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52-1 救うための罪

義経と梓が、病床の頼朝を訪ねていた。


兄から預かった里に重傷を負わせ、

坂田金時も、戦傷がもとで世を去った。

義経は畳に額をつけ、頼朝に詫びる。


病床の頼朝が、静かに呟く。

「……わしはその罪を、地獄まで持って参ろう……」

二条城の一室。

太田牛一が、地図に目を落としていた。

その隣で、源宝が静かに筆を走らせている。


牛一「……本願寺顕如様、鈴木重秀様。

とうとう、動かれたか」


宝の筆が、止まった。


宝「はい……」


牛一は、しばらく宝の横顔を見つめた。

先の世では、家康の家臣だった男である。


牛一「宝様。

家康様と、お話しなさったと伺いました」


宝「は、はい……。

家康様、ご自身の苦しいお立場をよそに——

信長様を、攻めるしかないと……」


声は、震えていた。

しかし、目は逸らさなかった。


宝「徳川領への進攻と、同じでございます。

救うために、攻める。

……それしか、思いつきませぬ」


牛一は、静かに頷いた。


牛一「あの狸・家康様がそのようなことを……

恐れ入りました、宝様」


宝「いえ、養父の覚悟に、家康様も心動かされたのです……」


牛一は思わず目を天井に向けた。


挿絵(By みてみん)


牛一「そうであったか……

いや、宝様も、さぞやご苦労されたことでしょう」


宝は、静かに首を横に振った。

そして、書き終えた書を、牛一に手渡した。


宝「これは——”生かす”ための戦いの、難しきところ。

まとめてみました」


牛一「これは、かたじけない。

殿には、拙者よりお伝えしよう」


宝「お、お願いいたします……!」


宝は深く頭を下げた。


牛一は宝から受け取った書を手に、立ち上がった。


(殿のお身体に、これ以上のご負担はかけたくはないが……

もはや、時を待てぬ)




同じ頃。

頼朝の寝所の前で、義経と梓が面会を求めていた。


篠「これは、義経様に梓様……!」


義経「兄上のご体調は……いかがか……!」


篠は、義経から顔を背ける。


義経「お目にかかることは……できましょうか」


篠「義経様がいらしたのであれば、お喜びになりましょう。

……お入りくださいませ」


篠がそっと頼朝の寝所の戸を開ける。

義経の視界に、横たわる頼朝の姿が徐々に広がる。


義経「兄上……」


直ぐに寝所に入れなかった。

義経の少し後ろで控える梓も、その場で口を押さえていた。


頼朝の枕元まで、篠が足音を立てずに進む。


篠「頼朝様……義経様ですよ」


頼朝の目がゆっくり開き、何かを篠に合図した。

篠は頼朝の上体をゆっくりと起こし、そのまま背中を支えた。


頼朝「何をしている義経、梓、中に入るが良い」


義経と梓は寝所の入り口で深く頭を下げ、頼朝のもとに近づいた。

義経は努めて笑顔で頼朝に話しかける。


義経「いったい、何をされているのですか、兄上」


頼朝は苦笑いを浮かべる。


頼朝「……ようやってくれた、義経」


寝具の中から手を伸ばした。

義経は頼朝の手を握ろうとするが、その手を目にして、一瞬止まった。

そして、そっと頼朝の手を握りしめる。


義経「あの憎き兄上が……これほどまでに大人しくなられて……

兄上らしくござらぬぞ……」


義経は頼朝を握る手に力を入れた。


篠も梓も俯いて、二人の姿から目を逸らしていた。


しかし義経は頼朝の手をそっと放し、少し後ろに下がった。

畳に額をつけ、口を開いた。


挿絵(By みてみん)


義経「兄上、誠に申し訳ございませぬ!」


頼朝「……これだけの働きをしながら、いかがしたのじゃ……」


梓も義経の横で平伏した。


義経「……里が、大けがを……。

兄上よりお預かりしながら、誠に申し訳ございませぬ!」


梓も、涙ながらに告げる。


梓「……山間にて、私を救うため、伏兵の前に飛び込まれ……

お詫びのしようもございませぬ!」


背中を篠に支えられていた頼朝が、身を前に乗り出す。


頼朝「して、里の容態は」


義経「幸い命に別状はございませぬが、頭を打ってしばらく意識が戻らず……

意識を戻してからは元気にしておりますが、医師からは安静を強く言われております。


全て、拙者の至らぬが故でござる。

お詫びのしようもございませぬ!」


義経と梓は、あらためて頼朝に平伏をする。


里が無事と聞き、頼朝は再び篠に背中を預けた。


頼朝「無事なら何よりじゃ。

強き敵と戦ったのだ、そのような事もあろう……。


それより、里が梓を救ったのか」


梓「はい……里様が来てくださらなければ、私は命を落として……」


頼朝「良いのだ、梓」


頼朝が遮った。


頼朝「梓を救ったのであれば、褒めてやってくれぬか……」


頼朝は、篠に何やら目くばせをした。

篠は頼朝の意をくみ取り、頼朝からそっと離れる。


篠は床の間に進み、頼朝の刀を手に取って梓に渡した。


頼朝「これを、里に渡してはくれぬか。

今のわしに出来る事はこの程度じゃが、良き刀じゃ……

梓、そなたから渡してくれぬか」


梓は刀を受け取り、平伏した。


梓「はい……必ずや、お渡しいたしまする……!」


挿絵(By みてみん)


頼朝は静かに頷いた。


しかし、義経は平伏したままだった。

絞り出すように声を出した。


義経「……兄上……もう一つお耳に入れたき事が」


頼朝は頷くが、平伏した義経には頼朝の様子が目に入らない。


篠「義経様、お話くださいませ」


篠が頼朝を代弁した。


義経「坂田金時殿、お亡くなりに、なりました……!」


平伏する義経の背中は震えている。

頼朝も目を閉じ、大きく息をついた。


篠に、頼朝の息の乱れが伝わる。


篠「お身体を……」


篠がそっとささやくと、頼朝は目を閉じたまま頷く。

頼朝は再び身体を横たえた。


しばらく、誰も口を開かなかった。

燭台の火が、わずかに揺れる。


挿絵(By みてみん)


やがて頼朝は再び目を開き、天井を見つめた。


頼朝「義経よ……無念ではあるが、もう間もなくであろう……」


義経は顔を上げ、首を横に振る。


頼朝「覚悟を決めてくれた、そう聞いたが、誠か……義経」


義経は声を出せず、頼朝の手を握り、必死に頷く。


頼朝「これが、天下静謐への道のりじゃ……

里や金時のようなことは、攻める我らにも、攻められる方にも避けられぬ。

わしはその罪を、地獄まで持って参ろう……」


頼朝は、目を義経に向ける。

そのまなざしが大きく開いて義経を射抜いていた。


頼朝「……義経。わし亡きあとは……頼んだぞ……」


義経「兄上、覚悟はできております」


義経の手を握った頼朝の手が震える。


挿絵(By みてみん)


頼朝「……鎌倉の時の兄よりも、よほど酷い兄じゃ……許せ、義経……」


頼朝の頬を一筋の涙がこぼれていた。

義経は首を横に振る。


それ以上、二人に言葉は無かった。

両手を硬く握りしめ、義経は頼朝の手を額に当てていた。


やがて、かすれた声で篠が口を開いた。


篠「……義経様……」


義経は顔を上げ、篠に頷く。

義経は頼朝の手をそっと寝具の中に入れ、寝具を整えた。


義経「万が一の時は、どうかご心配なく。

しかし早くに拙者に罪を擦り付けるのは、許しませぬぞ」


頼朝は義経を見ていた。

何かを伝えたいのだろうか——義経は篠に目を移した。


篠は、そっと首を横に振った。


義経「では兄上。あと数日、新しい京を見物いたします。

また、参ります」


義経と梓は、音を立てないように頼朝の寝所を後にした。



寝所を少し離れたところで、太田牛一とすれ違った。


義経「牛一殿……」


牛一が義経の前で膝をついた。


牛一「義経様。事態が差し迫っております。

本願寺顕如様と鈴木重秀様が、織田領に向け兵を進めているようでございます」


義経「とうとう動いたか……」


牛一「殿のご様子は……」


義経は、頼朝の顔色を覗いた篠の表情を思い出した。

頼朝は自らとの話で、疲れていたのであろう……義経は胸が痛んだ。


しかし、事は急を要する。


義経「すぐ兄上に報告するがよい……」


牛一「はっ!」


牛一は深く一礼し、寝所へと向かった。


梓「義経様は、同席されなくても……?」


義経「牛一殿に任せておけばよい。

総大将は、兄上じゃ。

我らは、兄上が築かれた、京の街でも拝見しようでは無いか……」


梓「かしこまりました」


挿絵(By みてみん)



京の桜は、つぼみが見え始めていた。


挿絵(By みてみん)


お読みいただきありがとうございました。


牛一の報告を待つ頼朝。

丹後へと向かう家康とお市。

そして、京で静かに咲き始めた桜——


それぞれの想いが、最後の刻に向けて動き始めます。


この後の展開も、是非お付き合いくださいませ。

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