17-2 本来の時の流れ ―語られた使命と変わる未来―
信長を救う――それがこの軍団の“使命”だというのか。
景勝の言葉に背を押され、頼朝は出雲阿国とともに岐阜の納屋を訪れる。
そこで語られたのは、「未来を変える」というあまりにも重い決意。
敵として戦ってきた信長を“生かす”という矛盾。
そして、阿国とトモミクが胸に秘めてきた、本当の目的と苦悩が、ついに明かされる――。
頼朝は静かに頷き、トモミクが語りだす言葉に耳を傾ける。
トモミク「これまで頼朝様には、我が軍団は武田を守るために戦うとお伝えして参りました。
ですが、頼朝様がこの軍団の目的や、設立した背景について疑問をお持ちになられてたことも承知しております。
実はもう一つ、果たさねばならぬ大きな使命がございます……」
頼朝は息を呑んでトモミクから語られる次の言葉を待っていたが、トモミクも直ぐに語るには躊躇があるようであった。
トモミク「それは……織田信長様を、死なせないことです」
その言葉に、屋敷の空気が一変した。
頼朝「……あの信長を、生かす……?」
喉の奥が詰まり、頼朝は言葉を続けるのに苦労した。
頼朝「我らの将兵が、どれほど信長との戦いで命を落としたと思っておる……それを、生かすと?
信長の我らに対する憎しみとて、いまや相当なものであろう」
語りにくそうにしているトモミクの代わりに、阿国が静かに応じる。
阿国「頼朝様。
信長様の苛烈な侵攻をただちに食い止めなければ、武田家をはじめ、今より多くの大名家が、跡形もなく滅ぼされておりました。そのために戦う必要があったことは、紛れもない事実にございます。
ですが……本来の歴史において、信長様は天正十年六月、つまり二年前、本能寺にて明智光秀様に討たれる運命にございました」
阿国の言葉が続くと、頼朝は思わず息を呑んだ。
頼朝(信長が、本能寺で討たれる……?明智と言えば織田家一の腹心ではないか……)
頼朝「…しかし、阿国殿。もし信長が討たれた事で、多くの武家が滅亡から救われるのであれば……むしろ、それで、良かったのではないのか?」
阿国「確かに、織田信長様が、為されようとしておられることは、『滅ぼして、新しき世を創る』という道でしょう。我々は異なる道を信じ、抵抗しております」
阿国は、頼朝の困惑をよそに、話を続けた。
阿国「ですが……信長様亡き後天下を掌握されるのは、秀長様の兄、羽柴秀吉様なのでございます。
その秀吉様の下では、北条家も滅ぼされてしまい、また、今の織田家の多くの重臣の方々も、次々と憂き目にあわれました。
実に多くの犠牲の果てに、天下は秀吉様のもとで惣無事令が発布され、一つとなりました」
頼朝「秀長の兄、秀吉が惣無事令を発布したとは……。では、それで世は静謐となっていたのではないのか」
阿国「ですが……秀吉様は晩年、海を越え、異国へまで出兵されました。結果、日ノ本の民だけでなく、異国の民をも含め、それこそ数えきれぬほどの、多くの命が失われることとなったのです。
そして、その秀吉様がお亡くなりになり、この日ノ本は、大きく乱れ天下分け目の大戦を経て、さらに多くの武家が滅ぼされておりまする。
……私達が、本当に目指しているのは……」
阿国は、頼朝の目を、真っ直ぐに見据えた。
阿国「武田も、北条も、滅ぼされることなく、そして、織田信長様ご自身もまた、その類まれなる才覚を持つ、有能な大名として、この世に存続させること……
信長様もふくめて『滅ぼさずに守る』、トモミク様の『主』が模索されている世のありよう。この軍団に果たされた使命でございます」
頼朝「……そのようなことができると、そなたたちは思うておるのか……」
頼朝は、呻くように言った。
頼朝「信長を倒す、と。それを旗印として、ようやく、上杉、武田、北条といった、いがみ合っていた者たちを、一つに束ねることができたのだ。いや……」
頼朝の脳裏に、閃きが走る。
頼朝「……まさか……そういうことか! まずは、『反信長』を旗印として諸大名を結束させ、それによって信長軍団の、これ以上の勢力拡大を抑え込む。その上で、最終的には、信長をも含めた、全ての勢力との『共栄』の道を探る、と……。
信長に、力による天下統一を諦めさせ、そして、秀吉に天下を取らせない。
……そなたたちは、そのような、途方もないことを、考えておったというのか……!」
トモミクが、力なく答える。
トモミク「……はい。ですが、頼朝様。当初の目論見とは、すでに、大きく状況が変わってしまいました。
限られた領国では、いかに城下を発展させ、武器を充実させ、強き兵を増やしたとしても、織田のような巨大な力の前には及ばぬことがいかに多いか……。私たちは、思い知らされました。
私たちが、この美濃・尾張の地で踏みとどまったことで、本来の『時の流れ』のように、本能寺における明智光秀様の謀反は、回避することができました。
ですが、その結果……
滅ぼされるはずであった織田軍は、覇権の野心をさらに燃え上がらせております。
また、武田家をお守りすることはできましたが、当主である勝頼様ご自身、もしくは武田家そのものに、覇権への強いお気持ちがおありのようで、頼朝様のご苦労も絶えない事態にも……」
トモミク自身が、人知れず深く心を痛めていた事が、頼朝にも痛い程伝わった。
トモミク「それでも……」
トモミクは、憂いのある眼差しを頼朝に向けた。
トモミク「それでも、頼朝様の、数々のご英断、そして、頼朝様を心から慕う家臣たちの固い団結、さらには、他国の大名たちが頼朝様に対し寄せる深い尊敬のお気持ち……。頼朝様あったこそ、ここまで来ることができたのでございます……!」
頼朝「……そのために、過去の遺物であり、もはや実権も持たぬ、鎌倉幕府の初代征夷大将軍などという存在は、『飾り』として適切であった、というわけか」
心の内で渦巻く、やり場のない感情のままに、頼朝は、心にもない、棘のある言葉を投げてしまっていた。
だが、この時代における、己自身が感じる周りからの期待の眼差し、偽らざる印象でもあった。
信長の死を回避し、北条・武田・織田を“滅ぼさぬため”に戦うという選択。
本来の歴史から大きく外れ始めたこの戦国の世で、頼朝が初めて向き合った“未来からの使命”。
うつむくトモミク。黙して支える阿国。
彼女たちが本当に守りたかったものは何か。
そして頼朝自身の「覚悟」はどこへ向かうのか。
次章――彼らを導いた者の姿がついに浮かび上がる。




