おまけは夫の故郷へと向かう
驚いた事だが、本当に新たな名づけでガイは回復した。
なんだそれ、と思うが、それだけ囚人は縛りがあるってことだそうだ。
囚人になると奴隷契約みたいにして真名を縛られ、能力封じと魔法阻害の呪いをかけられてしまうんだって。
ガイは軍部の偉い人で総大将も務めていたから、かなりかなり強い拘束と阻害魔法を掛けられていたみたい。能力封じで本来の力が出せなくなるから? それで抵抗できなくして、拷問していたぶっていた? サイテーこの国!!
魔法阻害は回復魔法や身体強化などが使えなくさせるため。本気でえっぐ。
では回復薬など薬を使えばいいのでは、と聞けば、弱体化させる呪いなので自己治癒能力も下がるために飲ませても体が回復できないから効果無しなんだそう。
だから回復薬が少しでも効いているって喜んでいたのね。
この世界は囚人になった時点で、処刑されてすぐ死ぬか牢の中で緩やかに死ぬか、しか選択肢がないみたい。えげつない。
あんなにもグレンとギードが私にガイと結婚してガイの真名を変えろと迫っていたのは、本当に、名前を変えたら人生変わります、だったから。
それでこの世界は、権力者が悪と言えば善人だって簡単に処刑されるんだって。
「だから悪い人に捕まったら大変なんだよ」と優しくグレンは教えてくれたが、ガイから真名を貰った自分としては既に奴隷契約してしまった気分である。
私の目の前にラクダみたい大きなトカゲとそれらが引く幌馬車という組み合わせが何台もある、大きな商隊列、という情景からさらにそんな風に思えた。
それでも私はグレン達を信じなければ。
彼等は私の真名を知ったらいけないからと私のステータスを確認もしなかったし、私の持つ「隠密スキル?」を利用するどころか「それがあって良かったね」と喜んでくれたのだ。「俺達に何かあってもそれを使って逃げられるね」と。
ポケットに手を突っ込めば、十枚の銀貨が指に触れた。
ギードはただ逃げろと言わなかった。逃げた先で宿に泊まったりご飯を買ったりできるお金も持たせてくれたのだ。
信じなきゃ。
男が怖いとか言ってられない。
鬼だし大男だしで、怖く思わないの無理だけど。
そして彼等は私が彼等を怖がろうが気に止めもしないだろう。
彼等はガイを逃がすことしか頭に無い。
ガイと私の婚姻後、グレンとギードは彼等の計画通りにさくさくと動いたのだ。
宴にて散々騒ぎ飲み食いした城の人達が深い眠りにつけば、召喚部屋から出て真っ直ぐに城壁に向った。目的は城壁の上にある回廊に出るためだった。もちろん、私が普通について行けたのは、彼等が兵士用の階段を使ったからである。
いくら彼らの体が大きく力が強かろうが、私だって彼らが壁をよじ登ったり壁を殴り壊したりするとは考えていなかった。
けど、ここまで勝手知ったるでひょいひょいと防衛重要拠点を普通に移動するのは逃亡者としてどうなのだろう、とは思った。
そして、回廊まで普通の人間がするみたいに城の騎士のふりして登ったくせに、そこから急に超人モードを起動するとはなんたる裏切り。
高い城壁から飛び下りてしまうなんて、普通は落下地点でひき肉だよ。
ギードが、ガイを背負ったまま、ぴょーん、だ。
で、ギードの突然の無茶ぶりに言葉を失った私は、それ幸いとグレンに掴み上げられ、彼と一緒に――ジャンプ。嘘でしょおおおおお、だった。
人間って、本当に怖いと声を失っちゃうんだね。
「静かに出来てえらいぞ」って褒められたけど、違うから。
あと、「俺達に慣れたね」とか誤解だから。しばらくグレンにしがみ付いたままで離れられなかったのは、恐怖体験で硬直してただけなんだからね!!
「ほら、サーエ。乗って」
私はハッとする。
ギードが幌馬車の入り口ドア代わりの布を持ち上げていた。
私はのそのそと馬車の中に入った。
馬車の中にはぎっちりと荷物が詰まれているが、人一人が転がれる程度のスペースもあり、そこに手足を折り曲げた胎児スタイルでガイが横たわっている。
彼は回復薬が効いたので拷問で受けた内臓損傷や骨折は治っていくらしいのだが、無理矢理骨を繋げたり破損した内臓を修復しているので「痛み」が物凄いらしい。
額にかなり脂汗が浮いている。意識朦朧なのはかなり痛むのか。
彼は召喚部屋からずっとこんな風に苦しんでいる。立ち上がって動く事なんかできやしない状態だ。それで麻袋に入れられて、いかにも荷物であるという風に、ここまでギードに担がれるばかりだったのだ。
それにしても、グレンもギードも計画性無いのかと思ってたら、聖女召喚が実行されると聞いた時からガイ奪取の計画を立てていたらしい。
彼等の逃亡先は、勿論だが彼らの故郷の村。
まずは、ハリシュという町に向かう商隊の護衛として王都を出る、そうだ。
そしてガイの存在は商人達にも秘密で、私は秘密じゃない。私はグレンの小さな姪で姉夫婦が急死したからハリシュという町に住む親せきに私を預ける、と言う話にして追加同伴認めてもらったそうだ。
それでガイ入りの大袋は、その憐れな姪の持てるだけの財産というか姉夫婦の形見のガラクタだと言えば、商隊の長は可哀想だねとお菓子をくれた。
麻袋の中身はガラクタって、ガイが大事な人のクセに扱いがぞんざいだ。
人でなし――鬼だった。
グレンとギードとの対比で、商隊長がいい人過ぎに感じるなあ。
私は思い返しながらガイのすぐ横に座り、せめて、とポケットから出したハンカチで額の汗を拭ってあげる。――私はまだ制服のままだ。ハリシュという町に着いたら着替えを買ってくれるらしいが、それまでこの制服でやり過ごさなければいけない。
「くれぐれも、くれぐれも、異国人の服を着ていることがバレないように」とグレンに念押しされた。ギードは「お花摘みには「隠密スキル」を施してから行け」って揶揄うし。わかるけど、これからトイレが野外になるのかと思うと萎える。
ああ元の世界に帰りたい。
「うう」
ガイのうなされ声。
額がかなり熱い。
熱がかなりあるんだろう。
それで痛みがあるからこんな四肢を丸めて――だめだ。
「今は骨がくっつこうとかしているのに、変な格好して変な風に骨がくっついて固定しちゃったら大変だよ」
私は思わず指を全部潰されていたという彼の右手を取り、そこでがっくりと頭を下げた。
「固定しようにもテーピングテープも何も無い」
「いい……よ。きに……する……な」
ガイは意識を取り戻していた。
それで私が彼の妻だろうけど、今日初対面でしかない私を気遣った。
死んでしまった吾郎を思い出した。
物心ついた時から我が家にいた吾郎は母が独身時代から飼っていた犬で、私と弟にとってはお兄さんだった。彼は老衰で息を引き取るその時、私と弟がそばにいるのが嬉しいって顔つきだった。泣くんじゃないって涙を舐めてもくれた。
この人も吾郎みたいに優しいのに、吾郎の時みたいに私は何もしてあげられない。
「どうして!!」
がつんごつんとこん。
何かが私の回りに落ちて来た。
「え?」
落ちて来たものを見つめ、ガイや私の頭の上に落ちなくて良かったと思った。
テーピングテープ、幅違い数種に、保護用のアンダーラップ用テープ、ガーゼにワセリン、あとハサミが、どこからか勝手に落ちてきたのだ。




