おまけは大男が大きくて良かったと初めて思う
部屋に飛び込んですぐに目に入ったのは、窓際の奥のベッドに腰かけるガイの後姿。彼も風呂上りなのかタオルを被って頭を拭いている、そんな情景。
ガイとこの部屋で一晩? と考えて飛び出したくせに、風呂場でのあれやこれやのせいで、彼の大きな背中があることに安心してしまうなんて。
それでぺたんと床に座り込んだ私に、ガイはぐるっと振り向いた。
「サエ。どうしたんだ!」
「ひゃっ」
知らない男だと反射的に身を縮こませる。
頭を拭いてたタオルを剥ぎ取った彼は、山ごもりしていたみたいなモッサモッサの長髪も髭もすっきりと消えているのだ。
見えていた目元に鼻梁は確かに整っていたけれど、髭が消えた顎の形も尖り過ぎず長すぎずのいい感じ。
「うそ」
アキちゃんが描いた理想の筋肉騎士様画集から出てきたみたいだ。
ヒグマだと思って洗ったら、実はベルジアンタービュレンだった。そんな衝撃。
ベルジアンシェパードは四種いるけれど、どれも外見がとにかく美しい犬種だ。
特にクローネンダールとタービュレンは至高だと思う。
黒一色のクローネンダールはとにかく洗練されている完成美だし、赤褐色の毛皮を持つタービュレンは野性味と精悍さを備えた美しさなのだ。
そんなベルジアンタービュレンが人型になったらこんな感じなんだろうか、と、髭を剃って真実の姿になったガイは見惚れてしまう程である。
「どうしたんだ。下着のままって、一体何があった?」
あ? え?
もちろん過保護な彼は、呆けるばかりの私に向かってすっ飛んできた。
遠近法で理想的なサイズに見えた男性が、無駄に大き過ぎた男に変わった。
けれど、私は目の前の大山に怖いと感じなかった。
大きくて怖いと思うべきなのに、彼が私を捕まえようとした男達よりもずっと大きいって思ったら、ずっとずっと大きい人で良かったって思った。
「うう」
迷子になった幼児が親にするように、私はガイに両腕を伸ばしてた。
だって怖かった。すっごくすっごく怖かった。
ガイは私をすぐに床から掬い上げ、抱きしめた私を赤ん坊のように揺らす。
私はガイの胸元に頭をぐりぐりと擦り付ける。
どどどどどん、とびっくりするぐらい大きくて力強い心臓の音。
私はあやしてくれる彼にお礼を言うべきだが、私の口も頭も言葉を忘れたみたい。
「うう、ううう」
こんなになっちゃったのは、全部ガイのせい。
優しくて安心できるから。
「どうした? 何か誰かにされたのか?」
私は、そうだと、首を縦に大きく振る。
「――どいつだ?」
静かにも聞こえるけれど、地獄の獄卒全員震えそうな殺気が籠った怒り声。
その声に脅えなきゃいけないのに、私はさらに心が安らいでいる。
カフィにあのゴロツキ達など、ガイの敵じゃないって声だけでわかるから。
「サエ。そんなにひどいことをされたのか」
「う、うん。こ、怖かった」
「そうか――この町潰そうか」
は?
「この町を見る度に余計な思い出が浮かんだら大変だ。元凶を消そう」
私を脅えさせたゴロツキをすっ飛ばして町消すな!
「し、しなくていい。カフィとその仲間の男二人に誘拐されかけただけだから」
「うおおおおおおおう」
両耳を押える。
鼓膜が破れそうな雄叫びをあげたガイは、なんと、角が伸びている?
え?
バン、ドオン、ダアン。
左右の壁に床下が思いっ切り叩かれた。
これはガイの雄叫びに呼応するって合図?
「「「うるせえぞ!!」」」
ただの壁ドンだった。
右隣はグレンとギードの部屋だと思ったけれど。
私は耳を塞いだままでガイへと視線を向ける。
怒ってる? そんな上目遣いで。
「うぐ」
私と目が合うや、ガイが喉を詰まらせた音を出した。
それで、私を抱く腕に力を込めた!!
ぐえっ。
「ガイ。骨折れる」
「ああ。ごめん。君があんまりにも幼気すぎて。ああ、上目遣いはいけないよ」
ガイは私を持ち上げ直し、自分の体から引き剥がす。
私は反射的に腕を伸ばしてガイにしがみ付く。
「サエ。君の怪我の確認がしたい。鼻の頭や頬に額が赤くなっているし、膝小僧も擦り傷ができていないか? それに、君の綺麗な髪が酷くグシャグシャで――ハゲが出来て血が出ているじゃないか!!」
「ひゃっ」
鼓膜が破れると両耳を塞ぐ。
バン、ドオン、ダアン。
「うるせえ。俺の嫁が大怪我してんだ。静かにしやがれ!」
壁ドンにガイは謝罪どころか怒りをぶつけ、私をベッドに転がした。
それからガイはベッドの横に膝立ちになって、私の右手を両手で包む。
「あのっ」
「気をしっかり持って。俺に傷を見せてくれ」
気をしっかり持つのはガイの方じゃないだろうか。
でも、ハゲ? 後頭部にハゲが出来てるの?
自由な左手で後頭部、カフィに髪の毛を掴まれて痛かったところに触れる。
指先が触れた場所はつむじがあるとこみたいで……無毛な感じ?
怖々と指先を目の前に持って来れば、人差し指の先には血?
かぷ。
人差し指が生暖かく柔らかで湿ったモノに囚われた。
ガイに指先舐められたのだ。
「やああああ、エチぃいいいいい」
「ちょ、ちょっと。サエ」
舐められた手でガイをバシバシ叩く。
「ほらほら、怪我してるだろ。頭も舐めさせて」
「舐めて怪我は治らない! 指は怪我してなかった。もう! 消毒スプレー。あとハイドロコロイド最小と特大!」
ぽす、ぽさ、ぽこん。
視界がほんの瞬間白くスパーク。
「んー」
「サエ!」
私は痛いと額を押える。消毒スプレー缶、傷用パッチの紙箱、がベッドに横になる私の頭の上の位置に落ちたが、最後に脳内でだけ唱えた冷却スプレーが額を直撃したのだ。当たったのが額で、鼻でなくて良かったと思うべきか。
「大丈夫か」
「うん。使用方法を守んなかったから、その罰かも」
「これは初めて見たが、これの使い方を間違えたのか?」
「これね、患部を冷やすやつなんだけど、カフィの顔にぶっかけてやったの。人の顔や目に向けて噴射しちゃいけないって説明書きあるのにね」
「ぷ。ふふふ。良くやった」
ガイは私の頭を包むように撫で、え、自分に私の頭を引き寄せて?
まさか。
「舐めときゃ治る」
やっぱり!!




