16.眼剣の稽古
そして俺は眼剣の稽古に打ち込んだ。門下生は五人しかおらず、今までで一番少なく不思議に思った。
内容は五本勝負の一対一をひたすら打ち合うものだった。
この稽古の意味は眼剣がこう言っていた。
「私は相手の動きを読むことを強みとしております。それを高めるものだと理解して稽古に励みなさい」
つまり、相手一人にどれだけ先を読めるのかを鍛えるのが今回の稽古の意味だ。
そして、一年間各稽古を受けてきた俺は俺なりに相手の動きを読んで勝っていくが、眼剣は満足そうではない顔をしていた。まだ何か足りないみたいだ。
眼剣と打ち合う時は、妙なことに一撃も当たらない。疾剣よりは遅く基礎に則った剣を扱っている眼剣に、俺は一年間の剣を振るが当たらない。まるで未来を見るかのように。
そして、俺は眼剣に五本取られた。
ある時、俺は眼剣に聞いてみた。
「重泉さん。あなた、未来が見えているのですか?」
眼剣は厳格な表情で語る。
「そんな大層な物は見えていません。私はただ経験で見てるだけです」
それからまた稽古に戻るが、それから眼剣の言葉が頭によぎる。そして、考えた。
(経験だけでこなすものではないはず、それなら適当にクエストさせればいい。一対一でやり合う意味が経験の他にあるはずだ)
そんなことを考えながら、稽古を続ける。
そして、クエストなんだがおそらく門下生が少ないのはこれだ。
重泉が受けるクエストは、市場で買い物・荷物運び・店の手伝い・村人の依頼・迷子探し・食材の選別・偽物の見極めなどの、とにかく剣を持たない雑用の依頼しか受けなかった。
これに反感を持って辞める人が多く、門下生が少なくなったのだろう。
ある時、門下生の一人が眼剣に文句を言った。
「いい加減にしろ。これのどこが剣の修行なんだ?」
それに対し、眼剣は感情が揺らぐことなく厳しく言った。
「お前は剣しか見えていない。だから、私の稽古の意味を理解できないのだ」
その後、その門下生を始め俺以外の門下生は全員辞めた。
それからの稽古は眼剣との打ち合いになってきており、クエストは俺と心剣で請け負っていた。
────
それから、稽古が始まって一ヶ月が経ったある日のこと。
俺は食堂で瑠璃音さんの料理を食べていると、
「ショウヤ、隣よろしいでしょうか」
重泉だった。俺は断ることなく了承した。
「重泉さん。はい、大丈夫ですよ。どうぞ」
重泉は一礼して、隣に座る。そして、静かに食事をしていると重泉が口を開く。
「ショウヤ、申し訳ございません」
意外な言葉に俺は手に持った箸を止めた。
「どういうことでしょう?」
「……私の指導が至らず、門下生が辞めていき、今はあなただけになってしまった。申し訳ございません」
重泉は予想以上に堪えているようだった。俺はそんな重泉に本音を語る。
「そんなことはございません。確かに辞めていった門下生たちを考えると残念さはあります。ですが、まだ重泉さんの意図は分からないですが、師匠たちと同じように意味はあると俺は思っています」
「そうですよ、重泉さん。そんなに気を落とさなくても良いんですよ」
「⋯東風さん」
俺が励ましていると、後ろから東風さんがいた。
「お隣よろしい」
「ええ、大丈夫ですよ」
「ありがとう」
東風さんも俺の隣に座って会話した。
「重泉さんは凄い方なのよ。昔は貴族様に仕える執事だったの。それでも護衛を務めるために護身術を磨き続けて……その剣術が認められて、剣聖になったのよ」
「そうだったんですか」
「東風殿、それは昔のことですよ」
東風さんから出た重泉の意外な過去に驚き、重泉さんは若い記憶を想起させられて恥ずかしそうだった。
「だから、重泉さん。もっと自信を持っていいんですよ」
東風さんの励ましに俺も続いた。
「そうですよ。残り二ヶ月の間に重泉さんの意図を理解できるように俺、頑張りますから」
そう励ますと重泉は頭を下げた。
「ありがとうございます。私なりに頑張ってみます」
そして、俺は食事を済まし立ち上がった瞬間だった。後ろにいた門下生にお盆にぶつかってしまった。
「あっ、すいませ⋯」
その瞬間、門下生の盆の上に乗っていたコップが揺れた。
「あっ――」
コップが傾く。
落ちる。
そう思った瞬間には、俺の手は伸びていた。コップは地面に落ちることなく俺の手で掴んでいた。
その感覚に俺は少し呆然してしまった。
「あの⋯」
「はっ、失礼しました。周りをちゃんと見ていなくて本当にすいません」
俺はコップを返し、門下生はお盆をさげていった。
「ちゃんと周りを見なくては」
「どんまいよ、ショウヤくん」
俺は二人の言葉を微かに聞き取りながら、自分の手を見る。その様子に東風さんが不思議そうにした。
「どうしたのショウヤくん。また、呆然として」
「あっ、失礼しました」
「何かあった?」
「いえ、もしかしたらですが何かに気づいた気がします。これが稽古の成果なのかの答えには届いていないです。ですが⋯重泉さん」
その言葉に重泉さんは俺の方に目を向けた。俺は覚悟を決めた顔になって重泉さんを見る。
「これからもご指導よろしくお願いします」
その言葉に重泉さんは微かに笑った。
「ええ、任せなさい」
────
稽古を受けて二ヶ月が経つ。あれからも俺と眼剣の二人で稽古をし続けた。
二人だけの打ち合いでも剣聖が相手だったので十分意義のある稽古だった。眼剣には一本も取れていない。
だが、以前より確実に相手の動きを読むことができ、鋭い返しができたと実感した。その姿に眼剣も少し満足そうだった。
それを鍛えるきっかけになったのは稽古だけでなく、クエストにもあった。
周囲を含めた人の動き方とそこから次の行動の予測をはじめ、物などの違和感や僅かな違いを見抜く。
これが、これこそが眼剣が鍛えようとしたもの──『相手を深く見る力』。
一対一はそのはじめにすぎなかった。相手一人に深く見ることで相手の呼吸、視線、筋肉の動きなどで先読みをする。これを知るためにこの稽古を眼剣はしていたんだ。そして、もっと広く全体が見えれば眼剣に近づくということだと考えられる。
(その技術は俺にはまだまだ先のことだろうけど)
俺はきっかけがあったから、これに気付くことができたが、それでも地道にやっていけば気付けたことだったと俺は思う。
そしてまたある時、眼剣が俺と一緒に食事に誘った。
俺たちは食堂に行き、席につく。
そこへ東風さんと瑠璃音さんも来た。
「あら、二人とも食事ですか。私も良かったらご一緒してもよろしいでしょうか」
「私もちょうどきりがいいのでご一緒してもいいですか」
重泉さんが微笑みながら言う。
「ええ、私は構いません。ショウヤもよろしいでしょうか」
俺も笑顔で了承する。
「ええ、ぜひ一緒に食べましょう」
そして、瑠璃音さんが食膳を用意していただき食事をとる。
そして、重泉さんが体を俺の方に向けて話す。
「ショウヤ、もう少しで稽古期間が終わりますが、先にお礼を言わせてください。ありがとう」
重泉さんが頭を下げて感謝してくれた。
俺は困惑しながら話した。
「えっ、どうしたんですか重泉さん」
重泉さんは顔を上げる。
「この三ヶ月満たない中、あなたは辞めずに稽古を受けてくれました。そして、見事私の意図を知りやり遂げてくれました。それに対する感謝です」
「いえいえ、そんなことは⋯。むしろ、重泉さんの教えは重要であると分かりましたからこちらが礼を言うべきです」
俺がお世辞ではない、本音で話すが重泉さんは感謝を止めない。
「いえ、あなたは私が提示したクエストに文句言わずにやり遂げて下さった。そして、以前の食事の際に『私の意図を理解できるように頑張る』と言って有言実行なさったのです。感謝に堪えないです」
そうか、重泉は怖かったんだ。また、辞められるのではないかと、自分の指導が間違っていたのではと。ここは俺なりの答えで言う。
「そう言っていただけて嬉しいです。ですが、重泉さん。今思えば、あのクエストは受けておくべきものだと俺は思いました」
その言葉に重泉をはじめ、東風さんや瑠璃音さんも俺を見た。
「特に仕事するものなんて、相手の意思を尊重して接客するものだし、料理を作ってくださるとか色々あった。そして、誰かがやらなきゃいけないことをやってくださっている──という考えを持てたのですから」
俺は東風さんと瑠璃音さんを見る。
「瑠璃音さんはおいしい料理を作ったり、治療したりしてくれているし、東風さんは洗濯や掃除などの寮母としての仕事をしてくださっています。改めて、ありがとうございます」
二人は面食らったように目を丸くするが、すぐに笑ってくれた。
「ありがとう、ショウヤくん。そう思ってくれて嬉しいわ」
「私もよ、ショウヤくん。そう思ってくれるから私たちは頑張れるわ」
俺はその二人の笑顔に俺は笑顔で応えた。そして、重泉の方に顔を向ける。
「重泉さん、あなたもそうです。当時、執事として活躍していた。故に、主人や客人への配慮や思いやりをはじめ周囲の状況確認などの姿勢が、あなたの剣になっているはずです。それが上手く伝わらなかった。でも、俺には届いた。あなたの指導は間違ってなかった。誇ってください」
そう言いきると、重泉の目に涙が流れた。重泉は涙を拭った。
「ありがとうございます」
重泉は涙を止め、厳しい顔つきで言う。
「周囲を見る。人を見る。己さえも見る。さらに見えるものだけではなく、見えぬものまで見ようとする。それが、私の教えようとした『眼』です」
重泉の顔が緩み笑顔になる。
「ショウヤ、あなたはこの教えを成し得ました。私もあなたを素晴らしい剣士と認めます。残り数日よろしくお願いします」
重泉は右手を前に出す。
俺は驚きながらもその右手を握った。
「ありがとうございます。そして、お願いします」
それから食事を済まし、残りの数日間を打ち合った。
────
「眼の師匠、お世話になりました」
俺はまた、師匠呼びの挨拶をしたことに師匠は少し驚いていたが、すぐに微笑んで挨拶した。
「こちらこそ、ありがとう。次が最後ですね。頑張りなさい」
「はいっ」
俺は元気よく挨拶をしてその場を去る。
稽古場には師匠しかいない。師匠は一人小さく呟いた。
「しばらくは寂しくなりますね」
そう思った時、後ろがざわつきはじめ師匠は振り返る。そこには二十人近くの剣士がいた。
「すみません、もう一度受けさせてほしいです」
その中には、以前稽古場を出ていった剣士もいた。師匠は驚きながらも語った。
「あなたたち、どういう風の吹き回しでしょうか?」
門下生の一人が話した。
「ついこの間、あなたの稽古に残った人が働いていたところを見ました」
(ショウヤのことか)
「最初は残った人がいつまでいるのか心配になって見に来ました。彼は最初、ぎこちなく働いていましたが、みるみるうちに仕事をこなしていて、あれが稽古の成果なのかと思い、今ここに来たのです」
師匠は厳しい顔つきで門下生を見た。
門下生は怯まず、話を続ける。
「後出しで気づいて、情けない話ですが⋯どうかまた稽古をつけてください。お願いします」
「「「「「お願いします」」」」」
その一人を始めに、一同が礼をした。
門下生たちの姿に師匠は、
「やろうと思うなら、やりなさい」
門下生たちは頭を上げていく。
そして師匠が一言、
「その姿勢で応えてみなさい」
「「「「「「はいっ」」」」」」
門下生たちは力強く返事をし、眼剣の稽古場には木剣が再び鳴り響いた。
────
次の稽古場に着き、扉の上に『静』が刻まれた木札を見て、入った。
俺は頭を下げ挨拶をした。
「失礼します。本日より稽古を受けます。ショウヤと申します。よろしくお願いします」
「よく来た」
その声はすぐ横から響いた。いつの間にか俺の横に立っていた。
俺はすぐさま後退した。
その男は銀色の瞳で百九十センチを超えていたが、華奢な姿で淡い銀灰色の髪を後ろで一つ結びしていた。
「私の名は白鳴、剣聖『静剣』の称号を許された者だ」
今までの師匠とはまるで違う。静かでありながら強者の圧を感じた。
眼剣の稽古を終え、あと一人の剣士との稽古。俺は、最後の試練――静剣のもとへ足を踏み入れた。
次回は8/18です




