目が覚めたら妻帯者になっていた男の話①
俺は死ぬ予定だった。
回復薬や治癒魔法で生き永らえたとしても、拷問の後遺症で機能しなくなった内臓や使い物にならなくなった手足をひっさげての短い余生でしかなかっただろう。
それが、以前と同じ肉体と活力を取り戻せている。
異世界から召喚された、聖女、によって。
サエは自分が聖女ではないと頑なに認めないどころか、取るに足らない人間だと言って、褒めれば褒める程に殻に籠ってしまう。
そして俺達に脅えている。
いい子だから、俺達に失礼にならないように耐えているが、恐怖によって勝手に起きる体の震えまで抑えられる訳はない。彼女はびくびくっと震え、大きく目を見開いてプルプルとしているのだ。
かわいい。
思わず菓子でも何でも与えたくなる。
俺だけでなくギードもグレンも同じ気持らしく、それぞれサエに菓子を貢いでいるようである。グレンなどは「一日一個だ」とか抜かして自分が手渡した菓子を喰うように仕組んでいた。あいつめ。
さて、人族が鬼族を怖がるのはよくあることだが、彼女は鬼族だから俺達に脅えているのではない。ギードとグレンの話では人族の男に蹴られた事による、男性恐怖症だろうということだ。そいつがこちらの世界に来ることがあれば、生きたまま皮を剥いでさらし者にしてやりたい。
あの可愛い子になんてことをしやがるんだ。
そう、可愛い。体が回復したならばと、思わず婚礼の祝い品としてランクAのレッドパンセラを狩りに行ったくらいだ。レッドパンセラはローズブラウンの地色に焦げ茶色の豹紋のある、華やかで艶ややかな毛皮を持つ魔獣だ。
俺の体を癒し俺の妻となった彼女に捧げるには、このぐらいの獲物でなければ。
しかし、この辺では生息していなかった。おまけに俺を連れ戻しに来たグレンのせいで、俺はランクCのフォレストグレーフォックスで我慢するしかなかった。
けれどサエはいい子で、ランクC程度の魔獣の毛皮しか手渡せない俺を蔑むどころか「ありがとう」と無邪気に喜び、「体は大丈夫なの?」と労わった。
なんていい子だ。
そして、勝手にサエに愛称つけてサーエとしか呼ばず、俺にもサーエと呼べと強要してきたあいつらめ。
わかっている。
王宮のあいつらにサエを追わせないための「変名」だってことは。
「俺達はサーエをサエと呼んだことはないからな。やっぱ亭主より前に名前呼んじゃいかんでしょ、って兄さんのために。感謝してよ」
「しゃえ、とギードが間抜けに唱えていてな、サエがちょっと悲しそうな顔になってたのは辛かった。それでも俺達はあの子の為に心を鬼にしたんだ。あの子が王城のあいつらから逃れられるようにな」
生まれながらにお前達は鬼だった気がするが。
「わかった。感謝する」
本音を言えば、俺は彼女の本当の名前を呼んであげたい。
だから俺は心の中で呼びかける時は、サエと呼ぶ。
俺はどうしたんだろうな、と溜息を吐く。
俺の妻は、小鹿を思わせる可愛い黒髪の少女で、年齢は十六歳でしかない。
彼女が成人していることにホッとはするが、俺が汚して良い存在ではない。真っ黒な瞳を際立たせる小作りな目鼻立ちをしていた可愛い彼女は、まだまだ幼く守られるべき子供なのだ。
それなのに、俺は彼女の表情にいちいちハッとさせられ、ごはんの支度だと野営地で無防備に動き回る彼女にハラハラさせられる。
彼女の外見が、赤ん坊のあどけなさと蠱惑的な美しさという相反したものを備えているせいで、周りの男達までも彼女の姿を目で追うのだ。俺だって、彼女を何度子供だと己に言い聞かせていたか。
ここまで男を惑わすとは、まるで精霊や妖精のようじゃないか。
大体なんだ、彼女の肌は。
あんなにきめ細やかで柔らかそうな肌は見たことが無い。
あの肌はどこもかしこもそうなのか? 思わず触れて見たくなるほどに――。
ゲフンゲフン。俺は何を考えているこの最低者が。
彼女は子供だ。成人していると言っても、俺と比べればまだまだ子供なのだ。
子供なのに、と、俺は五日前の奇跡を思い出す。
「サーエは今日からガイ兄さんの嫁だ。大事にしてやって」
「儀式にのっとった口づけと名与えは終わってる。俺達が立会人だ。あとはガイからサーエに名を捧げれば婚姻は完了だ」
…………。
え?
説明をグレンとギードに求めれば、死にかけた俺を助けるために、彼女が俺の嫁となったという。
「なんてことだ」
俺は叛意あるものとして処刑される予定だった。
理由は国が望む聖女召喚に反対だと唱え、現在徴兵している兵を故郷に返せと進言したからである。
そもそもグランタニア王国の王侯貴族が、国内に発生する瘴気が聖女なくとも対応可能であるのにわざわざ聖女召喚を望んだのには訳がある。
俺のせいだ。
俺が隣国のモーリアーネス王国の侵略兵を国土から追い払っただけでなく、モーリアーネスの兵が駐屯していた砦を二つ落したからなのだ。
俺としてはできうる限りこっち優勢の和平条約を結び、出来るだけ長く戦争が起きない平和を望めるようにと、それだけであった。
しかしそのせいで国土が広がり、賠償金で国内が潤い財政が潤沢となった生活に慣れてしまったせいで、もっと、と望むようになってしまったのだ。
賠償金は使えば消える、ならばもっと多くの国に勝って賠償金を奪えれば、もっともっと豊かになる。
財政難だった時代の方が、女王は賢く民の言葉を聞き政治も腐っていなかった。
ああ、それに豊かになって余裕ができたことで、彼女は余計なことを考えるようになったのだ。
人族よりも身体能力が高い俺達鬼族に軍を握らせて、いつか鬼族が反乱を起こしたら蹂躙されるだけではないのか、と。
それで俺を潰したのだろうが、鬼族の情の深さを知らなかったのだろうか。
長である俺が人族に殺されたそこで、鬼族は人族に反旗を翻すだろうと。
俺がした事は全て無意味どころか一族を危機に陥らせ、はああ、サエまでも不幸にしてしまったのか。
俺がもっとうまく立ち回っていれば、俺は死刑囚になっておらず、サエは俺との結婚などギードやグレンに強要されることはなかっただろうに。
そんな間抜けな男が、彼女にキスして真名を与えろ、と?
別れる事など許されない、互いを従属させる魂の婚姻で、何もわからない彼女を俺に縛り付けろと? この一生介護が必要かもしれない男と結婚させて?
「あなたへの名付けは終わってますから、あなたがサーエに名を与えねば、一方的にあなたが隷属するだけの誓いになりますよ」
それも良いな。




