17-3 軍団の使命と頼朝の進むべき道
「飾り」――。
頼朝の言葉に、トモミクと阿国は涙と誠意をもって応える。
その深い対話の中で明かされたのは、頼朝自身の“選択”の痕跡と、
本来の歴史における“家康の太平”の到来。
混乱の中にあって、信頼と覚悟を携え、頼朝は己の道を再び見出すことができるのか。
頼朝はトモミクと阿国の話を聞き、自らのことを適切な『飾り』だったのか、と表現した。トモミクは、はっと息を呑み、必死の形相で、頼朝の前に平伏した。
トモミク「頼朝様!そうなのかもしれません……!」
トモミク様の声は、震えている。
トモミク「ですが……!ですが、難しき使命を果たせる御方は、過去より私が生まれた時代に至るまで、頼朝様しかいらっしゃいませんでした」
トモミクは平伏を続けながら、必死に声を絞り出していた。
頼朝は、ふと思い出した。
かつて、織田信長を小牧山で撃退した際、トモミクが退却していく信長の姿を、じっと眺めていたこと。
そして、いつの頃からか、彼女の笑顔が少なくなってきていたこと。
トモミクも口には出さずとも、ここまで多くの気苦労が絶えなかったことであろう。
頼朝「…トモミクには、感謝しておる」
頼朝は、静かに言った。
頼朝「何よりも、義経とこうして手を取り合うことができている。
ここに参る前の那加城での家族や阿国殿との夕餉、鎌倉では感じたことのない安らかなひとときであった。
この時代の家族や、家臣たちと、こうして共に過ごせる。
それは何ものにも代え難い……心から、そう思えるようにもなった。
この、かけがえのない家族や家臣たちを守るためであれば、このわしの命を懸けることに、もはや躊躇いはない」
トモミク「頼朝様……」
トモミクが、顔を上げた。その瞳は、潤んでいる。
頼朝「だが、日ノ本の武家まで守るとなると、これまでのようにはいかぬ……」
トモミクは言葉を選びながら、改めて頼朝に口を開いた。
トモミク「まだ、詳しくはお話しできないこともありますが……
頼朝様のもとにお仕えしている家臣の皆様を、この時代へお連れしたのは……実は、私ではないのです」
頼朝「……?」
頼朝はこの頃になると、混乱の極みであった。
トモミク「彼らは……頼朝様ご自身が、その御心によって、お連れになられた皆様なのです。
頼朝様ご自身が、一人一人直接お話をされ、この時代へとお連れになったのです。
……わたくしは……ただ、ただ、頼朝様をお守りしたいと……その一心で……!」
トモミクの声は震え、言葉にならない音が漏れている。
いつもは冷静沈着な彼女がうつむき、子どものように肩を震わせ、大粒の涙を零していた。
(トモミク……突然どうしたというのだ……)
どう言葉をかければ良いのか、戸惑い、右手が宙を彷徨う。
彼女が何に対して泣いているのか、わかるはずもなく、ましてや自らが家臣たちを連れてきた、などという記憶は微塵もない。
そこへ、出雲阿国が、そっと口を添えた。
阿国「トモミク様は、この軍団のためという以上に、頼朝様のことを何よりも大事に考え、ここまで懸命にお働きになってこられました。
頼朝様も、いずれ、全てお分かりになる日が参ります。
……家臣、家族、そして、民や遠き友軍のことまでをも思い遣りながら、戦い続ける……。頼朝様が仰せられた通り、まことに難しきこと。しかし、頼朝様であるからこそ、この困難な状況であっても、新たな道筋を切り開いてくださる。
わたくしも、家臣の皆様も、そう信じております。
そのような中、上杉景勝様からのお話を伺い、こうしてトモミク様とお話しする機会を、お願いした次第なのでございます」
頼朝「……」
頼朝は、言葉を失った。
頼朝(分からぬ……。分からぬことばかりじゃ……)
だが、一つだけ、確かなことがある。
頼朝「……そなたたちの言葉に、嘘偽りがないことだけは、至らぬわしにもよく理解できる。
そなたたちの言うこと全てを受け入れるのは、あまりにも難しい。だが……」
頼朝は、顔を上げた。
頼朝「この、異なる時代で、未だ右も左もわからぬ”力なき頼朝”を、これからもトモミク、そして阿国殿には、導いてほしい。…この通りじゃ」
頼朝は、罪悪感、感謝、そして、これから進むべき難しき道のりへの不安、それら全ての思いを込めて、目の前の二人の女性に対し、深く頭を下げた。
トモミク「頼朝様! どうか、そのようなことを、仰せられませぬよう!頭をお上げくださいませ!」
泣きじゃくりながらも、トモミクは、慌てて頼朝に声をかける。
トモミク「精一杯、頼朝様を、お支えいたします!」
頼朝は、顔を上げた。
頼朝「……この頼朝は、この後どうすべきなのか」
それに対し、阿国が、改めて口を開いた。
阿国「頼朝様。そのお話しの前に……”本来の時の流れ”についてもう一つだけ、頼朝様のお耳に入れておくべきことが、ございます。
先ほど、豊臣秀吉様がお亡くなりになり、世は再び乱れた、と申しました。ですが、その乱世を最後に治めたのは……徳川家康様であったそうです。
そして、その後日ノ本は三百年近くにも及ぶ、太平の世が築き上げられた、とも。しかも、多くの大名を完全に滅ぼすのではなく、巧みに統制し、安定した統治の礎を築かれた……わたくしは、そのように聞き及んでおります」
頼朝「なんと……!あの、徳川家康が、最終的に、天下を統べる、と申すか……」
頼朝は、驚きを隠せない。
頼朝はしばらく考え込んだ。あまりにも多くの新しきことを聞いて混乱しているのは当然として、しかしあらたに整理されることもあった。
頼朝は再び頭をあげ、阿国を見据えた。
頼朝「……では、阿国殿……」
頼朝は、一つの可能性に行き着いた。
頼朝「徳川による太平の世……それまで多くを守りながら、我らはいわば『繋ぎ』として、この世をできる限り安寧とする。それこそが、この頼朝に与えられた役割、ということなのであろうか」
阿国「……それもまた、一つの、可能性でございましょう」
阿国は、静かに頷いた。
阿国「まずは、頼朝様。京の都を、お治めくださいませ」
(静かに重き言葉を投げかけてくるものよ、阿国殿という方は――)
阿国「その後のことは……頼朝様のお心のままに、お決めになればよろしいかと存じます」
頼朝「わしが、己の力不足を目の当たりにしておるのは、阿国殿が良くご存知のはずであろう。その阿国殿が、なんとも無茶を申されることよ」
頼朝は、苦笑した。
阿国「いいえ、頼朝様」
阿国は、悪戯っぽく微笑んだ。
阿国「わたくしは、無茶など、申し上げてはおりませぬ。
頼朝様も、先ほど、仰せではございませんでしたか。『この阿国に、鉄砲を持たせるは、罪なことである』、と。再び、心ゆくまで舞を舞える、そのような日々を過ごせるよう、どうか、頼朝様のお力添えを、お願い申し上げます」
頼朝「……はっはっは! まこと、賢き女子には、敵わぬものよな!」
頼朝は、久しぶりに、心の底から笑ったような気がした。
ふと、隣のトモミクに目をやると、彼女もまた、涙の跡は残っているものの、いつもの穏やかな表情を取り戻していた。
頼朝「……トモミク」
頼朝は、そっと問いかけた。
頼朝「たびたび口にしておる、その“主”とやら……いったい何者なのだ?そしてなぜ、そなたに、このような途方もない使命を託しておるのか。話せる範囲で構わぬ、教えてくれぬか」
トモミク「……はい、頼朝様」
トモミクは静かに頷き、やや間を置いてから語り始めた。
自らの手で家臣たちを呼び寄せたという、語られざる過去。
未来で訪れる“太平の世”の兆しと、“信じること”の重さ。
阿国の静かな微笑と、トモミクの涙が伝える真実は、頼朝にとって“変化”の始まりを告げる。
次章――彼女たちを導く“主”の正体が、ついに語られる。




