51-4 罪びとの贖罪と免罪符
なぜ自らを罪人とするのか。
なぜ家康を迎えようとするのか。
頼朝の覚悟と向き合う家康。
気がつけば、頼朝の“罪”を否定しようとする自分がいた。
頼朝は、家康の困惑を見て取りながら、話を続けた。
頼朝「覇権を捨て、家臣、家族、美濃の領民のためだけに生きたい、そのように考えた。
天下のために進むのならば、被害を少なく前に進めぬか、そうも思った。
それでも、敵、味方ともに多くの血を流してしまった……。
どうにもならぬ」
部屋にいる誰もが、口を開けずにいた。
頼朝は、家康を見て、力なく微笑みかけた。
頼朝「しかしな、家康殿。
そなたのようなもの達には、悪い事ばかりでもないのだ。
わしや義経、多くの時を超えた者たちが集まった。
このおかしき事には、訳がある。
天下静謐のために、血を流すことが避けられぬのであれば――
過去の罪人が多くの罪を背負えば、今の世の者たちの罪を軽くすることができよう。
我らが罪を引き受けて静謐の世の道筋を引き、今を生きるもの達に渡せるのだ。
それを――
受け取らぬか、家康殿」
家康「……しかし頼朝様。
頼朝様は数の多い、少ないで罪の重さを語っておられる。
大義のため、より多くの命を奪うものが罪、大義無くとも命を奪わぬ者の罪は少ないと。
であるならば、頼朝様だからこそ太平を享受している民、領民も数合わせで考えるのであれば、罪から差し引かれるべきかと。
それは罪では無く、頼朝様がお与えになった恩恵では無いのですかな」
頼朝は、家康の言葉に対して、力無くも、優しく笑いかけていた。
頼朝「それを信じ、それこそがわしが鎌倉で目指していた”大義”であった。
だが……その大義のために何が起きたか……家康殿も知っておろう」
頼朝は目を閉じ、一呼吸した。
あらためて家康に目を移す。
頼朝「義経は良き漢であったろう、家康殿」
家康「は!誠に!
某はあれ程に気持ちの良い武人に、お会いしたことがござらぬ」
頼朝の目が少し細まった。
頼朝「そうであろう。
わしも今や義経を大切に想っており、誰よりも頼りにしておる」
しかし直ぐに、頼朝は険しい目で家康を見据えた。
頼朝「しかし、”数”の大義となると――話は変わる。
朝廷を黙らせるためには、朝廷が利用した義経を討伐せねばならなかった。
日ノ本を一統するためには、義経の命を引き換えに、奥州を制圧せねばならなかった。
一人の漢の犠牲は、多くの民のため――”大義”のためじゃよ。
あろう事か、いつの間にかわし自身が義経を憎んでおった。
……あの、良き漢を……。
わしがしてきたことは、それだけでは無い。
しかし――
天下静謐、万民のためを思うて、結果として歩んだ血塗られた道。
天下静謐を成し遂げ、多くの民に安寧をもたらしたとて……犯した罪は決して許されぬ。
何よりも、わし自身、生涯自らを許さぬであろう。
同時に――罪をおかさずして、天下静謐もなかった」
家康は自らの言葉を失っていた。
頼朝は肩で息をしながらも、自らに届ける言葉――家康は、受け止めていた。
頼朝「今の世でも、天下静謐を目指す事を決めた。
であれば、過去の世の罪人たちが、罪を引き受けるが良かろう。
いかがかの、家康殿……」
頼朝へ抱いていた猜疑、いつの間にか、頼朝を弁護しようとしている。
――家康は、自分自身にも戸惑っていた。
しかし、ゆっくりと頼朝の口から語られる言葉一つ一つ、そして頼朝だけが見てきたであろう世界、その重みと深さは、家康の身体に響いていた。
家康「某ごとき未熟なものが見てきた世界……頼朝様が目にされてこられた、一端にも及びませぬ。
ただ狭き土地の民、家臣を守る、それだけを思って参りました。
天下静謐など、己の事として考えたこともございませぬ」
その家康の様子に、頼朝は笑みを浮かべた。
頼朝「……それで、良いのじゃ。
天下静謐を"自らのため"に望む者には、任せられぬ。
民と家臣を守るため、前だけを見てきた者こそが、継ぐにふさわしい。
そなたさえ良ければ、整っておる。
帝も、関白も、流す血を少なくするため、我が軍団に免罪符をお与えになるだろう。
しかし、もう少し領土を拡げねば、公家たちが納得せぬ。
わし亡きあとは、義経が残りの罪を引き受ける。
そして家康殿……そなたが惣無事令を受け取り、安寧の世を何としても守るのじゃ。
それが我が願い」
家康「頼朝様と義経殿で惣無事令を発布するまで血を流し、その後に私ごときにこの軍団を引き継がせようと……」
頼朝「そうじゃ……それこそが――我らがこの時代に来た意味。
未来への希望をつなぐ、それを期待する」
家康「しかし、それでは……」
言葉が、続かなかった。
頼朝の顔が青ざめていたのだ。
篠はたまらずに頼朝の背中を支え、身体を横たえた。
家康はあらためて頼朝に平伏し、精一杯の言葉を届けた。
家康「直接お話を伺えて、ようござった。
しかし、しばしお時間をいただきたく。
某ごときが大任をあずかれるか、今しばらくお時間を……」
頼朝は残された力を振り絞るように、再び口を開いた。
頼朝「家康殿の領土は、必ずお返しいたす……慌てず、考えてくだされ……」
そこまで、であった。
間もなく頼朝は目を閉じた。
枕もとで頼朝を見ていた篠は、部屋にいる一同に目配せをして、退出を促した。
家康は深々と頭を下げ、音をたてぬようにそっと頼朝の寝所をお市の方、宝とともに退出した。
しばらくして、篠が頼朝にそっと語り掛けた。
篠「家康様とお話する事が叶い、本当に良うございましたね……」
頼朝がそれを聞いていたかどうかは定かでは無いが、少し頷いたように篠には見えた。
頼朝の目からは一筋の涙が流れていた……
お読みいただきありがとうございました。
頼朝の言葉を、家康はようやく受け取りました。
軍団を引き継ぐ——その願いの重さとともに。
命の灯火が日々小さくなりながらも、頼朝はまだ死神を受け入れられません。
義経にも、家康にも伝えないとならないことが……
この後の展開も、是非お付き合いくださいませ…




