おまけは傷を治療しなきゃと思うのでまず扇情しました
ガイは舐めれば傷が治ると信じているらしく、私の頭の髪をむしり取られた怪我を舐めようと必死だ。
もちろん私だって必死だ。阻止せねば、と。両手でガイの胸を押す。
「舐めるな!」
私の力で彼は止められないのだけど、彼は動きをピタッと止めた。
「俺が気持ち悪いか」
バリトンなのにどうしてか情けない音にしか聞こえない。ガイの顔を見上げれば、眉根がぐっと下がって、いかにもショボーンとした顔だ。
くっ。私が凄い悪人な気がしてくるのはなぜだろう。
あなたは私が学校に行っている間に私の部屋を破壊しといて被害者面した、ジャックラッセルテリアの瓶吉みたい。というか、私がいなくなって、あの子の散歩は誰が担当してくれてるのか。小さな体の癖に散歩が足りないと破壊行動に走るあの子を。
「うわあああああん。びんきち~」
「え、なに。びんきちって誰だ!」
瓶吉ロスに陥った私はガイの頭をもしゃもしゃとかき回していた。赤味が強い焦げ茶色の髪色は、ブリンドルカラーでブロークンコートな瓶吉っぽい。
多頭飼い崩壊現場で救出されたあの子は、ジャックラッセルテリアには許されないモコモコ毛にブリンドルカラーで、誰にもジャックラッセルテリアと認識されない不幸ばかり背負っていた。だから不幸な生まれに勝って欲しくて「ヴィンス(勝利とかの意がある名前)」と名付けたのに、父がふざけてヴィン吉と呼ぶせいで定着し、最終的に瓶吉となった私の愛犬。……お父さんのばか。
瓶吉から瓶吉の名付けの顛末まで思い出したせいで、私はスンと冷静になった。
「瓶吉は可愛がっていた犬。……ごめん」
「いや。いつでもモサモサしてくれ。他の男の代りは許せないが、サエの犬の代りならば歓迎だ。サエが喜ぶならば、いくらでも!」
最後のいくらでもが音量デカくてびりびり来た。
私は、「お、おう」としか答えられない。
そして、そんな私の頭に再び大きな手の平が当てられて? 再びガイの口元に?
「ま、待って。舐めても傷は治らないよ!!」
口の中のバイ菌のせいで化膿しちゃうって。
「治るぞ」
「あなたが大怪我の時にグレンもギードもあなたをぺろぺろしてなかった!」
「ハハハ。止めろ。あいつらが俺をぺろぺろ。やめろ、気持悪い。ハハハ」
「ほら。やっぱり。舐めて傷が治るなんて迷信よ! 犬になりたいって、女の子をぺろぺろしたいだけなのね!」
「ハハハ。確かに、サエは甘そうでおいしそうだが、俺は本気で怪我を治したいと思っている。鬼は妻や夫にならば、小さな傷ぐらいは舐めて治せるからね」
なんてすけべえな「治癒魔法?」なんだろう。
でもって、なぜそんなに私の頭を舐めたがるんだろう。
でも舐める行為が本当に治癒魔法かは懐疑的だ。
カフィに掴まれて髪が大量に引っこ抜かれてハゲになっているらしいそこが、舐められたせいで化膿してさらなるハゲになったらどうしてくれる。十円玉ハゲは悲しすぎる。
でも?
拷問でぐちゃぐちゃになった体も治せる回復薬がある世界だ。
舐めたら本当にきれいに治るのならば、舐めて貰った方が良い?
とりあえずガイの手を振り払って身を起こす。あ、風呂場でカフィに石床に叩きつけられた名残を今さら見つけた。膝は擦り傷と打撲で真っ赤だ。それでもって、気が付いた途端にしくしく痛み始めるとは。
「ああ! そうだ。俺は何してた! サエはケガだらけだったじゃないか!」
私の頭を舐めようとしてただけですよね。
そこで私はガイ側となる右の膝を立てた。
検証してみようかって気持ちで。
「ガイ。舐めていいよ」
ぶふぉ。
ベッド脇の大入道が消えた。
床に四つん這いになってしまったのだ。
「どうしたの?」
「君が膝を舐めろと言うから!!」
大きな音量にベッドから転がり落ちそうになる。
バン、ドオン、ダアン。
そしてお約束の壁ドン。
「じゃ。普通に怪我の手当てをしてくれる?」
むくりと起き上がったガイは、私が差し出した消毒薬ななど完全無視だ。私の膝裏に右手を差し込んでぐっと持ち上げ、左手はそっと太ももに添えて――私の膝小僧の擦り傷を、舐めたのである。
「ひゃうん!」
くすぐったさとおかしな痺れがビリッと来た。
瓶吉に舐められた感じとは違う。
「ええと」
ちゅっ。
「ひゃん」
唇が触れるか触れないかのキスだったのに、舐められた時よりも感じた。
ガイは――そんなことして来たこの鬼は、私の反応に対して揶揄うどころか彼こそ私から顔を背けていらっしゃる。真っ赤になった首筋と耳を晒してしまっているのにお気づきでしょうか。
恋愛漫画だとどや顔のヒーローに、「顔真っ赤」とか女の子の方が揶揄われたりする場面だろう。私がガイを揶揄っていいのだろうか。
「ガイ、みみが――みゃあ!」
耳が真っ赤だと言ってやろうとした視界の中に、なんときれいになった膝小僧があるではございませんか。
「うそ。本当に怪我が治ってる!!」
私は左足の膝を見せつけるように持ち上げる。
「ガイ。こっちの足も。こっちの足も!!」
ガイは私に振り返るどころか、そのまま崩れ落ちて丸まってしまった。
「あんなにも舐めたがっていた癖に」
「これ以上俺を追い詰めないでくれ!!」
巨大なまんまるダンゴムシが吼えた。
バン、ドオン、ダアン。
そしてガイは、静かになった。もう、動かざるごと山の如し。
仕方がないので左足には消毒薬をシュッとやって、貼っておくと傷がきれいに治るハイドロコロイドの特大を膝にペタッと張った。
あとは、すりむけてるっぽい鼻の頭と髪をむしられて出来たハゲだ。
鏡が無い状況では、消毒したりハイドロコロイドを貼ったりの治療が一人でできない。私はベッドの上から大きな背中を突く。
「鼻と頭だったら舐めてくれる?」
「…………」
返事がない。
シャツを少しだけグイグイ引っ張って見る。
動かない。
「グレンかギードに頼もうかな(消毒したりハイドロコロイド貼るの)」
「俺が舐める!!死んでも俺が舐める!!」
「ひゃあ!!」
バン、ドオン、ダアン。
バタン!!
……バタン?
壁ドンには慣れた。けど私とガイは、部屋のドアが勢いよく開いた現象にはまだ慣れていなかった。
同時にドアへと振り返れば、鬼の形相の灰色髪の鬼が仁王立ちしている。
「ガイ、初めての子に何してやがる。血が出るのは当たり前だが、大怪我させたとか、ふざけてんじゃねえぞ、こら。はしゃぎすぎだろ?」
「――すまん」
「すまんで済むか。ちょっとそこ座、座ってんならそこ動くな」
――これからお母さんな説教が始まる!!ガイ限定で!!
でも誤解だよ!!
私は消毒薬とハイドロコロイドの箱を持って、グレンに駆け寄る。
抱きしめられた。
「怖かっただろう?」
「違うし。ガイには怪我の手当てをお願いしてただけ」
髪を引っこ抜かれてハゲになっちゃっている頭が見えるように頭を下げた。
「これ。でもグレン、誤解なの。私にこれしたのガイじゃない!!」
「なんだ、これはあああああああああ」
怒りの遠吠えグレン編。
「くそ。どこのどいつだ。ぶち殺してやる。こんな町瓦礫にしてやる!!ガイ!」
「おうよ!!」
「だめえええ」
鬼はみんなこうなの?
消毒薬とハイドロコロイドを持った私はグレンの腕から逃げられない。それよりも、いつ私のハゲ治療をしてもらえるのか。私はウオウウオウと唸り合う鬼さん達を見上げるしかなくなった。
ハイドロコロイド キズパ〇ーパッドとかの湿潤療法で傷を治す絆創膏
ガイさんは小絵が下着姿な上に怪我している、ついでに小絵が「甘えてる」ということで冷静でいられなくって、サーエと呼ばずにサエと呼んでます。




