カティラス侯爵家の夜会後ーファビアンと"会"の友人
自家の夜会があった次の日、ファビアンは友人と会っていた。
「昨日はご苦労さん」
軽い口調で友人は一応労ってくれた。
昨日というのは自家での夜会のことだ。
「本当に疲れたよ」
「はは。お前、人の集まるところ苦手だもんな」
「うん」
もともとは出る予定はなかった。
父にも兄にも出席するようには言われていなかった。
ユリウスが余計なことをしなければ出席などしなかったというのに。
本当に余計なことをしてくれる。
遊びたいだけなら同じような考えの者たちと遊べばいいものを。
そもそもユリウスがバレリ伯爵令息に執着をしていると聞いた時に嫌な予感はしていた。
その予感は見事に当たってしまったというわけだ。
招待客のリストを確認してダラス侯爵令息とモワ伯爵令嬢に招待状を送った。
勿論父と兄の許可を得てだ。
理由はそのまま正直に話した。
誤魔化す必要はなかった。
ユリウスかルリアが招待した相手はまだ学園に入学したばかりの令嬢だから知り合いがいたほうが安心するだろうと告げればよかったからだ。
ユリウスを叱った通りだ。
その辺りの配慮は当然のことと父も兄も許可してくれた。
ダラス侯爵令息とモワ伯爵令嬢もアナスタシアが心配だったのだろう。
出席の返事が来てほっとした。
これで大丈夫だと思ったが念の為夜会に参加した。
参加して正解だった。
本当に。
何故あんなに無防備なんだろう。
「家族に怪しまれなかったか?」
「怪しまれたよ」
それは仕方ない。
普段のファビアンを知っているからこそ自ら夜会に出ると言った彼をいぶかしんでいた。
「知り合いが参加するから久しぶりに話したいと言って納得してもらった」
「ああ、それなら大丈夫か」
「うん」
知り合いが参加していたのは事実だ。
彼らも仲間だ。
ファビアンが招待したわけではない。
もともと家としての付き合いがあったから招待されていたのだ。
名簿を見た時に彼らがいることも確認していた。
だから言い訳として使わせてもらった。
彼らがいるから大丈夫かとも思っていたのだが、予想外のことというのはやはり起こるものだ。
「あいつらも参加するって言っていたもんな」
友人には誰がいたのかもわかっているようだ。
「家としての付き合いがあるからね。ちょうどよかった」
「そうだな。それに、見守る目は多いほうがいい」
それには同感なのではっきりと頷いておく。
一人ではどうしても限界がある。
それに夜会に出る以上は社交もしなければならない。
彼女の動向だけを見守っているわけにはいかないのだ。
特に昨日の夜会はファビアンの家で開かれたものだ。
主催者側として他にもいろいろ目配りしなければならなかった。
本当に他にも仲間がいてくれてよかったと思う。
彼女の友人たちだけではフォローできないことをさりげなく、本当にさりげなくこなしてくれた。
恐らく彼女は気づいていない。
それでいい。
わざわざ彼女に知らせる必要はない。
ファビアンたちはただそっと見守りたいだけなのだから。
むしろ知られることは望んでいない。
そわっとした様子を見せた後で友人は訊く。
「彼女はどうだった?」
「危なっかしいままだった」
「ん? 何かあったのか?」
「一人で廊下を歩いていた」
友人の顔が曇る。
「相変わらず、か」
「そうみたいだ」
「危機感がないのか?」
友人の顔にあるのは呆れではなく心配だった。
この程度のことでは呆れることはしない。
心配が先立つからこそ"会"を立ち上げたのだ。
彼女とのやりとりを思い出し、緩く首を振る。
「一応はあるみたいだけど、全然足りない」
「そうか」
その声に落胆はない。
仕方ない奴だな、と苦笑しているがそこには慈しみがあった。
ファビアンも似たようなものだ。
彼女への落胆は心のどこにもないのだ。
「でも危機感や警戒心は芽生えたか」
そこに安堵の響きがある。
さすがにそれはどうかと思う。
友人は彼女を何歳だと思っているのだろう?
学園への入学も果たし、きちんとデビュタントも果たした淑女だ。
「それはさすがにじゃない?」
「そうだよな。でも何で廊下を一人で歩いていたんだ?」
普通なら有り得ないことで友人が疑問に思うのも当然だ。
本当に考えなしに一人で廊下を歩いていたとしたらあまりにも警戒心が足りないだろう。
ただ今回の一件は彼女が全面的に悪いわけではない。
「まあ、それはうちの失態だけど」
「どういうことだ?」
友人の眉根が寄る。
軽く溜め息をついて家の失態を口にする。
「お花摘みに行って出てきたら案内していた侍女がいなかったようなんだ」
友人の眉根が寄る。
「それは、嫌がらせじゃないだろう?」
「いや、違う。別の令嬢を案内して戻ってしまったらしい」
「ならその令嬢相手の嫌がらせじゃないだろうな?」
「そんなことをする利点はないよ」
「まあそうだな」
あっさりと友人は納得する。
客人への嫌がらせをしたところで何の利点もない。
むしろこちらの評判を落とすだけだ。
「二人まとめて案内したところでそのうちの一人の具合が悪くなってもう一人の令嬢に断って休ませるために部屋まで連れていったそうだ」
「あー。それは不幸な出来事だった」
ファビアンも頷く。
誰も悪くないのだ。
アナスタシアを案内した侍女以外は。
花摘みをして出てきた令嬢はそこにいた侍女は自分を案内してくれた侍女が呼んでくれたのだと思ったのだろう。
そう判断するのも当然だ。
侍女がしなければならなかったのは、アナスタシアがいることを説明して二人を案内して会場に戻ることだった。
その判断もできなかったのだから叱責は当然だ。
何もなかったから問題ないとはならない。
その侍女は当分の間、夜会など外部の客人と接する場から担当を外すことになった。
当然の措置だ。
万が一客人に何かあっていたら彼女だけで責任が取れない。
累は侯爵家にも及ぶ。
そんな危険は冒せない。
それで納得ができないのなら彼女には侯爵家を辞めてもらうしかない。
厳しいようだが、それさえも理解できないような使用人はいらない。
使用人の評価はそのまま侯爵家への評価に直結する。
何がよくて何が駄目なのか、理解できない者を雇う危険性など冒せない。
わからなければ侍女長にでも聞けばいい。
きちんと教えてくれるはずだ。
侍女長としてもきちんと訊いてくれるほうが有り難いだろう。
自分勝手な判断やそれによる逆恨みで問題を起こされでもすれば場合によっては侍女長の責任も問われる。
カティラス家の侍女長は優秀なのでできれば彼女が辞めるような事態にはならないでほしいのだ。
侍女長としてもそんな危険性を孕むくらいなら自分の無知を恥じ、しっかりと訊いてくる相手には好感を抱くだろう。
そして彼女がわかるまで何度だって説明してくれる。
それで理解してしっかりと反省し、真面目に勤めていれば元の配置に戻ることもできるだろう。
結局は腐らずに頑張れるかは本人次第だ。
反省して同じ失態を犯さないのであればファビアンはそれで構わない。
できればやらかす前に知っておいてほしかったが。
そうすればーー
溜め息をつきつつ思わずぼやいた。
「本当は接触するつもりもなかったのに」
彼女と接触するのは不本意だったのだ。
とはいえ、主催者側だから挨拶くらいはするのは避けられないこともわかっていた。
当たり障りのない挨拶で終わらせるつもりだったのだ。
遅れていったのはわざとではない。
きちんと間に合うように帰宅するつもりだった。
遅れたのは単純に残業になったためだった。
それでも欠席するつもりはなかった。
遅れて参加すると家族には連絡したがきっと信じていなかっただろう。
遅れて夜会に参加したファビアンに家族全員が驚いていた。
普段のファビアンの夜会の出席率の悪さのせいなので文句を言うつもりはない。
「まあ、不可抗力だしな」
「そうだね」
それでも溜め息が漏れる。
侍女がきちんとしてくれていればファビアンが表立って接触する必要はなかったのだ。
まあ今さら言っても仕方ない。
「今回は仕方ないさ。切り替えようぜ」
「うん。そうだね」
「俺も久しぶりに間近で見たかったな」
明るい声で友人が言う。
「次があったら招待するよ」
「おっ、いいのか? 頼む」
「わかった」
友人一人を追加で招待するくらい何でもない。
ユリウスやルリアとは違い、ファビアンはその点に関してはしっかりと信頼を得ている。
恐らく早々はないだろうが、今回のことで多少なりとも縁は繋がった。
その関係で招待する可能性はある。
クーパー家は特に失態は起こしていないのでその可能性は十分にあった。
その時は忘れずにこの友人を招待して、ファビアンも仕事を調整して参加しよう。
懸念すべきことが一つ。
ユリウスがまだ何か企んでいないといいが。
弟の性格からいって大人しく手を引くとは思えない。
本当に彼女にちょっかいなどかけずにいてもらいたいものだ。
読んでいただき、ありがとうございました。




