聖女とそうでない人間では①
「ようこそ。我が王国グランタニアへ。聖女様」
パッと目を見開けば、通りの良い凛とした女性の声が響いた。途端に周囲はがやがやと騒がしくなった。起き上がろうと手をついた床は、複雑な円と文字の組み合わせの魔法陣が描かれている。
これで私とモエギを召喚したの?
周囲を見回せば、私とモエギが転がる魔法陣が描かれた床の周りに、体臭が匂ってそうな髭を蓄えた大男達が立ち並んでいる。彼等は剣ではなく槍を持っていて、切っ先を召喚陣の真ん中に向けていた。つまり、私とモエギが危険な珍獣という風に彼らは槍を構えているのだ。
もう絶望するしかない。
だってもう決まりじゃないですか。
こんな状況は何ですか? 答え「異世界です」ですよ。
私はもう一度意識を手放したくなった。
どうかどうか、これが嘘だと言って。神様、夢だと言って。
「ご気分がすぐれませんか、異世界の聖女よ」
金属みたいな硬質感のある金髪に青い目をした美女が、ボトックスし過ぎて表情を失った人みたいな物凄い美女が私達に声を掛けた。
彼女は何者だろう。
彼女が纏うドレスは白いが、デコルテを大きく取ったデザインで装飾もあり、巫女や神官と呼ぶには少々華美すぎる。大きくて赤い宝石のついたネックレスをデコルテに飾っているけれど、あの宝石には十字に白い輝きが見える。
スタールビーというものだろうか。
もしかして彼女は、魔導士や魔女、とかのほうだろうか。
怖い、どうしようと考えていたら、しゅたっという風にモエギが立ち上がった。
それで私の前に立つ。
私を守るため? の、わけないわけない。
「まあ! 私が聖女だって言うの! そんな、困る」
すご~く嬉しそうな声で、ブリッブリッて擬音つけたくなるほどで言われても、何も困っているようには見えません。ありがとうございます。
けれどもそのお陰で周囲の目はモエギに全部集まった。
それで私はといえば、モエギみたいに立ち上がるよりも膝を抱えて小さく丸まる。アイドル顔のモエギ見比べられ、「うっわ不細工」と異世界に来てまで嘲りを受けたくはない。わかっている。同じ身長でも彼女は誰が見ても華奢で美人で可愛くて、私は骨太のもっさりだ。可愛いと言ってくれるのは家族だけ。
うう、帰りたい。
「聖女様。いくら国難だと言っても、関係のないあなた様をお呼びした事にはご容赦を。けれど、瘴気はもはや抑え込むどころか広がるばかりで、こうしてあなた様を召喚するしかなかったのです」
「ええ~でもお。私も急に言われてもぉ」
「陛下。私も聖女にご挨拶をしても?」
「よかろう」
陛下? 女王様だったのか。
びっくりして見つめていると、女性からひょいっと男が生えた。
というか、誰かの影になっていて見えなかった男性が、そんな感じで女王の脇から出てきたのだ。
彼は女王と血縁関係があるとひと目でわかった。彼女に似た美しい顔立ちと、彼女と同じ豪奢な金の髪とブルートパーズのような透明な青の瞳をしている
彼のその悠然とした雰囲気は、彼も権力者であるからだろう。彼は魔法陣を囲む人々と違い魔法陣の上をしっかりと踏みこみ、真っ直ぐに私達の方に歩いて来た。
それでもって、なんと、彼は私達に跪いたのだ。
まるでプロポーズをするみたいにして。
「聖女様。私の名はローレンス・グランタニア。この国の第一王子です。あなた様を歓迎します。どうぞ、我らの国を救うと仰っていただけませんか?」
私は熱に浮かされた様にして、という意味を初めて理解した。
だって、あの手を取りたいって思って、私は腰を浮かしかけたのだ。
「男子怖い」のこの私が。
なのに私が彼の手を取らなかったのは、私の意志力が強かったのではなく、もともと立っていたモエギが青年の手を取るのが早かったからである。
もう飛びつく感じで彼の手をぎゅっと両手で掴んだのだ。
「もちろんですわ!!」
「それでこそ素晴らしき聖女だ」
王子はゆっくりと、自分の右手を掴むモエギの両手に彼の左手も添えて、彼こそがモエギをエスコートしている風にして立ち上がる。
やっぱり、私はいらない子だな。
美少女と麗しき王子はとっても絵になっている。
王子は魂を抜かれそうになるぐらいに綺麗な顔だ。そんな彼こそ手を差し伸べたいのは、桃色めいたブラウンの柔らかそうな髪を揺らし、猫みたいに大きな瞳をした美少女に、だろう。
王子に手を握られたモエギは、この場でのヒロインに相応しく、頬を染め、はにかんでいる。
ブン。
わああ!
広間にノイズが響き、同時に空間いっぱいに白い光が広がる。
周囲から感嘆の声が上がった。
それはモエギのステータスが仰々しくくお披露目されたからである。
透明で大きなアクリル板らしきものがモエギの斜め前に出現していた。
モエギ ユズハ LV.1
聖女
治癒魔法 浄化魔法 光魔法
だよね。
モエギはレベルが低いが、ちゃんと聖女であった。また彼女が今後使用可能な魔法名らしきものも表示されている。魔法名の文字が薄暗くなっているのは、恐らくレベルが低いためにまだ開放されていないからだろう。
私はやっぱり単なるおまけの巻き込まれ召喚なのだ。
彼女はこの世界では聖女として守られ、華々しい人生を送れる。
「どうして一人で召喚されてくれなかったの」
思わず恨み言が零れた。




