90話 毒とは面倒な代物だな
元気な露店商の娘に紹介された店。
訪れた一軒目は、立派な建て構えの薬草品店であった。
店内には所狭しと古今東西の薬草やら毒草が取り揃えられている。
戦場になりやすいここスジャルカでは、恐らく需要が高いのだろう。
これならば期待出来るかもしれない。
「いらっしゃいませ。何かご入用ですか?」
物色していると、奥から恰幅の良い男が現れた。
どうやら店仕舞いの途中だったらしい。
「解毒薬を探しているのだが」
閉店間際ということもあり、少し邪魔臭そうにしていた店主。
だが俺の言葉で冷やかしではないと悟ったのだろう。
男は一転して興味を示し、ニコニコと近寄ってくる。
「うちにはいかな毒でも対応出来るよう、数多くの解毒薬を準備させて頂いております。で、何の毒かは分かっておいでなのでしょうか?」
そう問われ、俺は懐から包みを取り出した。
そこに包まれているのは、あの漆黒のナイフである。
その刃には、当然毒が付着している。
一応諸症状などを詳しく記した紙も、ベラルーから預かっていた。
だが現物があるのだから、これを見せるのが手っ取り早いだろう。
包みを解かれたナイフを見て、店主はビクリと狼狽した。
強盗だと勘違いでもしたのだろうか?
俺は強盗などしそうにない善人顔の美男子だぞ?
勘違いも甚だしい奴である。
そう目で咎めると、店主もすぐにそれに気付き平静を取り戻す。
「このナイフに付着しているのですかな?」
「あぁそうだ。まだ何の毒か特定出来ていなくてな」
ふむふむと大げさに唸って見せた店主は、少し考え込んでから提案してくる。
「毒物も専門ではありますが、さすがに見ただけではなんとも……。よろしければお調べしますので、お預かりしてもよろしいでしょうか?」
それはそうか。
見ただけで何の毒かなど分かる筈もない。
だが、俺はもう一軒も回るつもりだ。
ここでナイフを渡してしまうのは、うまくないのである。
「表面から少しだけ抽出するとかは出来ないのか?」
そう言うと、店主は少し怪訝な顔を見せた。
仕方ないので、俺は訳を話してやる。
「どうやら特殊な毒のようなんでな。店主には悪いが、他もあたりたいのだ」
店主に悪いがなんてサラッと出てくる辺り、俺も大人になったものである。
「そういうことでしたら分かりました。では、少しだけ付着物をこそいで来ましょう」
納得したのか、店主が妥協案を示してきた。
まぁそのくらいは構わないだろう。
俺がナイフを手渡すと、店主は「では」と恭しく受け取り店の奥へと消えていった。
その間暇なので、俺とディーネは店内を見て回り時間を潰すことにした。
棚に陳列されている解毒薬。
一つ一つに『○○の毒用』と説明書きがあり、それがズラリと数十種類だ。
やはり毒物とは、一筋縄ではいかないようである。
「ぱぱー! これ見てー!」
少し奥まったところまで見に行っていたディーネ。
その声が、不意に俺を呼んだ。
なにかと棚を回りこんで見れば、少女は薬の瓶を手に持っている。
「これアシェイリスで作ってるのと同じやつだよ!」
確かに原料は同じもので、高級傷薬と書いてあった。
だがアシェイリス産よりも、若干色が濁っている。
ふふん。
あの薬草を揉み込む作業は熟練の腕が必要だからな。
この傷薬を作った生産者は、まだまだ甘ちゃんのようだ。
……なのに。
「4000ボルンだと……っ!」
北方領域の通貨である『ビルド』に換算すると、約7000ビルドである。
だったら、アシェイリス産の傷薬は9000ビルドを下らないではないかっ!
ぐぬぬ……。
どうにかして、ボフィカルとの独占契約を破棄せねば……。
包装だけ変えて別物と言い張るか。
ふむ。悪くないかもしれん。
などと口を歪めていると、ようやく店主が戻って来た。
「では、これはお返しいたします」
そう言いながら綺麗に包み直したナイフを渡してくる。
それを受け取りながら、俺は店主に聞いておく。
「いつ頃来れば結果が分かる?」
「今は他に依頼もございませんし、明日の夕方には」
まぁいいだろう。
その答えに満足し、俺は店を出ることにした。
辺りはすでに暗くなっている。
露店の少女に教えられたもう一軒は町の反対側だ。
恐らくすでに閉店しているだろう。
「残りは明日にして、今日は飯にするか」
俺を見上げながら「うん!」とディーネが頷く。
ますますもって愛い奴である。
だが、少女は食事を必要としない。
綺麗な水さえあれば十分なのだ。
俺はディーネの頭を撫でつつ、食事の出来る酒場へ向かうことにした。
……。
木製のスイングドアを押し開けば、すぐに喧騒が飛び込んでくる。
やはりこの町は、職人気質の人間が多いのか。
酒を呷る人々の姿は豪快である。
店内は満席に近い状態で、空いているテーブルが見当たらない。
今日は歩き通しだったからな。
座れないのであれば、他の店にするか。
そう思いながら目を走らせると、意外な人物を発見した。
奴はどうやら一人のようで、慎ましく野菜を突いている。
俺の心に、むくむくとイタズラ心が芽生えた。
奴には煮え湯を飲まされたこともあるからな。
たまには驚かせてやるのも悪くない。
そう考え、見知った背中にそっと近寄る。
そして、おもむろに胸を鷲づかみしてやった。
「ひゃっ!!??」
ぷにっと得られた感触は以前と変わらない。
たいして成長はしていないようだ。
そうおっぱい論評を重ねていると、女は立ち上がってこちらを見ていた。
俺は悪びれもせず、笑顔で挨拶を交わす。
「久しぶりだな僧侶。パーティーは解散でもしたか?」
「なんだリクさんでしたか」
一度共闘したからだろうか。
随分と気安い感じの挨拶である。
というかだな?
突然胸を揉まれた女にしては、反応が薄すぎるぞ?
俺としては、もう少し慌てふためく姿を期待したのだが。
敬虔な僧侶様は、エロ方面に疎いのか寛容なのか。
それが誰かの姿と重なりかけて――。
「いつこちらへ?」
僧侶の言葉に思考が中断された。
「ついさっきだ。……そういえばお前、僧侶だったな」
「そうですよ? というか、先ほどリクさん自身がそう呼んだと思いますが?」
言いながらも手で相席を促す僧侶。
俺は促されるままに、僧侶の対面へと腰を落ち着けることにした。
当然ながらディーネも俺の隣にちょこんと座る。
だがディーネに見覚えのない僧侶は、それは誰ですかと視線で問いかけてきた。
答えてやってもいいが、それは後である。
なぜなら、コイツに聞くべきことを思いついたのだ。
糸目の女ではなく、僧侶としてのコイツにな。
「僧侶ならば使えるだろう? 解呪魔法や解毒魔法が」
そう。僧侶といえば、回復魔法や補助魔法のスペシャリスト。
そこにはもちろん、解呪や解毒などの状態異常回復系も含まれるのだ。
「もちろんです」
「本当かっ!」
ガタリと椅子が倒れ、俺は立ち上がっていた。
その慌てように糸目の僧侶がビクリと仰け反る。
だがそんなことは構わない。
構っている余裕もないのだ。
「今も毒に侵されて、死の淵を彷徨っている女がいる。お前の力で助けて欲しい」
とはいえ、正直自分でも意外だった。
この俺が、何の抵抗もなく頭を下げていたのだから。
以前の俺ならば決してそんなことはしなかっただろう。
だが今はそれが出来ることが、少しだけ誇らしい。
そして同時に、そうしてでも助けたい女がいることが嬉しかった。
「ちょ、止めて下さいよ」
意外だったのは僧侶も同じようで、糸目が開きかけるほど狼狽している。
「リクさんには見逃して頂いた恩義もありますし、私でよければ力を貸します。ただ……」
力を貸すと言った僧侶に顔をあげたが、言い澱む姿に不安を覚える。
なんだ?
なにか条件でもつけてくるのか?
そう警戒したが、そうではなかった。
「解毒魔法っていうのは、どんな毒でも治してくれる。そんな便利なものじゃないんですよ」
生憎と俺には解毒や解呪魔法の知識がない。
前世の俺に、そんなものは不要だったからな。
それゆえに首を傾げる俺の姿に、僧侶が教師よろしく人差し指を立てて講釈を始めた。
「解毒魔法は、確かにどんな毒にもある程度有効です。一般的な解毒薬と違い、毒の種類を選びません。戦闘中に、それが何の毒なのか調べている暇なんてありませんからね」
「ならば」
いいじゃないかと言い掛ける俺を、僧侶が手で制する。
まだ話は途中だということだろう。
「それはつまり、解毒薬とは違う角度から治療しているということなんです」
僧侶の話を噛み砕くとこうだ。
解毒薬はその毒に対する特効薬。
毒の種類に対応した解毒薬ならば、確実に治すことが出来る。
対して解毒魔法は汎用薬。
人間の体に最初からある抵抗力。
それを高めることで、自力で毒を克服させる方法なのだという。
しかし毒が強すぎる場合。
どれだけ抵抗力を上げても、限界というものはある。
なので、治すことが出来ない場合もあるのだと僧侶は言った。
アシェイラが受けたのは、暗殺者お手製の猛毒である。
それは必ず殺すという強い意志のもとに作られている筈で、自然毒よりも強力である可能性が高い。
彼女の抵抗力に期待して、それが叶わなかった場合。
それを考えると、試すのは躊躇われるのだ。
「呪い系なら良かったんですけどね。呪いっていうのは負の魂と相場が決まっているので、ほぼ確実に解呪魔法が効くんですけど」
「使えん僧侶め」
手っ取り早い解決法を否定されてしまった怒りをぶつけるため。
俺はテーブルに並んでいた果実ゼリーを、ペロリと平らげてやった。
ククク。悔しがるがよい。
と思ったのだが、特に慌てる素振りも見せず。
僧侶は淡々と追加注文をしていた。
いけ好かない女である。
「ちっ。で、お前はこんなところに一人で、何をしてたんだ?」
先ほどから周りを見ても、あの三人組はいない。
それが気になって聞いてみると、僧侶はゆったりと話始めた。




