17.静剣の稽古
分からなかった。眼の師匠の稽古を受け、相手の気配も読めるようになっていた。
だが、いつの間にか俺の真横にいた。疾いもあるだろうが、それだけでは完結しない何かがあった。
そんなことを考えている俺に、静剣が口を開く。
「考えているところ、悪いが俺の稽古について説明する」
俺は正気に戻り、返事をする。
「失礼しました。お願いします」
静剣は説明した。
「基本的には様々なことを教えるつもりだ。体力づくりや剣の型を崩さず素振りなど色々なことをする。クエストも多種多様にだ」
まるで、今まで受けた稽古をここで復習するような感じだった。
「本日は午前に体力づくり、午後は一対一の打ち合いを交代しながらやってもらう」
「はい」
俺は返事をした。
そして、静剣の稽古が始まる。
門下生は俺を含め十二人いた。全員が筋のあるいい剣を持っていた。
打ち合いの際も、今までの相手よりも少し手強かった。
結果は門下生には全勝であったが、静剣には一本も届かなかった。
そもそも静剣が門下生と打ち合うところも見るが──やはり分からない。
いつの間にか、攻撃を当てられている。そんな感覚を全員が受けていた。
クエストでもそうだ。獣の討伐や護衛など、様々な依頼を受けるが、静剣はいつの間にか終わらせていた。獣や賊の類が地面に倒れ、雑用もいつの間にか静かに終わっていた。
静剣のやってきた行動が見ていたはずなのに分からない。
これは、もしかしたら──。
────
一ヶ月が経ち、俺は頭を悩ませながら食堂に行き、瑠璃音さんの料理を食べる。
「私たちもちょうど休憩なの、隣いいかしら」
東風さんが瑠璃音さんを連れて聞いてきた。もちろん、俺は了承した。
「はい」
食事をしながら、二人が声をかけてきた。
「稽古、今日も頑張ってるみたいね」
「白鳴さんの稽古はどう?」
俺は率直な答えを言った。
「そうですね、頑張っています。やってみた感じ、他の師匠の稽古の復習のようなものでした」
そして、俺の推測を口にする。
「もしかしたら、今までのことは全て必要であるという意味なのかもしれないですね」
「そのとおりだ」
俺がそう言っていると、後ろの机に静剣がいた。
「あら、さっきまで別の机にいたのにどうされました?」
瑠璃音さんが不思議がって聞いてみると、静剣は静謐な声で話す。
「私の話をしていたもので興味を持ちましてね、移動しました」
俺は驚きつつも、静剣の方に体を向け答えを確認した。
「すいませんが、私の考えは合ってるということでよろしいのですか?」
静剣は茶を飲んで一息ついてから言う。
「ええ、合ってます」
稽古の意味は合っている。だが、それだけでは静剣の動きは説明が付かない。
だがこれ以上は聞かない。過去の技の師匠の言葉を忘れるな。
『他人に正解不正解を求めるな。他人の回答を聞いて学ぼうなんて甘ったれるな。自分で気づいてこそ、強くなれんだよ』
そうだ。前世の記憶もあり、静剣の行動の正体は何となく掴めた。あとは、俺が出すだけだ。
俺は静剣にただ二言、言った。
「分かりました。これからも精進します」
俺は食事を済まして、それからも稽古に打ち込む。
────
静剣の稽古を始めて、残り一週間が経ったある日のことだ。
門下生同士の打ち合いをしていた時、静かに稽古場の扉の前にいた静剣が止めた。
「そこまでだ。皆、注目」
静剣の重い一言で、俺を含めた門下生は静剣の方へ視線を向ける。
静剣が口にした。
「今回は特別稽古を行う」
その言葉に門下生はざわめく。今まで、そんなことはなかったからだ。
一体、何をするつもりか。
「静粛に」
門下生は黙り、静剣は話を続けた。
「稽古の内容の前に一つ。本日は特別に剣聖の一人を連れてきた。入れ」
静剣が呼ぶと、一人の男性が入ってきた。
男性は薄緑色で逆立った短髪で百七十は超えて鍛えられた体は歴戦の猛者と思わせるものだった。
「紹介しよう。剣聖『風剣』の輪天だ。挨拶を」
風剣は前に出て、腹から声を出して大きくお辞儀して挨拶をした。
「本日、静剣の召集で参りました。『風剣』の輪天と申す。よろしくお願いします」
熱意のこもった強者の一声に門下生は背筋を伸ばす。俺はただ──風剣を注視した。
そして、静剣が、
「本日の稽古の内容だが、乱戦形式の打ち合いに風剣を入れるのが特別稽古だ。他の剣聖との打ち合いもいい経験となるだろう。では、準備を」
静剣の指示に従い、門下生が真ん中に集まり準備した。
あれから、門下生は新しく入った人が多く、今は俺を含めて十五人だ。打ち合いには剣聖を含めて十六人で行われる。
全員が用意できたようで静剣が手を上げ号令する。
「用意が出来たようだな。では──はじめ」
「「「「「うぉぉぉぉぉぉ」」」」」
号令と同時に、門下生が雄叫びを上げた。
門下生二人が同時に俺に向かって突っ込んできた。
俺は勢いよく踏み込み、二人は反応できず俺の渾身の一太刀でほぼ同時に倒れた。
「ふぅぅ」
俺が一呼吸おき、周囲を確認して風剣を見ると、風剣は三人の門下生を倒していた。
それからも、必要以上に俺や風剣を狙ってくる門下生を俺たちは迎え討つ。
そして、残りは俺と風剣になった。
「では、一騎打ちといきますか」
風剣が正眼で構え、俺を睨む。
対する俺は──。
────
俺は残り期間一週間になるまで、静剣の技術を自分なりに考えた。
静剣は疾すぎて見えないのではなく、認識できなくて見えないのだと考える。つまり、『無拍子』。
疾の師匠の稽古で言い換えれば、予備動作などを取り除いて攻撃が認識出来なくなっていたと考える。
加えて、認識できない間が短いのも考慮すると疾の師匠に並ぶ疾さも有していることがわかる。
俺も予備動作を無くすことができればと、前世の記憶を思い出しながら、自分なりに体現しようと鍛えた。
俺の考える予備動作とは、要は力んだことで出てしまうものだ。ならば、脱力した状態で自然にすることが大事だと考えた。
そう、それは道端に転がる石のように。時には、空気に溶け込むように。自然と一体化する感覚を、何度も頭の中に思い浮かべた。体現出来るように自分なりに考えた動きを反芻した。
そうしていくうちに、コツを掴み予備動作を最小限にしていった。
────
俺は刀を下げ、構えを取らず立つ。
その様子に門下生は疑問を抱く。
「なぜ構えない」
「恐れをなしたか」
「諦めたのか、情けない」
ヤジを投げるものさえもいた。
だが、静剣は俺をただ見ていた。
俺なりの『無拍子』を、今ここに。
「来ないのか、来ないならこっちから⋯」
その言葉を遮るように俺が言い放つ。
「行きます」
風剣が木剣を軽く握って身構えた瞬間、風剣の懐に俺は踏み込んだ。
「――っ!」
風剣は一瞬驚く。
俺はその瞬間を逃さず、右手に持った木剣を下からただ疾く振り抜いた。
ヒュゥゥ──。
風剣はギリギリ後退し躱した。そして、振り抜いた俺に間髪入れずに木剣を振り下ろそうとした。
俺は、さらに一歩踏み込み風剣が振り下ろそうとした木剣の柄へ、左拳を打ち込んだ。
「くっ」
鈍い音と同時に風剣が歯を食いしばって怯んだ。
俺はそれを逃さず、右手の木剣を横薙ぎに疾く振る。
────
俺の木剣は、風剣の脇腹寸前で止まった。
勝負が決した。
「そこまで」
静剣の号令で打ち合いは終わり、俺は木剣を下げ風剣に一礼する。
「ありがとうございました」
風剣も一礼した。そして、俺に歩み寄って、グイグイ聞いてきた。
「おい、お前すげぇな。まさか、あんなことをしてくるとは驚いたぞ。だが、俺があとちょっと速けりゃ俺の勝ちだったな、ははっ」
風剣は笑っていた。珍しい経験をして嬉しかったのだろうか。
「見事だった」
静剣がまた静かに俺の横に立っていた。俺は背筋を伸ばしながら感謝した。
「ありがとうございます。しかし、白鳴さんと比べるとまだまだです」
「当然だ」
静剣が静かだが圧を感じる言葉を口にする。
「あれは、長い月日をかけてなし得たものだ。数カ月やちょっとでできるものではない」
確かに、俺はひたすら思い浮かべたからできたこと。それでも静剣のように攻撃までは抑えられずにこのざまだ。静剣も長い修練で得たものだったんだ。
「そうですよね。失礼しました」
俺が謝罪すると、静剣が口にする。
「だが、教えてもいないあれを見て、自分なりに習得しようとした。その姿を俺は見てきた」
静剣は静かに話を続ける。
「まだ未完成のようだが、お前はその技の一歩を踏んだ。故にお前を剣士として認める」
静剣も俺を認めてくれた。一人の剣士として、その感動に俺は門下生たちの前で頭を下げ言ってしまった。
「ありがとうございます。静の師匠」
その言葉に稽古場の空気が凍てついた。
そう感じた俺は焦り、静剣の顔を見た。
静剣は──
「好きに呼びなさい、ショウヤ」
笑っていた。
それから、門下生はホッとして静剣の指示のもと、稽古を再開し風剣とも何回か打ち込み、七対三の割合で俺が負けた。
剣聖にはまだまだみたいだ。
風剣はその日の稽古を終えて帰っていった。俺は残りの一週間も稽古に励んで稽古期間を終えた。
────
「静の師匠。お世話になりました」
「ああ、これからも精進しろ」
「はい」
俺は最後の稽古場を終え、挨拶を済ましその場を去る。
それから、東風さんと瑠璃音さんにも挨拶した。
「東風さん、瑠璃音さん。昨日まで本当にお世話になりました」
そんな挨拶をすると、二人は不思議そうな顔をした。
「あれ、帰っちゃうの?」
東風さんが不思議そうに質問した。
俺も意図が分からず、確認した。
「稽古期間を終えたので、出ないといけないかと思いまして」
その言葉に二人は納得した様子だった。
「あら、そんなことないわよ。稽古した剣聖がそのあと勧誘してくることがあるの」
東風さんがそう説明すると、瑠璃音さんも続いた。
「でも、次の稽古に行くようなら終わって最終日の次の日までは勧誘禁止っていうルールが決められているの」
「なるほど」
俺はやっと理解した。
(つまり、師匠たちが気に入ってくれれば俺は勧誘されてその人の弟子になると)
そう考えていると、二人は笑顔で話していた。
「だから、ショウヤくんはこのまま弟子になると思うわ」
「そうよね。あの人もショウヤくん気に入っていたしね」
俺は思った。
(確かに、俺勝手に師匠呼びしていたし、師匠たちは笑顔でいた。もしかしたら⋯)
そんなことも考えていたが、やはりまずは、
「そうかもしれないですが、でも、しばらくギルドに顔出していないので挨拶しに行って来ますね」
二人は残念そうだった。
「あらそう、残念だわ」
瑠璃音さんが顔に頬を当てて本当に残念そうに思っていた。そして、東風さんがある提案をする。
「じゃあ、夫を含めたみんなにショウヤくんがギルドにいること伝えるから、ギルドに待っててね、ショウヤくん」
「分かりました。では、またお世話になるかもですが、しばらく外します。失礼します」
俺は二人にも挨拶を済まして、稽古場を去った。
そして、ギルドを集合場所に選んだことで、大きな騒動になることを、この時の俺はまだ知らなかった。
この量の文字数に慣れたのでしばらくは毎日いきます




