15.心剣の稽古
「俺の名は緋月。剣聖、『心剣』の称号を賜った剣士。とりあえず中へ入れ」
心剣は、話し方からして疾の師匠と同様に無駄を嫌うようだった。
俺は稽古場に入り、心剣が語る。
「俺の稽古だが、お前を含め門下生十二人で乱戦形式で打ち合ってもらう。休憩を挟み、それを繰り返す」
これはまた、技剣と違ったやり方だ。一対一ではなく乱戦で行うということは、おそらく周りに意識を割ける稽古ということだな。
「ちなみにクエストの内容を聞いてもよろしいでしょうか」
その質問に心剣は淡々と語る。
「構わん。内容は小型の獣の群れを単独で討伐してもらう。全員な」
これまた、シンプルで相手によっては精神的にかなり負荷のかかる稽古だ。小型とはいえ、獣の種類によっては大怪我してしまうのもいるから注意しないと。
「他に質問がなければ、他の門下生が来るまでしばらく待機しろ」
「質問は大丈夫です。ありがとうございます」
そういっていると、後ろがざわつき始めた。門下生が来たようだ。
「お前たち。新しく入る。ショウヤだ。共に励め」
「「「「はいっ」」」」
全員が力強く挨拶をしていた。門下生たちからも慕われていると思う。
門下生たちがぞろぞろと中に入るが、一人俺の目の前に立った。
「お前がショウヤか」
背は百六十センチもないくらいで、紫翠色の髪を低い位置で束ねた少年が話しかけてきた。だが、立ち姿はやわな子供とは違い姿勢が正しかった。
俺はとりあえず挨拶をする。
「はい。俺がショウヤです。誰からか、何か聞いていますか?」
すると、少年は睨みながら話す。
「ええ、母からあなたのことをよく聞いたので」
意外な答えが来た。
「母?」
そんな会話をしていると、心剣が近づいて話す。
「ショウヤ。こいつは技剣とルリネ殿の息子、紫翠だ」
さらに俺を驚かせにきた。
「技の師匠の⋯」
「ああ、剣の才がありつい一週間前にルリネ殿の了承を得て、稽古を受けている」
「そうなんですね」
いや本当に驚いた。夫婦だと知っていたが、技の師匠とは全く違う雰囲気で疾の師匠や心剣に近いものを感じるお子さんがいたとは。
「父さんの息子だからって、僕が特別なわけじゃないよ」
紫翠は妙に反抗的な態度を取っていた。
それに対して心剣は、
「まぁ、技剣の息子だろうと誰であろうと俺は教えるだけだ。とはいえ紫翠は剣の才能だけなら、恐らくこの世代でも上位の者だ」
心剣が認めるほどの評価、この子相当凄いんだな。
「だが、自分の心を扱うことがまだ苦手のようだ」
「僕は感情に振り回されたりしません」
心剣の辛口の意見に、紫翠は反論する。だが、心剣は静かに指示を出す。
「さあ、説明はここまでにして打ち合いを始める。早くいけ」
シスイは睨んでいたが、心剣の言葉で俺たちはすぐに門下生たちが集まっている真ん中に行く。そして、心剣の力強い号令が入る。
「それでは──はじめ」
それと同時に木剣同士が衝突する音が響く。そこから、唸り声を上げて一人また一人と倒れていく。
俺は周囲を警戒しながら、攻撃を仕掛けた門下生を迎撃していく。
二人目を倒した時、右の下から鋭い突きが飛んできた。俺はなんとか木剣を弾き返す。そして、攻撃を仕掛けた方を見る。
その攻撃を繰り出したのは紫翠だった。
俺は紫翠を目の端に置きながら、周りを確認する。すると、紫翠は俺の方に近付き、下から蹴りをかましてきた。これは……技剣の戦い方だ。
俺は素早く後退し、後ろを確認した。そこにいた門下生の攻撃を避けつつ、振り向きざま一本入れた。
安堵している余裕はなく、素早く前方を見るが紫翠の姿はなかった。前、左右、下にいない⋯。
──後ろ。
カンッ。
そう考え、後ろを向くと紫翠の一撃が振り下ろされた。俺はギリギリ受け止めた。
そして、俺は千鳥足で後ろに下がると、
「うぉぉぉぉぉぉ」
教習生の一人が後ろから攻め込んできた。
俺は咄嗟に体を地べたにつけ身を伏せた。
ヒュン。
相手の木剣が空振る音がした瞬間、俺は手を支点にして身を捻らせる。その勢いのまま、相手の軸足を足で払った。
倒れ込んだ教習生に起き上がった俺は木剣を振り背中に一本入れた。
パンッ。
「そこまで」
一本入れた瞬間、心剣の号令が入る。周りを見ると、俺と紫翠だけだった。
「十五分の休憩後にまた行う。休め」
そう言うと、俺を始め門下生は壁沿いに休憩していった。
心剣は紫翠に話をしていた。
「随分と熱くなっていたな。周りが見えなくなった時点で、まだまだ未熟だ。戦いというものは、目の前の一人だけを相手にするものではない。それを忘れるな」
「⋯はいっ」
紫翠は静かに返事をした。
それから何度か乱戦の打ち合いをした。
紫翠は先程よりも攻撃的ではなくなり、周囲を見ながら的確に相手を倒していった。
そして、クエストではやはり人と違って獣の行動は本能的で冷静さが奪われていく。それでも俺は、なんとかクエストをこなしていった。
一方、紫翠は慣れていたのかあっさりこなしていた。
そんな日々を繰り返していた時、食堂へ行くとそこに紫翠もいる。
俺が折角だし声をかける。
「隣、いいかな?」
紫翠は驚いていたが、
「……好きにすれば」
了承してくれた。
俺が料理を食べながら話す。
「やっぱり瑠璃音さんの料理は美味しいよね」
紫翠が少し驚き、静かに話した。
「……母さんの料理、知ってるんだ」
「うん。何度も食べさせてもらってるよ」
少しだけだが会話をしてくれた。
すると紫翠があることを話す。
「母さんは、あなたのことをよく話すよ」
「俺のことを?」
「礼儀正しくて、努力家で……それから」
小さな沈黙をして、
「変わった人、だって」
意外な答えに俺は面食らった。
「……それは褒められているのかな?」
「たぶん、そうじゃない」
素っ気ない言い方だが、俺は素直に受けて止めとくことにした。
「ちなみに紫翠は、普段からお母さんの料理を食べているのか?」
何気ない質問に紫翠は恥ずかしそうに答える。
「……母さんの料理は好きだよ」
紫翠の顔が少し表情が柔らかくなる。
「そうか。俺も好きだよ。すごく美味しいよな」
俺は笑って答えるが、紫翠は、
「……うん」
また素っ気なくだが、どこか恥ずかしそうに返事した。
食事が終わり、稽古場に戻ろうとする。そして、紫翠に声をかけた。
「午後もよろしくな、紫翠」
紫翠は少し考えて返事をしてくれた。
「……うん」
それから午後の稽古を受ける。
打ち合いが終わると心剣が紫翠に声をかける。
「午前よりは周りを見るようになったな」
紫翠は静かに返事をする。
「……はい」
心剣は俺にも視線を向ける。
「ショウヤ。お前も悪くない」
「ありがとうございます」
褒められたので、感謝した──が、
「だが、二人ともまだ足りん。これからも精進しろ」
最後に未熟だと言われたので、またひたすら打ち合いをした。
────
心剣の稽古をはじめ二ヶ月が経つ。
俺たち二人は最初の頃に比べると周りを確認することに余裕が出てきた。
さらに、クエストも何とかこなしていた。
そして、何回か繰り返すうちに結構落ち着いてやることが出来た。
おそらく、『冷静の維持』がこのクエストのコンセプトだったんだろう。
最初の頃は獣の本能的な動きに呑まれそうになっていたが、今では落ち着いて対処できるようになった。
一方、紫翠はあっさりと倒していた。
(やはり、あの子は凄い。本当に才能が優れている)
んだと感激していた。
一方、紫翠は俺をじっと見ることが増えた。
そして、時は過ぎ最終日になる頃、心剣が紫翠に歩み寄り話しかけた。
「稽古期間を終えてもまだやっているようだな、紫翠」
「はいっ」
そういえば、俺が入る一週間前に入っていたからもう期間は過ぎている。
心剣は質問した。
「つまり、弟子入りしたいのか?」
「はいっ」
紫翠は覚悟を決めた返事をした。
心剣が紫翠を問い質す。
「どういうつもりだ」
紫翠の顔が下に俯いていた。
「以前おっしゃっていましたね。『自分の心を扱うことがまだ苦手』だと、今思えばそうだったんだと思います」
そして、拳を握り顔を上げた。
「そして、それに気づかせてくれたのはショウヤさんです」
「うん?」
俺は突然話が振られ驚いた。
「私はクエストを恐怖に呑まれる前に倒すやり方でやってきました。ですが、ショウヤさんは違った。獣の群れに冷静に対処して剣を振るう姿は心剣さんが言っていたこと、そのものだと」
「紫翠」
「故に足りない精神を上げるためにあなたに教えて欲しいのです。よろしくお願いします」
紫翠は自分の弱さを認め、今こうやって変わろうとしている。その姿に俺は尊敬を抱いた。
そして、心剣が口を開く。
「良いだろう。お前の弟子入りを許す。だが、長くは付き合えないかもしれない。そこは理解しろ」
「ありがとうございます」
紫翠の弟子入りが決まった。
俺は心剣の言葉に違和感を持つ。
(長くはないとは)
すると、心剣が俺の方を向く。
「そして、ショウヤ。紫翠の言うとおり、冷静の維持を見事に掴んだ。褒めてやる」
心剣のお褒めの言葉。今は違和感を気にせず、感謝を伝える。
「ありがとうございます」
そう返事すると、心剣は踵を返して言う。
「俺と打ち合え」
そう言って、稽古場の中央に歩いていった。今まで一対一でやっているとことはなく俺は驚いた。俺は木剣を握り立ち上がる。
「はいっ」
大きく返事をして、中央に向かった。
俺たちは中央に立った。
「紫翠、審判を頼む」
「⋯はいっ」
心剣が紫翠を審判に任せ、紫翠は返事をする。
心剣と俺は距離を取って向かい合い一礼する。そして、互いに正眼で構える。
紫翠は俺たちを見て号令する。
「それでは──はじめ」
俺は身構えた。だが、心剣は動かない。それから数秒心剣は何もしてこなかった。その沈黙の中から心剣が言う。
「打ってこい」
その一言に俺は息を吸い──心剣に突っ込み、間合いに入り込んだ。
俺は中段で木剣を振る。心剣は動じることなく、剣で受け──すぐに弾いた。
俺は体勢を崩し、その隙を逃さんと心剣が上段で振り下ろした。俺は咄嗟に身を捻らせて切っ先を掠りながらも後退して一撃を躱した。
俺は咄嗟だったため、後退した際体勢を崩してしまう。そこを狙われまいとすぐに視線を心剣に向ける。
だが、心剣はその場から動かず正眼に戻っていた。
俺は体勢を戻し息を整える。攻めてこないのに疑問を持ちつつ、俺は心剣に攻撃をしかけ続けた。
連撃、死角からの攻撃。色んな手段で木剣を振るが届かない。
心剣は防御に特化した剣技らしく、俺の剣を受け、弾き、受け流していく。尽く俺の剣が止められ反撃を食らいそうになる。
それでも、まともに一本取られないのは三人の師匠の稽古で鍛えられたからだ。
(とはいえ、このままどうにかしないと終わらない。どうするべきか?)
そう考えながら、距離を取り息を整える。そして、ふと思った。
(なぜ攻撃してこない?)
今もそうだが、心剣はなぜか自分から攻撃してこない。攻撃したのは俺の一撃を受け流したりした鋭い一撃だけ。躱して体勢を崩しても今のこの状況でも一切しかけてこない。
それらから、一つの答えを見つけた。間違ってるかもしれないが俺は行動に出る。
俺は正眼を解き木剣を下に下ろし一言言った。
「俺の負けです」
その言葉に門下生がざわつきだし、心剣が問いかける。
「どういうつもりだ?」
俺は俺の答えを心剣に言う。
「緋月さんに一切剣が届かなかったというのもありますが、緋月さんは一切攻撃しなかったからです」
その答えに、心剣は微動だにしなかったが、俺は続ける。
「緋月さんが攻撃したのは俺の一撃を返した一撃だけ。圧倒的な実力があるにも関わらず、自ら攻撃をしかけることはない。そのことから、これ以上攻撃しても勝負がつかず降参するのが得策。つまり、緋月さんの剣は相手を戦意喪失させて無力化して勝つものだと思い行動しました」
その答えに、心剣は──
「ふっ、見事だ。俺の教えも理解したか。冷静さを有したことで実力を読み、取るべき行動を見極められている。ショウヤ、俺もお前を剣士として認める」
微笑んで俺を剣士として認めてくれた。その光景に門下生は驚いていたが、心剣が静止させる。
「さて、俺の打ち合いはここまでだ。稽古に戻れ」
それから、いつもどおりの稽古に戻った。心剣は微笑みがしばらく続いていた。
────
「期間の間、お世話になりました。心の師匠」
「剛剣たちから聞いていたが、そう呼ぶのだな。まあ、好きにしろ」
心剣はいつもどおり静かに受け流す。
「紫翠も頑張れよ」
「はいっ。ショウヤさんも頑張ってください」
「ああっ」
紫翠は心剣の弟子入りをして、互いに激励してその場を去る。
────
次の稽古場に着き、扉の上に『眼』が刻まれた木札を見て、入った。
そこには百八十センチほどの灰色の髪で眼鏡をかけ紳士が立っていた。
「失礼します。本日より稽古を受けます。ショウヤと申します。よろしくお願いします」
紳士は胸に手を当て、一礼した。
「これはご丁寧に。私、剣聖――眼剣の重泉と申します。以後、お見知りおきを」
その紳士然とした立ち振る舞いを見て、俺は今回の師匠がこの人なのだと理解した。
心剣の稽古を終え、四人の師の稽古を受けて一年が経った。俺は、次なる試練――眼剣のもとへ足を踏み入れた。
次回は8/17日です




