13.疾剣の稽古
剛剣と違い、落ち着いた雰囲気の人だった。
だが、正座しての佇まいは紛うことなく剣聖の風格だった。
「私は剣聖、『疾』の号を有する、疾剣の蒼月と申す。以後よろしくお願いします」
疾剣の目は俺をよく観察して口にする。
「先日、怪我をされていたようですが、大丈夫そうですね」
「ご存じでしたか? はい、もう大丈夫です。あなたの稽古は受けに行っていいとのことで来ました」
疾剣は静かに立つ。
「そうですか、ですが、念の為私の意思で言いましょう。本日は体を休ませるように」
俺はちょっと残念がりながらも返事をする。
「はいっ」
その返事に察したのか疾剣はあることを提案する。
「とはいえ、折角来られたので私の剣をお見せします。付いて来なさい」
俺は疾剣に付いていくと外に巻藁が三本立てられていた。
「ではお見せします」
疾剣は間合いの外で構える。
静かに息を吸う。
次の瞬間――
疾剣の姿が、消えた。
「……え?」
直後、三本の巻藁が同時に地面へ倒れた。
見えなかった。巻藁の所までの踏み込み・巻藁を斬る動作、全てが見えなかった。
俺は驚きのあまり、開いた口が開いたままだった。
そんな俺に疾剣は語る。
「これが私の剣です。では稽古がありますので私は失礼します」
俺はしばらくその場で呆然としていたが、目指す剣技を知りその場をあとにして素振りをしてその日を終えた。
────
次の日となり、疾剣の稽古が始まる。
稽古内容は剣の基礎の型をひたすら振るものだった。何百回と繰り返し、次に別の振り方を何百回とその繰り返しだった。型が崩れていれば、丁寧に教えていた。
「しっかり振り抜く」
「足を半歩前に」
「関節を利用して止める」
など的確な指示で剣を教えてもらう。
さらに短い距離を全力で走り込むのも繰り返していたことだった。
そして何より、剛剣と違ったことは時間や規則などに厳しかった。よほどのことがない限りは叱られることが多かった。
その行動に、門下生は「融通が利かない」「頑固者」だと愚痴という悪口を言っていた。
クエストに関しては、こちらも剛剣と違い商人や貴族の護衛を任せられる依頼を受けていた。
襲ってくるのは基本獣だったが、まれに盗賊も現れるようで何もない時もある。
何もないと思っている門下もいるが、疾剣はいつでも真剣に護衛の任をしている。
一ヶ月経ったある日のことだ。俺は商人の護衛をしていたんだが、疾剣と俺を含めた門下生十人で護衛していた。
茂みの音に身を構え、疾剣が取り決めた陣形をして身を構える。今回は、獣の一種『キバネズミ』の群れだった。前世のネズミの五倍大きく今回は十五体ほどいた。キバネズミは一斉に襲いかかってきた。
俺たちは鼠たちに一撃を入れて倒していく。
だが、一人の門下生に二体向かったようで動揺して仕留め損ねてしまったようだ。
「このくそ、離せ」
近くにいた別の門下生が援護に入る。
「てぁぁ」
無事に二体を倒して二人がホッとしていた時、移動した門下生の隙を突き、四体のネズミは荷台へ走っていく。俺は言葉を溢す。
「しまった」
俺は援護に入ろうとしたが、疾剣が瞬時に回り込みその四体を仕留めた。
そして、疾剣は素早く自分の立ち位置へ戻っていた。
その一連の動きが、俺にはほとんど見えなかった。
俺は崩した陣形を戻しつつ警戒した。それからは何もなく、護衛を終えた。
そして、稽古場に戻る。そして、俺を含めた門下生は稽古場に戻って早々に正座して疾剣の説教が始まった。
「お前たち、今回の護衛は失敗していることに自覚はあるか?」
「⋯はい」
俺たちは小さな声で返事をする。
「あのネズミたちに連携を崩され、危うく荷台に被害が出るところだった。次からは極力一人で対応し、危険と思えば援護に入り再び陣形に戻るように分かったか」
「⋯はい」
「では、本日はこれにて解散」
疾剣が稽古場を先に出ると、門下生の愚痴が溢れた。俺は深く息を吐いた。緊張していたために、
「ったく、相変わらず冷てぇよなあの頑固者」
「本当にそう、俺まじで危なかったんだぜ」
「俺は助けに行ったのに、説教してくるとはひでぇよな。俺はもう辞める」
「そうだな、俺もそうする」
「俺も」
次々に辞める宣言をしたものが三人いたが、俺はその場を離れ食堂に行った。
────
「ふぅー」
食堂で大きな息を吐くと、瑠璃音さんが食膳を持ってきてくれた。
「お疲れ様。今日も大変だったね」
「ありがとうございます。すみません、ちょっとお話付き合ってもらってよろしいでしょうか? 食事はおいしくいただきますね」
瑠璃音さんは笑顔で答えてくれた。
「ええ、大丈夫よ」
「私も聞かせてほしいな」
ちょうど東風さんも食堂に来られた。俺はもちろんお願いした。
「はい、ぜひ」
俺は食事をしながら、会話をした。
「実は、蒼月さんが門下生の皆から頑固や融通が利かないと悪口を言っていてあんまりよろしくないんです」
「蒼月さんにそんなことを言うなんてね」
「そうね、悪口は良くないわね」
瑠璃音さんと東風さんも同意見だった。俺はふと疑問に思ったことを聞いた。
「その人たちは辞めるみたいなんですけど⋯、ところでなんで蒼月さんは、なぜ規則正しくしているかご存じでしょうか」
俺がそんな質問をすると、瑠璃音さんは笑顔で言った。
「私たちも気になって、聞いてみたの。なんて言ったと思う?」
質問した俺が何故か、悩んでしまった。
「うーん。思いつかないですね」
東風さんが面白そうに言った。
「蒼月さん、『融通が利きすぎると良くない』って言っていたわよ」
「ほう、利きすぎるですか」
「ええ、そうよ」
瑠璃音さんが続いて話す。
「確かこう言っていたわね」
「『融通が利きすぎると良くない。利きすぎてしまうと組織の崩壊になりかねない。崩壊してしまうとそれは組織ではなく、烏合の衆になる』」
「とか言っていたわね。でも、それを聞いてちょっと納得しちゃったわ」
自分も何となく分かった気がした。
「なるほど、合点がいきました」
二人は目を丸くして俺を見る。
「規則正しい生活・稽古は一人の剣士として振る舞い、組織の維持のためにやっていたのだと。剣聖の一人と同時に一人の人としての人間性も素晴らしい方です」
その答えに二人は笑った。瑠璃音さんが、
「ふふっ。そうね、蒼月さんは素晴らしい方だわ」
そしてコチさんが、
「そして、あなたもいい人よ。ショウヤくん」
「ありがとうございます、お二方」
そんな会話をして食事を終えた。そして、俺はまた一つ蒼月さんのことを知れた。見本となる良い剣士だと──。
────
そして疾剣の稽古を受けて二ヶ月、一ヶ月前の護衛から六人の門下生が辞め、二人が新しく入った。
そして、俺も少し成長してきたようだった。
疾剣の動きが少しずつ見えてきた。そして、今までの基礎の繰り返し、『反復動作』の意味が分かった気がした。
見えてきた疾剣の動きは基礎に則った動きに見える。故に最高の見本となる。
自分のしてきた足の運び、構え、呼吸、重心移動、剣を抜く軌道、力を入れる瞬間――その全てに無駄があることに気付く。
つまり、疾剣の疾さは──神速の太刀は『無駄を取り除いて生まれる疾さ』ということ。
それから俺は、疾剣の動きを参考に、自分の動きを遅くしている部分を知り取り除いていった。
しばらくすると、疾剣まではいかないものの動きが疾くなっていった。その光景に、門下生は驚き疾剣は静かに微笑んでいた。
俺はまだ知らなかった。
その微笑みが、俺自身の剣を見つけたことへの喜びだったことを。
残り、一週間と期間が終わろうとする中、疾剣の稽古期間最後のクエストを受ける。
内容は子爵令嬢の護衛だ。子爵令嬢が遠出で友人の家に遊びに行くものだった。
今回のクエストは二日の道のりを護衛するものだった。馬を借り、疾剣と六人の門下生で護衛を受けつつ、子爵令嬢の騎士も二人護衛に参加してくれていた。
一日目は幸い何も起きなかったが、俺と疾剣は警戒していた。見張りを交代しながらも、夜を過ごし一日目を終える。
二日目の朝日が昇り、しばらくしてのことだった。
俺と疾剣、そして子爵令嬢の騎士たちが警戒していた。
町が見えてきて、門下生の一人が声をあげる。
「見えてきましたよ」
安堵しているようだが、警戒している俺たちは無視していた。
すると、前方の木々が揺れ、二本の木が倒れて道を塞ぐ。
倒れた音で馬が驚き、手綱を引きなだめた。
すると、前から如何にもの姿をした盗賊が四人現れた。
騎士と疾剣は馬から降り、前方に出て身構える。俺たち門下生も馬から降りて、前方を見つつ周りを警戒する。
盗賊の一人が俺たちに向かって口にする。
「その馬車にいる貴族様置いてさっさっと去りな」
(悪党の定番だな)
そう思いつつ、周りを警戒した俺。
疾剣が前に出て答える。
「断る。私の役目は護衛ゆえ、あなた方の要望を聞くつもりはない」
その答えに盗賊は鼻で笑った。
「へっ、そうかよ。じゃあ──死にな」
「「「「「「うぉぉぉぉぉぉ」」」」」」
そのかけ声と同時に馬車の左右に盗賊が茂みから猛突進してきた。
俺たちは決められた陣形を維持して守りに入る。
疾剣は前方の盗賊四人に向かって駆け出す。そして、間合いに入った瞬間──神速の剣が盗賊を襲う。盗賊たちは四肢を見事に斬られ、戦闘不能になっていた。
一方の俺は、初めての真剣の対人戦に緊張してしまった。目の前には一人の盗賊が剣を横に振ろうとする。俺は身構えた。すると、妙な違和感を感じた。──遅い。相手の動き全体が遅く感じる。
(これが稽古の成果?)
そう思いつつ、横に振った剣を躱して空振った剣の持ち手の腕を斬る。
「ぐぁっ」
俺は怯まず、反対の腕をそして両足を斬って、相手は倒れ込み戦闘不能になった。
俺は周りを確認すると、近くの門下生が手こずっていたので加勢して相手を無力化した。門下生は感謝を言おうとしていたが、俺は無視し持ち場に戻り警戒する。
すると、
「かはっ」
俺がいた馬車の反対の方から騎士の声が聞こえた。
「ここは任せた」
と近くの門下生に言い残し、素早く反対方面に回り込んだ。
そこには、門下生がまだ交戦しており騎士が倒れている。そして、倒したであろう盗賊が剣を馬車に向かって大きく振り下ろした。
俺は剣を鞘に納め、そいつに向かっ踏み込んだ。さらに反対方面から疾剣が駆け出してきた。
その瞬間、俺たちは小さく頷いた──。
俺は剣を抜刀し、振り下ろした腕を斬り、足を斬った。
疾剣は反対の手足を斬る。
「くぁっ」
その盗賊は悶ながら、地面に倒れる。その光景を見てか、他の盗賊は動きが鈍り捕縛は容易く済んだ。
それから木々をどかして子爵令嬢を無事送り届けた。盗賊はその町に預けておき、すぐに『デンショタカ』を使い、王都に連絡をしたので二日後には来る。
しばらくは滞在することになり、俺たちは町でゆっくりした。
疾剣の説教はなく、こう言っていた。
「今回は初めての対人戦故に、説教はしないが駄目だった点はある。それに気付き、反省しなさい」
とのことだった。俺はその言葉を当時の戦いを思い出して反省した。それから、帰りも護衛したが特に異常はなくクエストは達成した。
────
次の日、俺は疾剣に呼び出され稽古場で正座していた。目の前には、同じく正座した疾剣がいた。
「本日をもって、お前は稽古期間を最後とする。その前にお前の剣技を見ておきたい。ついて来い」
そう言って、疾剣は立ち上がり移動した。俺はそれに追随する。
着いたのは、最初に疾剣の神速を見た場所だった。そこには、巻藁が一本立っていた。
「これを斬ってみせろ」
ただ一言、それを聞いて俺は巻藁から少し離れて剣を構える。
静かに息を吸い──、振る。
巻藁は斬られ、地面に落ちた。
その光景に疾剣は、
「見事だ。私には遠く及ばないが剣速が上がっている」
疾剣は歩み寄りながら話す。
「私の剣を見て、気付いた。神速といった疾さは無駄を削ぎ落とすことで生まれる疾さ。それを学び、そして習得してみせた」
俺の目の前に立ち笑った。
「私もお前を一人前と認める」
俺は嬉しくなり、ついあの言い方をした。
「ありがとうございます。疾の師匠」
その言葉に疾剣は驚いていたが、
「疾の師匠ですか。そうですね。あなたは私の弟子です」
疾の師匠は静かに笑った。
それから、疾の師匠と打ち合いをした。結果は負けてその日を──稽古期間を終える。
────
「疾の師匠。稽古期間の間お世話になりました。ありがとうございます」
「ああ、次の稽古も頑張りなさい」
「はい」
俺は最後の挨拶を済まし、次の稽古場に向かう。
稽古場に着き、扉の上に『技』が刻まれた木札を見て入った。
「失礼します」
カンッ──。
その声と同時に、木人の衝突が響く。しかも、木剣だけでなく手刀や蹴りで攻撃していた。
俺が驚いていると、こちらに気づいたようで声をかける。
「よぉ、俺の稽古を受けに来たのか」
俺は正気に戻り、挨拶をした。
「はい失礼しました。本日より稽古を受けさせてもらうショウヤです。よろしくお願いします」
こうして、疾の教えも胸に刻んだ俺は、次なる試練――技剣のもとへ足を踏み入れた。
次回は2026/8/15になります




