでここがいいかと思ったレストランがあったので行きましょう」
「はい」
俺たちはそのレストランに向かっているとマリネアさんが話しかけてきた。
「そういえば、ショウヤさん。この一年半はどちらに?」
「稽古場ですよ」
「……稽古場?」
「はい。剣聖の方々の稽古を受けていました」
「えっ?」
マリネアさんの足が止まり、表情が固まった。俺も立ち止まると、マリネアさんが話を続けた。
「……もしかして、剣聖様たちの稽古を?」
「はい」
「全部ですか?」
「全部です」
「……一年半、ずっと?」
「はい。最後までやりましたけど」
「…………」
マリネアさんはしばらく俺を見つめていた。
「ショウヤさん、それ……ものすごいことですよ?」
「え?」
「え?」
俺とマリネアさんの声が重なった。
マリネアさんが頭を抱えながら言った。
「とりあえず、例のレストランに行きましょう。そのあと、聞きます」
「あぁ、はい」
そして、俺たちはレストランに着いた。席がちょうど空いておりすぐに座って、注文をした。
そして、肉やスープなど少々豪勢な料理を食べながら話をした。
「さて、改めて聞きますよ。ショウヤさん、あなたは本当に六人の剣聖の稽古を、辞めることなく、最後までやり遂げたんですね。六つ全て」
マリネアさんは前のめりになって、一言一言、力を込めて聞いてきた。
俺は気負いそうになりながらも答えた。
「はい、そうですけど⋯?」
マリネアさんは、席について大きく息を吐いた。
「剣聖様の稽古を一つ受けるだけでも大変なのに、それを全部……」
「そんなに凄い事⋯だったんですね」
「当たり前です。稽古一つを最後までやり遂げて十分なのに全てやるなんて」
マリネアさんの驚愕した声で、店内の客も店員もこっちに注目している。マリネアさんはそんなことは気にせず、話を続ける。
「しかも、剣聖様たちの稽古って、それぞれ内容も全然違うんですよね?」
「そうですね。剛剣では――」
俺が稽古内容を言おうとすると、マリネアさんが止めた。
「待ってください。ショウヤさん、もしかして……全部覚えているんですか?」
俺は不思議に思いながら答える。
「もちろんです。せっかく教えていただいたので覚えておかないと」
マリネアさんは少し引き気味で呆れていた。
「ショウヤさん。あなた、他の方から見ても明らかに規格外ですよ」
「そうですか? まあでも、東風さんや瑠璃音さんも変わった人とは言ってた記憶はありますね」
「東風さんと瑠璃音さんは気付いていたのですね」
「そうですね。それにしても、剣聖にあんな若い奥さんがいるのは驚きました」
マリネアさんは疑問に思ってか俺に聞いてみた。
「ショウヤさん。東風さんと瑠璃音さん、いくつに見えていますか?」
「うん? 瑠璃音さんが三十歳くらいで東風が二十代後半ぐらいかと?」
瑠璃音さんの子供の紫翠が十二歳と聞いているから、瑠璃音さんはそれくらいで東風さんが年下のはずだ。
マリネアさんはとんでもない事実を語る。
「ショウヤさん、瑠璃音さんは三十一歳でほぼ合ってるけど、東風さんは三十四歳ですよ。身長でそう思っていたんでしょうが、東風さんの方が年上でお子さんも一人います」
マリネアさんの言葉に俺の口が開いた。
「そうでしたか。しかも、お子さんがいたとは。俺、人の年は見極めるの下手で面目ない」
マリネアさんはため息をついた。
「はぁー。本当、稽古全てを受けた人とは思えない」
「ははははっ」
俺は乾いた笑い声を出した。そして思う。
(俺、色々凄い事に突っ込んでいたし、勘違いしてたな。)
マリネアさんは昔のことを愚痴りだした。
「しかも、ショウヤさんが来た次の日も大変だったんですよ」
「次の日?」
「そうです。去年の剣舞大会の準優勝のミャールさんの父親は『正剣』だということは、剣士たちの周知のこと。それに同伴したショウヤさんが何者かで、私も知らずてんやわんやだったんですよ」
「それは申し訳ない」
マリネアさんの愚痴を聞いて分かった。ギガントベアの一件もそうだが、この件もあって俺のことを覚えるきっかけになったんだな。
俺がコップの水を飲んでいる時に、マリネアさんはとんでもないことを言った。
「しかも、今回の件が知れ渡れば、ショウヤさんは『六剣聖全員の稽古を完遂した男』として剣士たちに広まるでしょうね」
その言葉に水でむせてしまった。
「ぶっ。かはぁ、マジで」
「マジです。しかも、稽古を最後までやり遂げたようでしたら剣聖様たちから勧誘されるのではないでしょうか」
「そういえば、明日、俺を勧誘するためにギルドに待ち合わせするって言われたよ」
その一言にマリネアさんの手が止まり、錆びついた剣を少しずつ引き抜くように俺の方に顔を向けた。
「ギルドに来る? 剣聖様たちが?」
「ああ、そう。東風さんたちと約束したから」
そう淡々と言うと、マリネアさんが俺の両肩を掴み、涙目になって揺らしてきた。
「なんてことを。剣聖様たちがギルドに来る。なんてことしてくれたんですか、ショウヤさん。過去にも、剣聖様たちがギルドに来て、勧誘で一悶着したことが何度かあって大変だったんですよ。──」
俺は必死に宥めるが中々落ち着かず、デザートを好きなの頼んでいいと言って何とか落ち着いてもらい、その後はこれまでの稽古をバラさない程度に大変だったことを教えた。
そして、楽しく会話をしつつ食事を終えてそれぞれ帰路につく。といっても、俺は近くの宿に泊まった。
俺は寝床で転がり、マリネアさんの言葉を思い出した。
『稽古を最後までやり遂げたようでしたら剣聖様たちから勧誘されるのではないでしょうか。』
この一言と明日のためにクエストを受けまくっていく師匠の稽古に、まさかと思いながら、俺は眠りにつく。
────
そして、朝日が昇り王都が阿鼻叫喚になる刻が迫っているのを俺は知らなかった。




