7-3 挟撃の淵、兄への誓い
小牧山の砦を退き、義経は街道へ布陣。だが迫るは稲葉一鉄と滝川一益――二方向からの挟撃の危機。軍略を超えた苦戦に、義経の心はどこへ向かうのか。
■軍略の限界
義経は、傍らに残った武田梓と出雲阿国に、秘めていた不安を漏らした。
義経「…砦が無かった先の戦、この街道沿いに釘付けにされ、苦戦を強いられた。此度は、あの時よりも更に少ない戦力で、後詰もない。
逆に、織田軍の戦力は、明らかに増強されておる。
…楽な戦にならぬとは覚悟していたが、正面から敵の大軍を受け止めるというのは、もはや軍略も策略もあったものではないな……」
(いかなる策を尽くしても、数には勝てぬ時もある。それでも、ここで崩れたなら、すべてが終わる……今のわしに必要なのは……覚悟……)
梓「義経様は、ここまで、常に最善の選択をなされてまいりました。自信をお持ちくださいませ」
武田梓の落ち着いた言葉であった。
阿国「はい、わたくしも、そう思います。義経様のお側には、わたくしたちもおりますゆえ」
出雲阿国も、このような状況にあっても、変わらぬ平静さと、柔らかな笑顔を崩さない。
義経「…梓。そなたの父・勝頼殿は、かの信玄公より、直々に軍略を授けられたと聞く。信玄公は、この戦国の世において、最も軍略に長けた御仁であったとか。
…もし、信玄公であったなら、このような時、どうされたであろうな」
義経は、ふと問いかけた。
すると、阿国が静かに口を開いた。
阿国「武田信玄公も、宿敵であった上杉謙信公と度々刃を交えられましたが、時には策略が裏目に出て、軍が壊滅の危機に瀕したこともあった、と伺っております。そのような時は、もはや軍略も策もなく、ただひたすら、味方の援軍の到着を待つしかなかった、と。
圧倒的に不利な状況の中で、目前に迫る謙信公の猛攻から信玄公を守るため、実の弟君である信繁様が、その身を盾とし、命を落とされたのだとか。
いかに軍略に優れた信玄公であっても、全てが思い通りにいくわけではなく、ただ耐え忍ぶことを余儀なくされることも、あったのでございます」
義経は、苦笑を浮かべた。
義経「…弟君が、兄・信玄公を守るために命を落とした、というのか」
阿国「はい。信玄公のお嘆きは、それはそれは、大変なものであったとお聞きしております。
しかし、その弟君・信繁様の、文字通り命を賭した働きがあったからこそ、今日の武田家があるのだと、伝えられております」
*武田信玄(左)と、弟武田信繁(右)
義経「そうであったか……。わしも、兄上のためであれば、この命など、決して惜しくはないがの。ただ、信玄公の弟君のごとく、兄上のご無事のためにわが命を捧げたいものよ」
阿国「いいえ」
阿国は、きっぱりと言った。
阿国「この阿国がいる限り、義経様がお命を落とされるようなことは、決してございませぬ。ですから、どうぞ、存分にお働きくださいませ」
この出雲阿国という女性は、どこまでも懐が深く、捉えどころがない。だが、その静かな言葉には、不思議な説得力と、安心感を与える力があった。
義経「…阿国殿、そして梓。そなたたちが傍にいてくれるならば、わしは鬼となりて、兄上をお守りできるであろう」
義経は、決意を新たに、街道へと続く道を見据えた。
■挟撃の危機
義経隊は、太田道灌隊、櫛橋光隊に先んじて、街道へと布陣した。
織田軍の猛将の一人、稲葉一鉄隊が、山を下りてきた義経の一団に、猛然と攻撃を仕掛けてきた、まさにその時であった。
斥候が、再び血相を変えて駆け込んできた。
伝令「火急! 滝川一益隊、犬山城方面へ向け、急速に進軍中! このままでは、犬山方面から、我が軍の背後に回り込まれる恐れがございます!」
義経「なに!? いつ滝川勢が、我らが領内深くに侵入したのだ! 滝川隊は、先ほど、道灌殿が追い払ったのではなかったのか!」
義経は愕然とした。
伝令「はっ! 太田隊と接触した後、敵は急速に北へ転進! 黒田方面から大きく迂回し、我が軍の背後を突く動きを見せておりまする!」
義経「…兵は、いかほどじゃ」
伝令「少なくとも五千! おそらく、先の戦闘での損害は、ほとんど無いものと!」
義経「…滝川隊、ほぼ無傷であったか! しかも、何という行軍の速さよ!」
義経は、隣に控える妻・梓に、まるで自らの考えを整理するかのように、低い声で話しかけた。
義経「…梓よ。どうやら、本当の戦いは、これから。目前の稲葉一鉄、そして背後から迫る滝川一益。この二隊に挟撃されたならば……さすがの我らも、苦しい戦となる」
梓「はい……」
梓も、厳しい表情で頷く。
*左上から犬山城(右上)方面に進軍する滝川一益隊。
*画面中央右上は、小牧山の街道上に布陣している義経隊、太田道灌隊、櫛橋光隊。
*左下の清州城より、引き続き織田軍が小牧山目指して波状攻撃をしかけている。
梓「ですが、義経様。我らが今、為すべきことは、ただ一つ。決まっております。…覚悟を決めて、踏ん張るしかありませぬ。
篠殿のご進言で一部隊多く編成できたことは、幸いでございましたね」
義経は、苦笑いをした。
義経「…そうであったな。梓の申す通りじゃ」
義経は、梓の言葉に、迷いを振り払った。
義経「兄上がお戻りになるまで――我らは、ここから一歩も動かぬ。勝負だな、梓」
梓「はい! この梓も、力の限り、働きまする!」
義経は迫りくる織田軍を見据え、意を決した。
二隊の猛攻が義経軍を呑み込もうと迫る。篠・梓・光――そして阿国の言葉に支えられ、義経は覚悟を固める。だが、未だ本隊は戻らず、時は刻一刻と迫る――。




