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89話 南へ

 草木は色を失い、木枯らしが吹きぬける。

 肌を刺すような寒さに、俺は首をすぼめた。


 季節は初冬。

 とはいえ、北方領域より暖かい筈のスジャルカ。

 であるなら、寒いのは身体ではなく心なのだろう。


 それに気付いてか、それとも自分も寒いのか。

 ディーネは擦り寄るように、隣にくっついてくる。

 姿形は変われども、コイツは変わらず俺の親友なのだ。


「ペンダントに入れてやれれば良かったんだがな」

「隣に居ると邪魔……?」


 不安そうに見上げる頭を撫で、安心させてやる。

 邪魔というわけではないのだ。

 ただ魔人族はディーネを狙い続けるだろう。

 ペンダント内のほうが、守りやすいというだけのことである。


「ぱぱは強いからだいじょーぶ!」

「そうだな。俺は最強だったな」


 しかしまぁ考えようか。

 こうして外に出ていれば、以前よりも目立つ外見のディーネ。

 ピスピナを誘き寄せることも出来るかもしれない。


 スー子の体を捨てて無事だったとはいえ、奴は危険だ。

 封印結界のこともあるし、あの女は殺さなければならないだろう。


「見えてきたね」


 そんなことを考えていると、少し浮き足立ったディーネが告げた。

 薄く目を開けばディーネの言う通り。

 懐かしい工芸の町、スジャルカが見えてきていた。


「何か手がかりがあればいいな」


 口から零れた希望は、少し尻すぼみになってしまう。

 というのも、未だにアシェイラを侵している毒の正体。

 その影を踏むことも出来ていないのである。


 アシェイラが石と変わったあの夜。

 フィーはその力を最大限に発揮してくれた。

 命を留めることは当然で、衝撃で欠けてしまわぬほどに強固。

 そして、思いがけずに解除されないよう強力な石化である。


 だから術者であるフィーが解除しない限りは大丈夫。

 向こう十年は、自然に石化が解除されることはないだろう。


 しかし、当然ながら俺はそんなに待たせるつもりはない。

 否。

 俺がそんなに待っていられない。


 そう思い、俺は夜のうちにアシェイリスを出発した。

 目的は二つ。

 一つは諸外国にアシェイリスの現状を報告し、後のことを頼むため。

 そしてもう一つは毒の解析、及び解毒薬を作るためである。


 各国の協力は、比較的容易に取り付けることが出来た。

 とりわけボフィカル王からは「大船に乗ったつもりで任せるがよい」と心強い言葉も貰っている。

 そしてイェト国で得た情報。

 毒を特定するには至らなかったが、その成分の一つ。

 それが、スジャルカ周辺に生えている毒草ではないかと教えられたのだ。


 そんなわけで懐かしのスジャルカへと、俺は足を運ぶことにしたのだった。


 ……。


 スジャルカの町は工芸品の露店が立ち並び、以前と変わらぬ活気を見せていた。

 変わったところと言えばあれだろう。

 町の外壁に掲げられている旗。

 戦乙女に槍の模様は、グジャ王国のものである。

 つまり今、この町はロンゴ領ではなくグジャ領ということだ。


 とはいえ、町の住人にはあまり関係がないらしい。

 取り扱う通貨はロンゴの『ボルン』とグジャの『ブール』。

 どちらでも買い物が出来るようになっている。


「ぱぱ。少し見て回ってもいい?」


 到着するとすぐにディーネが見上げてきた。

 だが物珍しいわけではない筈だ。

 スー子の時の記憶もあるということなので、以前訪れたことは覚えているだろうしな。


 恐らくスライムの身体では出来なかったこと。

 品を手に取ったり、身につけてみたり。

 そういうことがしたいのだと、キラキラしたディーネの瞳を見て俺は気付いた。


 見た目が少女の身体になったからか?

 心までも少女になっているようである。


「観光に来てるわけじゃないが……まぁいいだろう。あまり遠くへ行くなよ?」

「はーい!」


 嬉しそうに駆け出すディーネの後姿。

 それを眺めながら、俺も露店を見て回ることにした。

 といっても、こちらは遊びではないぞ。

 あの暗殺者が使っていた漆黒のナイフ。

 それと同じものがないか探して回るのだ。


「お、兄さん! 彼女にどうだい?」


 歩き始めると、わずか数分の間に何度も呼び止められてしまう。

 そのことに辟易するが、以前は『母ちゃんにどうだ?』だった。

 それが『彼女に』に変わっていることで、少しだけ自分の成長が感じられる。


 冬を超えれば俺は十五歳。

 立派な大人の仲間入りだし、もう結婚も出来る年齢だ。

 妻とする女はすでに二人も決まっているがな。

 そして、そのうちの一人。

 アシェイラを石から戻してやるために、まずは手がかりを探そう。


 そう気持ちを新たにしていると、不意に一軒の露店に目が止まった。

 残念ながら、漆黒のナイフがあったわけではない。

 だが、俺の心を掻き立てる品が陳列されていたのだ。


「お目が高いっすね! うちに目を付けるなんて!」


 店に近付くと、すぐさま店主と思しき少女が声をかけてきた。

 浅黒く焼けた活発そうな顔で、少女は自慢げにニヘヘと笑っている。


「全部うちの手作りっすよ!」

「これは何かの模倣か?」


 並んでいた商品の一つを手に取り、俺は少女に聞いてみた。


「な、なんでっ!?」


 動揺する瞳で確信し、俺は自分の首元に手を入れた。

 そこから取り出したのは赤いペンダント。

 もちろん絶対遵守の契約おれのものはおれのものである。


 それを取り出した瞬間少女は身を乗り出し、食い入るようにペンダントを見つめてきた。

 その勢いで陳列していた品々が倒れるが、少女は気にも止めないようである。


「こ、これっ! 本物っすか!?」

「てことは、やはりこれらは偽者か」


 興奮気味の声に答えてやれば、少女は『あっ』と口を噤んだ。

 まぁ分かっていたがな。

 このペンダントと同じもの。

 それがこんなところで雑に展示されているわけもない。


「しかし見た目だけならそっくりだな」

「でしょっ!」


 シンプルなデザインではあるが、それでも細部には細やかな模様が施してあるペンダント。

 本物を見たことがなければこうはいかないだろう。

 俺はそれが気になって、この露店へと足を運んだのだ。


「さすがに魔物を従わせたりは出来ないっすけどね~」

「そこまで知っているのか」


 少し驚き訊ねてみれば、少女はへへんと懐から一冊の本を取り出した。


「この目録に載ってたんすよ。あ、もちろんこれは非売品だし見せないっすよ?」


 言いながら、少女は本を隠すように後ろへ下げてしまう。

 かなり興味があったのだが……。


「まぁこれは見せられないっすけど、ペンダントを見せて貰ったお礼に、何か頼みでもあれば聞くっすよ?」


 何でも言う事を一つ聞くと言われれば、いつもの俺ならすぐにエロ方面の事が頭に浮かぶだろう。

 ふん。馬鹿を言ってはいけない。

 愛した女が石になって俺の帰りを待っているからな。

 そんなことをしている場合ではないのだ。


 ――嘘である。


 もう俺の視線は舐めまわすように少女を見ている。

 仕方ない。

 愛と性欲は別腹なのだ。

 これは本能。

 そう動物として、雄としての本能である。

 逆らう意味が分からない。


 それに、俺がそういう男であることなどアシェイラも承知している。

 今頃は石の中から「しょうがないですねリクは」と苦笑いを浮かべている筈だ。

 うむ。そうに違いない。

 ゆえに俺は、煩悩に正直に生きようではないか!

 さすがである。


 ――のつもりだったのだが、平たい胸にマイサンは沈黙を保っていた。

 どうやらこの少女は、お眼鏡に叶わなかったらしい。

 残念だったな小娘。

 あと五年したら、もう一度訊ねてくるがよい。


「な、なんすか? エロい目で見たり可哀相な目で見たり……」


 そんな俺を、少女は奇怪な物を見る目で戦いていた。

 両手で自分を抱き、小動物のように震えている。

 俺の魅力に気付くには、やはりあと数年は必要なのだろう。

 仕方なく、俺は至極真っ当な頼みごとをすることにした。


「この町で毒物に詳しい人間を教えて欲しい」

「そ、その毒でうちに何をしようってんすか!?」

「い、いやそうではない」


 グルルと喉を鳴らせて威嚇してくる少女を嗜め、俺はようやく毒に詳しい人物の宛を聞きだした。

 話によると、少女が知る限りでは二人。

 日も暮れ初め、ぽつぽつと店仕舞いしはじめているスジャルカ。

 二人とも店を構えているらしいので、すぐに向かったほうが良いだろう。

 そう思い、ディーネを呼び戻すことにしたのだった。


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