第17話: 王都の影
磨かれた長靴の爪先が、雪を厭うように一度だけ止まった。
坂の下に、辺境の足ではない足がある。
メリルは草を裏返す手を止めて、戸口へ目を上げた。
「メリルさま。坂の下に、どなたか」
「ええ。……お客さまだわ」
けれど、その言い方にいつもの軽さは乗らなかった。
戸を細く引くと、北の冷えが膝まで切り込んできた。
坂の半ばに、灰色の上着をきっちりと着込んだ男が立っていた。
肩に雪は乗っていない。乗る前に払い落としている。
辺境の者は、雪を払わない。払うひまに、坂を上りきってしまう。
メリルの手のひらが見るより先にそれを覚えた。この男は雪を知らない手だ、と。
男は坂を上りきると、メリルの前で足を止めた。
白い手袋の指が、外套の前を几帳面に整える。
その所作のひとつひとつが、屋敷の冷たい廊下を思い出させた。
「レイクハートの、メリル殿でいらっしゃいますか」
「……はい。メリルと申します」
「王都より、参りました」
男は、笑みを浮かべて頭をわずかに下げた。
笑みは口元だけで、目の奥には届いていなかった。
「王都から」
メリルは、その言葉を胸の中で繰り返した。
追放されてから、ひと度も坂を上ってこなかった場所だ。
「遠いところを、雪の中。お入りください。火だけは絶やしておりません」
「いえ」
男は、白い手袋でやんわりと制した。
「すぐに発ちます。お伝えするだけのことですので」
すぐに発つ、と言いながら男の目は院の中をひと撫でした。
掃き清められた床。乏しい薬棚。竈の火。それを、勘定するような目だった。
「お伝えする、こと」
「公爵家の、後見人ライラ様より」
その名が、戸口の冷えの中で静かに落ちた。
メリルはライラ様、とは言わなかった。けれど心の中で半歩、後ろへ退いた。
「公爵領の蔵より、辺境ハーロウへ回しておりました薬草と人手」
男は書きつけを一枚、白い手袋の上に開いた。
「これより先、お出しできぬことと相成りました」
「……草と、人手を」
「さようでございます」
「それは、どういう」
「蔵の都合、とのことでございます」
男は書きつけの文字を読むでもなく、空で言った。
覚えてきた言葉を、そのまま並べているのだとわかった。
「公爵領も、今年の冬は厳しゅうございます。辺境にまで回す余裕は、ない。後見人様はそう仰せでございました」
「公爵領の、冬が」
メリルは、男の言葉の裏を量ろうとした。
量れなかった。
手のひらは触れたものしか量れない。この男の言葉はつるりとして、引っかかる節がなかった。
「ですが、わたしは公爵領の蔵からまだ何も」
メリルは、繕わずに言った。
「辺境へ来てから、公爵領のお草を一束もいただいてはおりません」
「左様でございますか」
男はほんのひと拍、白い手袋を止めた。
「では、これからも、お困りにはなりませんね」
メリルは、息を呑んだ。
言葉が、ふいに刃の薄さを帯びた。
届いていない支えを断つ、という言葉の中に別の意味が潜んでいた。
お前が当てにしていたものを、芽のうちに摘んだ。
「公爵領を通る荷の道も、ハーロウへの分は、これより閉ざされます」
男は、また笑みに戻った。
「念のため、申し添えておきます。後見人様の、ご配慮でございます」
「ご配慮」
メリルは、その言葉をそっとなぞった。
配慮、という言い方が屋敷の言い方だった。
刃を布でくるんで差し出すときの、あの言い方。
「辺境の道は、雪が深うございます。荷を回せば、人が凍えましょう。後見人様はその者たちを案じておられる」
男は、よどみなく言った。
「ですから、これは、辺境を案じてのこと」
メリルは、その理屈の冷たさを手のひらに感じた。
「……ひとつ、お尋ねしても」
「なんなりと」
「なぜ、ライラ様は」
メリルは、言葉を選んだ。
「わたしは、もう退きました。辺境へ参りました。婚約の任も治療院の務めも、すべて解かれて」
「さようでございますね」
「それなのに、なぜ。追われた先の、こんな雪の奥まで」
メリルの声が、細くなった。
「ライラ様は、なぜわたしのことを、まだ」
男は、答えなかった。
白い手袋の指が、書きつけを丁寧に畳んだ。
その沈黙がメリルの問いを宙に浮かせたまま、戸口の冷えの中に置き去りにした。
「後見人様のお心は、わたくしの量るところではございません」
しばらくして、男はそれだけを言った。
「わたくしは、お伝えするだけ。お言伝を、確かにお伝えいたしました」
量るところではない。
その言い方の奥に、男自身も知らない何かが沈んでいる気がした。
「もうひとつ」
男は坂を下りかけて、ふと振り返った。
「老婆心ながら、申し上げます」
「……はい」
「辺境の方々に、あまり、深く関わられませぬよう」
男の笑みが、わずかに深くなった。
「公爵家が手放された方を、いつまでも抱え込めば、この町にいらぬ厄介が及びましょう。それは、あなた様の本意ではございますまい」
メリルはその言葉の刃を、はっきりと見た。
「わたしが、この町の、厄介に」
「噂は、風に乗りますので」
男は北辺の言い回しを、わざと借りた。
その借り方が、いちばん冷たかった。
「公爵家に見限られた女が、辺境に居着いた。そういう話が、もう王都から流れております。辺境にも、いずれ届きましょう」
男は、白い手袋で外套の前を整えた。
「届く前に、お心づもりを。それが、わたくしの老婆心でございます」
男は、それきり坂を下りていった。
磨かれた長靴が、雪を踏むたびに嫌そうに沈んだ。
辺境の者の重い足音とはまるで違う音だった。軽くてよそよそしくて、土地に馴染もうとしない足音だった。
メリルは、その背を戸口から見送った。
見送りながら、両の手のひらが知らず冷えていくのを感じた。
届いていなかった草。届いていなかった人手。それを、断たれた。
「メリルさま」
ニーナが竈の前から、おそるおそる声をかけた。
「いまの方……何を、おっしゃったのですか」
「公爵領から、お草とお人手はもう回らないって」
「お草が」
ニーナの顔が、こわばった。
「でも、メリルさま。公爵領からのお草なんて、わたしたち、もともと」
「ええ。一束も、いただいていないわ」
メリルはニーナを見て、口元をやわらげようとした。
やわらげきれなかった。
「もともと、なかったものを断たれたの」
メリルは、薬棚の前へ戻った。
乏しい三つの草の束が、いつもの場所に並んでいた。
「だから、何も変わらないはずなのよ。手元のお草もお人手も、増えも減りもしない」
「では、どうして」
ニーナが、灰起こしの手を止めた。
「どうして、メリルさまのお手が冷えているのですか」
メリルは、自分の手のひらを見下ろした。
言われて初めて、その冷たさに気づいた。
「……当てにしていたものを、断たれたわけではないの」
メリルは、声を低くした。
「当てにする道を、先回りして塞がれたの。これから困るかもしれない道を、困る前に」
「先回りして」
「ええ。それが、いちばん冷たいのね」
メリルは、息を吐いた。
手のひらが、まだ冷えていた。
その日の昼過ぎ、坂の下から別の足音が上ってきた。
今度は、辺境の足だった。
マーサが麻袋を担ぎ、息を白くしながら坂を上ってくる。
けれど、その顔にいつもの無造作な笑みはなかった。
「先生」
戸口で雪を払いもせず、マーサは言った。
「本通りに、妙な話が流れてる」
「妙な話、ですか」
「ああ」
マーサは、竈の前に腰を下ろしながら言った。
「公爵家に見限られた女が、峠の上に居着いた。厄介事を背負って逃げてきた女だ。関わると町まで巻き添えを食う。——そういう話さ」
「……それは」
「今朝、本通りに見ない男がふらりと来てね」
マーサの灰色の目が、ふと険しくなった。
「塩を買うふりして、その話をあちこちの軒に置いていった。種を蒔くみたいにね」
メリルは、息を詰めた。
王都から来た使者の、白い手袋を思い出した。
届く前に、お心づもりを。あの言葉は、もう町に種を蒔いたあとで言われたのだ。
「マーサさん。その話は、本通りに」
「広がっちゃいない」
マーサは、きっぱりと言った。
「広がる前に、あたしが踏み消した」
「踏み消した」
「ああ」
マーサは、節くれ立った指で膝を一度叩いた。
「軒を回って言ってやったのさ。コリンの熱を引かせたのは誰だ。リタの胸の水を切ったのは誰だ。ハモンドの最期の夜にそばにいてくれたのは誰だってね」
マーサの声が低く、確かだった。
「見ない男の言う話と、あんたが坂の上でやってきたこと。本通りは、どっちを信じるかもう知ってる」
メリルは、その言葉を胸に落とした。
胸の冷えが、ほんのひと匙ぬくもった。
「マーサさん。ご迷惑を」
「迷惑なもんか」
マーサは、ふんと鼻を鳴らした。
「あたしらは、よそ者を遠巻きに見る町さ。最初は、あんたのことも値踏みした。だがね先生」
マーサはしばし、戸の外の雪を見た。
「値踏みは、もう済んだのさ。あんたは、本通りの先生だ。今さら、王都の男の口車で、それが変わると思うかい」
「……ありがとうございます」
「礼はいいさ」
マーサは、麻袋の口を結び直した。
「だが、先生。これだけは、覚えときな」
マーサの灰色の目が、まっすぐにメリルを見た。
「王都が、なんであんたをこんな雪の奥まで追ってくるのか。あたしには、わからない。あんたにも、わからないんだろう」
「……ええ」
「だが、わからないものほど、しつこいもんさ。気をつけな」
わからないものほど、しつこい。
マーサの言葉が、メリルの胸の隅に小さく刺さった。
なぜ、ライラ様は。
追われた先の、雪の奥まで。退いたはずのわたしを、なぜまだ。
その問いには、いくら手のひらを当てても答えが返ってこなかった。
量れない冷えが、またひとつ増えた。
その夕、坂の下から馬蹄がひとつ上ってきた。
ガレスだった。
毛皮の外套に薄く雪を乗せ、戸口で足を止める。
「メリル殿」
「ガレス領主さま。お早く、お耳に」
「マーサが、知らせてきた」
ガレスの声は、いつも通り無駄がなかった。
けれど、その灰色の目の奥に低く燃えるものがあった。
「公爵領が、辺境への荷を閉ざしたか」
「ええ。後見人ライラ様の、ご配慮だと」
「配慮」
ガレスは、その言葉を口の中で転がした。
「ずいぶんと、冷える配慮だ」
「ガレス領主さま。わたしのために、辺境が」
メリルは、言いかけた。
辺境が王都に睨まれる。荷の道を閉ざされる。それはわたしのせいだ、と。
「あんたのせいではない」
ガレスはメリルの言葉を、短く断った。
「公爵領が荷を閉ざそうが、ハーロウの蔵は、ハーロウのものだ」
ガレスは、戸口の脇に立ったまま言った。
「もともと、私はあてにしていない。王都も公爵領も、この土地を数えたことなどない」
「ですが……もしライラ様が、辺境そのものを」
「干すか」
ガレスは、口の端を上げた。
笑みではなかった。冬を幾度も越してきた男の、覚悟の表情だった。
「干すなら、干せばいい。私は北辺だけで冬を越す算盤を、もう何度も弾いている」
「北辺だけで」
「ああ」
ガレスは、メリルをまっすぐに見た。
「公爵領の草など、なくてもいい。町の蔵に、乾物の備えがある。雪の下の草がある。奥から託された強い草もある」
ガレスは薬棚の三つの束を、目で確かめた。
「そして、あんたの手がある。どれも、王都の手の届かないものだ」
メリルは、その言葉を胸に落とした。
王都の、手の届かないもの。
「ガレス領主さま。それでは、辺境が」
「メリル殿」
ガレスは、低く言った。
「中央に荷を断たれて、辺境が困ったことなど一度もない。困ったのは、いつも中央の助けを当てにした年だけだ」
「当てにした、年だけ」
「ああ。当てにして、来なかったときが、いちばん死ぬ」
ガレスの声が、確かだった。
「だが今年は、最初から当てにしない。当てにしないものは、断たれても痛まん」
メリルはふと、胸の冷えがほどけていくのを感じた。
届いていなかった草を、断たれた。
けれど、もともと当てにしていなかったなら、断たれても減るものはない。
ガレスは、それを言っていた。
「むしろ、好都合だ」
ガレスは、外套の前を合わせ直した。
「これで辺境は、辺境の手だけで冬を越すと腹が決まった。半端に中央を当てにする迷いが、消えた」
「迷いが、消えた」
「そうだ」
ガレスは、ひと度うなずいた。
「あんたという手と、町の蔵と、奥の草。それだけで、この冬を越す。誰の庇護もいらん」
誰の庇護も、いらん。
その言葉が、メリルの胸のいちばん深いところに届いた。
屋敷では、いつも誰かの庇護の下にいた。養女として。身代わりとして。日陰の手として。
その庇護を、いま王都の手で断たれた。
断たれて初めて、自分の手だけで立つ覚悟が決まった。
「ガレス領主さま」
メリルは、頭を下げた。
卑屈な下げ方ではなかった。横に並ぶ者が、相手に礼を尽くす下げ方だった。
「では、わたしの手でお返しします。辺境が、辺境の手だけで冬を越せると、わたしの手で証してみせます」
「それでいい」
ガレスは、短くうなずいた。
「私は、数えるのが仕事だ。冬を越せた者の数を。今年は、王都の助けなしでその数を増やそう」
「はい」
メリルは、まっすぐに答えた。
顔を上げたままの、はいだった。
「ひとつ、言っておく」
ガレスは敷居をまたぎかけて、立ち止まった。
「王都が、なぜあんたをここまで追うのか。私の算盤でも、その数は読めん」
ガレスの灰色の目が、低く深くなった。
「だが、わからん執念ほど、油断ならん。あんたが思うより、根は深いのかもしれん」
「……根が」
「気をつけろ、とは言わん。あんたは、もう気づいている」
ガレスは、敷居をまたいだ。
「ただ、一人で抱え込むな。それは、いつもと同じだ」
ガレスが、坂を下りていく。
雪を踏む重い足音と一頭の馬蹄が、坂の下へ遠ざかった。
磨かれた長靴の、よそよそしい足音とはまるで違う音だった。
土地に根を張った、重い足音だった。
メリルは、その背を戸口から見送った。
守ってくれる人ではない。けれど、辺境ごと腹を括ってくれる人だった。
その夜。
白鳩の家に、また竈の音だけが残った。
メリルは薬棚の前に立って、三つの草の束を見た。
本通りの雪の草。北辺路の雪の草。三日も奥の、分厚い草。
どれも、王都の手の届かない草だった。
断たれたのは、もともと届いていなかった手だ。残ったのは自分の手で結んできた絆だけだった。
「メリルさま」
ニーナが、隣に来た。
「お手は、もう、温こうなりましたか」
「ええ」
メリルはニーナを見て、今度はちゃんと口元をほどいた。
「マーサさんが、噂を踏み消してくださって。ガレス領主さまが、北辺だけで冬を越すと、腹を括ってくださって」
「よかったです」
「ええ。……不思議ね、ニーナ」
メリルは薬棚の凹みを、指でそっとなぞった。
「王都に、いちばん大きなものを断たれたのに」
メリルは、声を落とした。
「いまのわたしのほうが、屋敷にいた頃より、ずっと足が地に着いているの」
「足が、地に」
「ええ。屋敷では、いつも誰かの下にいたわ。守っていただいて。でも、その守りがいつ消えるか怖かった」
メリルは、自分の両の手のひらを見下ろした。
「いまは、もう、消える守りがないの。だから、怖くない。あるのは、自分の手と、横に並ぶ人たちだけ」
「メリルさまの、お手」
ニーナがメリルの手のひらを、そっと両手で包んだ。
「冷えていらしたのを、わたし、いちばん最初に気づきました」
「ええ。あなたは、いつもそうね」
「だから、温める役も、わたしです」
ニーナのあかぎれの手のひらが、メリルの手を包んでいた。
その小さな温度が、王都の冷えをひと匙ぶん押し返した。
「ありがとう、ニーナ」
メリルは、ふっと笑った。
戸の隙間から、軒の白い鳩の背が見えた。
藍に沈んだ雪の中で、鳩だけが別の白だった。
「お客さま。今日は、王都から、お使いがいらしたわ」
メリルが小さく声をかけると、鳩はちらと丸い目を上げた。
「冷たいお方だったの。でもね、辺境のみなさんがその冷たさを押し返してくださったの」
鳩は、もう一度胸の羽をふくらませた。
「ええ。だから、わたしは、もう怖くないのよ」
その夜、メリルは藁に横になって、天井の闇を見上げた。
隣でニーナが、毛糸のさやを両手にはめたまま寝息を立てている。
メリルは今日一日に坂を上ってきたものを、ひとつずつ数えてみた。
磨かれた長靴。白い手袋。冷たい配慮。町に蒔かれた噂の種。
それから、踏み消したマーサの足。腹を括ったガレスの覚悟。温めてくれたニーナの手。
冷たいものと温かいものが、同じ坂を上ってきた。
メリルは、両の手のひらを胸の上で合わせた。
なぜライラ様は、こんな雪の奥まで。
その問いは、いくら手を合わせても答えを返さなかった。
退いたはずのわたしを、なぜまだ追う。何が、あの方をそこまで駆り立てる。
量れない冷えが、闇の向こうにひとつ沈んでいた。
その輪郭は、まだメリルには見えなかった。
眠りに落ちる手前で、メリルはひとつのことを思った。
今日、王都の手は辺境への支えを断った。けれど、それで辺境はかえって一つにまとまった。
断たれた糸の代わりに、自分の手で結んだ糸が、いま白鳩の家を囲んでいる。
いちばん重いものは、これから来る。あの予感は、まだ消えていなかった。
むしろ、王都の影が伸びた今日、その予感はひと回り濃くなっていた。
メリルはその濃さを、闇の中で握りしめた。
握りしめた手のひらが、ほんのわずかに汗ばんでいた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第十七話「王都の影」をお届けしました。辺境で居場所を築き始めたメリルのもとへ、王都から、冷たい風がひと吹き届きます。
公爵領からの草と人手——本当は、まだ一束も届いていなかったものを、ライラは「困る前に」断ちました。当てにしていたものを奪うより、これから当てにするかもしれない道を、芽のうちに塞ぐ。その先回りの冷たさを、いちばん書きたいと思いました。
そして、メリルにはどうしても解けない問いが残ります。退いたはずの自分を、なぜライラはこんな雪の奥まで追ってくるのか。その理由を、メリルはまだ知りません。読者のみなさんも、いまはまだ、知らないままで結構です。いつか、腑に落ちる日が来ます。
けれど、王都の冷たい手は、皮肉な結果を生みました。荷を断たれた辺境は、かえって「自分たちの手だけで冬を越す」と腹を括ったのです。孤立が、結束を固める。マーサが噂を踏み消し、ガレスが覚悟を決め、ニーナが冷えた手を温める。断たれた糸の代わりに、メリルが自分の手で結んだ糸が、白鳩の家を囲みます。
物語の遠くで、いちばん重い冬が、もう近づいています。
毎日19時更新予定です。☆評価・ブクマ・感想をいただけると、何より次話の励みになります。




