カティラス侯爵家の夜会後ーカティラス侯爵家次男と三男4
「それでどうなんだ? 彼女とは知り合いなのか?」
この質問も三度目だ。
訊く度に論点をすり替えられている。
「いい加減誤魔化さないで答えてくれ」
ユリウスは逃がさないと次兄を見据えて言った。
はぁと次兄が溜め息をつく。
「知り合いというほどではないよ。昔、八年くらい前になるかな、一度会ったことがあるだけだよ」
ようやく答えてくれたが、納得がいくものではなかった。
「八年前に、一度だけ?」
それでこの次兄がアナスタシアのために動くだろうか?
怪しい。
物凄く怪しい。
「そうだよ。何だい、その目は?」
「ファビー兄上がそれだけの接点で動くわけがない」
「偏見じゃないかな?」
「今までのファビー兄上との関係から導き出した意見だ」
「お前の知らない僕もいるというだけじゃないかな?」
そう言われてしまえば突っ込みにくくなる。
確かにユリウスは次兄の全てを知っているわけではない。
いや、知らないことのほうが多いだろう。
だがここで納得してしまえばこれ以上は訊けなくなる。
腹に力を込めた。
「そうかもしれないが、間違ってないと思う」
「何を根拠に?」
「それは、何となくだ」
きっぱりと言いきれば、次兄に呆れたような視線を向けられる。
だが負けじと目線は逸らさない。
次兄が溜め息をついた。
「お前の期待には堪えられないけど、会ったのは本当に八年前に一度だけだよ」
「本当に?」
「勿論」
次兄は平然としている。探られたところで痛くも痒くもないと言わんばかりだ。
本当にそうなのか、ユリウスにはわからない。
この次兄はとにかく思考が読み取りにくい。
本当に探られても気にしないのか、それともユリウスに探られたところで辿り着かないと思っているのか。
次兄が小さく溜め息をついた。
「彼女はずっと領地で暮らしていたのではないのかい? ずっと王都にいる僕とどこで接点があると言うんだい?」
「それは……」
確かにそうだ。
「って、何で領地にいたって知っているんだ?」
危うく騙されるところだった。
だが次兄は首を傾ける。
「王都で見かけたことはなかったからね。学園に入るために領地から王都に出てくる令嬢は珍しくないし」
次兄の言い分には確かに一理ある。
だが、怪しい。
じっと次兄を見つめると嫌そうに眉根を寄せられた。
「何だい?」
「本当にそれだけか?」
「どういう意味だい?」
「そのままの意味だ。やっぱり知っていたんじゃないか?」
「いいや、本当に一度会っただけだよ。その時に領地にいることは聞いたけど八年前の話だしね」
確かにそれは何の参考にもならない。
幼い子供なら両親と一緒にいるのが普通だし、親が領政に力を入れて領地にいるのなら子供は領地にいるだろう。
社交シーズンや用事がある時だけ王都に来る貴族も珍しくはない。
「お前がいくら疑ったってそれが事実だからそれ以上は何も出てこないよ」
じっと見てみるが次兄の表情は動かない。
この方向から攻めても駄目そうだ。
「……そうか」
「じゃあもういいよね? 疲れたからそろそろ休みたい」
「ま、待ってくれ」
これではこのまま曖昧にされてしまう。
次兄は面倒くさそうな顔でユリウスを見る。
焦りのまま何も考えずに言ってしまう。
「それにアナスタシアと会場に来ていただろう?」
「……見ていたのか?」
「なかなか戻ってこないから心配していたんだ」
「たまたま廊下で会ったんだ。出てきたら案内役の侍女がいなかったらしく一人で歩いていたからエスコートしてきたに過ぎないよ」
「あー、だから珍しく叱っていたのか」
夜会が終わった後に夜会担当の使用人をまとめていた執事と侍女を叱っていたのを見かけた。
珍しいこともあるものだと思ったが、それなら当然だ。
「ああ。客人に何かあったら事だからね」
「それはそうだ。……大丈夫だったんだよな?」
次兄が微かに笑う。
「心配かい?」
「当然だろう」
アナスタシアが酷い目に遭えばいいなどと思ってはいない。
ほんの少しだけ情みたいなものが湧いてきているような気がしないでもない。
勿論恋情や劣情ではない。
そんなものは論外だ。
次兄が軽く微笑する。
「大丈夫だったようだよ」
「よかった」
ほっとしていると兄が真剣な顔になる。
「彼女のことが心配ならこれ以上近づくのはやめなさい」
またそこに話が戻ってしまった。
このことについてはいつまで経っても平行線だろう。
「お前の関係者やお前を快く思っていない連中に傷つけられるかもしれないだろう」
「それは……」
否定できなかった。
ユリウスをよく思っていない者が多いことくらい自覚している。
次兄に絡みに行った連中がいるくらいだ、ユリウスがアナスタシアに構っていると知ればそちらに手を出そうとする者もいるだろう。
ちなみにマティスのほうはあまり心配していない。
あちらを狙うのは狙うほうもそれなりの覚悟が必要だ。
それより狙いやすいのはアナスタシアだ。
脇が甘いからいくらでも騙せる。
騙せてしまう。
それで傷つくのはユリウスではない。
アナスタシアやマティスだ。
彼女が傷つくのは見たくない。
それも本心だ。
マティスと関わりたい。
そのためにアナスタシアに近づきたい。
そう思うのはユリウスのただの我が儘なのだろう。
二人のことを思うなら近づかないのがいいのだろう。
ぐっと手を握る。
駄目押しのように次兄が言う。
「他を探しなさい。それが双方のためだ」
兄の言葉は正しい。
反論の言葉が思いつかない。
絞り出すように告げる。
「そう、だな」
双方のためだということには同意する。
だが心が納得できない。
二人が目をつけられずに関わる方法はないものか。
思考を巡らせる。
ユリウスは諦めが悪いのだ。
次兄が探るように見てくる。
「俺だってマティスやアナスタシアを危ない目に遭わせたいわけじゃない」
その言葉は本心だったから信じてくれたようで、次兄は軽く頷いた。
「ユリウスを信じるよ」
「ああ」
「それじゃあもういいかな?」
「ああ。引き留めて悪かった」
「いや、いいよ。それじゃあおやすみ」
「おやすみ」
次兄は部屋へと戻っていった。
ユリウスも部屋に戻ろうとして長兄に呼び出されていたことを思い出し、思わず溜め息をついた。
思いがけず長く話していたから着替えるより先に向かったほうがいいだろう。
ユリウスは重い足取りで歩き出した。
読んでいただき、ありがとうございました。
ファビアンがはぐらかし、ユリウスが食らいついていたので長くなってしまいました。
次回からアナスタシア視点に戻ります。




