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51-3 買い被り

病床の頼朝の目は、家康をしっかりと見据えていた。


重苦しい思いを胸に秘めた家康も、あらためて宝の姿を目にして顔が綻ぶ。

それでも家康は意を決して、頼朝に斬り込む。


しかし、頼朝は静かに呟く。


「……家臣達の悪い癖――わしを良く言い過ぎる……」

二条城の頼朝のもとに、徳川家康が登城した。

案内役のお市を伴い、また家康との約定であった源宝も同席した。


頼朝は妻の篠の力を借りながら、病床から体を起こした。



家康「はじめてお目にかかります。

徳川三河の守・家康でございます。


この度は我が領土、家臣、民、全てにご配慮賜り、恐悦至極にございます。


重き病と伺いましたが、是非ともお話をさせていただく機会を賜りたく、参上いたした次第」


家康は深々と頭を下げた。


病床とはいえ、頼朝の目は家康を強く見据えていた。


挿絵(By みてみん)


頼朝「なんとも無体な事と思われたことであろう。

大軍を差し向け、踏みにじったからの……」


家康「戦乱の世でありますれば!

我が力及ばず、それだけの事でございます。


しかし、もう少しましな戦いをし、頼朝様に我らを高く売り込みたく存じておりましたが……

そちらにおられる姫君、宝殿に完膚なきまでに叩きのめされ申した」


家康は意地悪く笑った。

相変わらず宝は自分の事が話題となると、恐縮し、落ち着きなく頭を下げる。


頼朝「ようやく我が軍も、宝の実の父、一色義道殿を直接お守りできるようになった。

丹波も若狭も我が領土となったゆえ、一色家には誰も手出しはさせぬ」


家康「しかし、義道殿が頼朝様に宝殿を養女として差し出さねば、宝殿の智謀にて自国を守れたやもしれませぬ」


頼朝は力無く笑った。

しかし心から楽しんでいる様子を、篠は見て取っていた。


頼朝「宝よ、よくぞ義経を支え、目の前の頑固者を連れてきてくれた……」


源宝「と、とんでもございませぬ!

偉大な部隊長の皆様には大変僭越な事を申し上げました。

家康様の軍略に対抗するために、毎晩毎晩、頭が割れそうでございました……」


宝の必死な様子に、篠も思わず微笑んでいた。


篠「家康様、あのように申しておりますよ」


家康「……この様なおかしき名参謀は、はじめてでござる。

この小さきものの智謀に負けたとあれば、何の申し開きもござらぬ」


そこで源宝は毅然と口を挟んできた。


源宝「い、いえ!初めから我らの軍勢が数で圧倒しておりましたし……緒戦で徳川様の軍勢の集結が遅れておりましたので、そこを……。

あの、申し上げたいのは、徳川様はお強うございました!!」


家康の重苦しい表情が綻んだ。


家康「御覧の通りです、頼朝様。

某、この宝殿には、手も足もでませぬ」


頼朝も、慌てふためく宝の姿を、目を細めて眺めていた。


挿絵(By みてみん)


そこで家康は、急に表情を変え、あらためて頼朝に向き直った。


家康「ところで頼朝様。

ご体調がすぐれない中、誠に恐縮ながら、お聞きしたき儀がござる」


頼朝「何なりと。

だがな、家康殿……」


頼朝は、篠に白湯を頼み、乾いた口を潤した。


頼朝「お市殿、早雲殿が我が願いを家康殿に伝えたと聞いた。

また義経も、家康殿に懸命に語っていたであろう……。


しかしな家康殿……我が家臣達の悪い癖じゃ。

わしを良く言い過ぎる。


わざわざ足を運んでもらいながら、家康殿を失望させねば良いのじゃが……」


意外な言葉を耳にしたのか、家康は少し口ごもった。

しかし、あらためて頭を下げ、話を続けた。


家康「頼朝様のお考えを、人づてで理解申し上げるには、あまりにも難解でござる。


頼朝様は、武家を守って安寧の世を築こうとされている、そのように伺いました。

されど、僭越ながら戦に負けたものには、そのように見えませぬ。

滅ぼしながら、それがしなどに帰順を求められる……


非礼を承知で、是非ともお話を伺いたい」


家康は、覚悟をきめたように、これ以上ないほどに平伏した。


頼朝「家康殿……申される通りじゃ。


守るために戦って参った。

とは申せ、守り切れず領土を拡げてきた。


そして気が付けば――結局は以前のわしと変わらず、覇権を目指しているのかもしれぬ……」


頼朝は少しせき込む。

篠に背中をさすられ、あらためて家康を見据えた。


挿絵(By みてみん)


頼朝「わしが語れるのは、わしが犯した”罪”だけじゃ。


武家は領土を守らなくてはならぬ。

大きな脅威があれば、立ち向かうために領土を広げるか、脅威を排除せねばならぬ。

家康殿が我らに立ち向かったように……


さらに――天下に静謐をもたらすとなれば、圧倒的な武力が必要。


しかし、大義のためであっても、武家の仕事は人殺し。

単純な事よ、人を殺める事は罪。


それをわしは、誰よりも犯して参った。

わしは、長く生き、奪う必要の無かった命をも殺めた、歴史上に類を見ない大罪人である……」


家康「しかし、頼朝様の家臣の皆々は、口をそろえて……」


頼朝「申したであろう……皆わしを買い被っておるのじゃと」


家康は顔を上げ、困惑したように頼朝を見た。


挿絵(By みてみん)

お読みいただきありがとうございました。


家康の問いに対して、反論もせず、己の罪を語るだけの頼朝。

唖然とする家康。


頼朝の言葉に、家康は何を見るのか……。


この後の展開も、引き続きお付き合いくださいませ。

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