欲望の結末
***** ピスピナ *****
おかしい。
全くもって予定と違う。
火の精霊は殺したし、地の精霊も殺した。
風の精霊も殺したし、水の精霊も殺した。
なのになぜ?
なぜ封印は解けていない?
考えられるとしたら、またもや水の精霊だろう。
四精霊の中で、あれだけ特殊な性質を持っている。
精霊核の移し変え。
その成り立ちが水だからだろうか。
あの精霊は水が濁りきる前に次の身体を用意し、精霊核をそこに移すのだ。
最初に水の精霊殿を襲った時が、ちょうどその周期だったのだろう。
首尾よく討ち取ったと思ったのに、次の身体を生成し終えた後だったようなのだ。
それゆえ精霊核を潰すことは能わず、まんまと新しい身体へと逃げられてしまった。
だが今回は違う筈だ。
新しい身体になってからまだ十年。
本来ならば二十年かけて人型へと成長し、そこから四十年は身体を変えない。
なので次の身体を生成するどころか、まだ人型にすらなっていなかった。
だから余計に分からないのだ……。
クシャリと報告書が手の中で握り潰された。
もう十一年だ。
一体いつになったら封印は解けるのか。
一体いつになったら、あの方に地上を見せて差し上げられるのか。
イライラする。
どうにも地上に出てからというもの、感情というものに左右されやすくなっている。
あの地底では、そんなものに構っている余裕はなかった。
ただ生きることで精一杯だったのだから。
そう考えれば、この地上がいかに平和で豊かで退屈か。
それを享受してきた知恵の民などに、必死に生きてきた力の民が負ける筈などない。
――ないのに。
私の眷属。
ピュルシとヴォフォスは死んだ。
ヴォフォスなど、あれだけ嫌がっていた道具。
あの裏切り者が作った指輪とペンダントまで使い、それでも死んだのだ。
――手足が必要だ。
私の眷属はあの二人だけ。
地底からはもう呼び出せない。
魔物に力を与えて眷族にすることは出来るが、自分の力も減るので好ましくない。
それにすでに一匹モン娘は作ってしまい、ヴォフォスに預けたが帰ってこなかった。
幸いなことに、精霊殿の捜索は終了している。
この教団はもう用済みだ。
けれど、ただ捨てるというのももったいないと思っていたところ。
これを利用しない手はないだろう。
――魔物と人間の融合。
それで、モン娘と同じようなものが作れるのじゃないだろうか。
「……くひっ」
試す価値はあるだろう。
その方法を模索していると、丁度コンコンと扉がノックされた。
もうそんな時間か。
私はいつものように配給係りから食事を受け取る。
一人で食べたいからと、いつも自室に運ばせているのだ。
今日の配給係りはシャリオスという名の若い男。
私の顔を見るや、顔が紅潮し心拍数が跳ね上がるのが見て取れた。
人間の男とは、なんと扱いやすいことか。
「ありがとう」
一言だけ告げ、夢見心地の男を追い出す。
あまり餌を与え過ぎてはいけない。
物足りないくらいでないと、すぐ付け上がるのも人間だ。
それを私は八十年も前に学んでいる。
――八十年前。
苦い記憶が思い起こされた。
私達は、自分の意志で地上へ出ることが出来ない。
あの忌々しい結界があるから。
だけど人間の方からなら、私達を地上へ呼び出すことが出来る。
そして私は、八十年前に一度召還されて地上へと出て来れた。
だが気をつけなければいけない。
召還されて地上へ出ても、契約を結ばなければ強制的に地の底へ舞い戻らされる。
逆を言えば、契約期間中ならばいつまでも地上に滞在していられるのだ。
だから、私を召還した愚かな人間。
それとの契約は慎重に運ばなければならなかった。
「お、お前が魔人か!? こんな……こんな美しい女が!?」
男の第一声はそんなだった。
その瞬間、その男の願いは書き換わったのだろう。
本来ならば名声、名誉、金、力。
そんなものを欲して私を呼び出したのだろうから。
「お前を抱かせろ!」
それが契約内容になった。
しかしそれを結んでしまえば、明日の朝日を拝むことなく私は地の底だ。
だから対価として、こう言ってやった。
「いいでしょう。ただし、その精と共に生も頂きます」
私を抱いて果てれば、お前の命もそこで終わりだ。
そういう契約ならば、おいそれと私を抱くことなど出来ない。
無論「抱かせろ」と言われれば断れない契約だが、自分の命と快楽を天秤にかけてたっぷり悩む筈だ。
その間に私は精霊殿を探し、封印を解く。
――と、そのつもりでいた。
残念ながら男は想像以上に愚かだった。
自分の命など顧みず、その数時間後には命を吐き出し果てていた。
地上へ呼び出されるという千載一遇の好機。
それはあっけなく私の手を零れ落ちたのだ。
二度と同じ轍は踏まない。
そう誓った私が次に呼び出されたのが十一年前。
この時も、呼び出した男の願いは書き変わったのだろう。
本当に人間の男とは愚かである。
「快楽を! お前から、この世で最高の快楽を与えて欲しい!」
しかし分かっていた。
人間の男が愚かであるなど、私はとっくに学習していたのだ。
「いいでしょう。その代わり、対価を頂きます」
そう告げて、私は快楽を与えてやった。
――否。与え続けている。
十一年前から、今も絶えず与え続けているのだ。
運ばれてきた食事を持って、私は寝室へと向かう。
そこには男がいる。
十一年前に、私を呼び出した愚かな男が。
彼はベッドに横たわり、身体中を私の分身達に愛撫され続けているのだ。
逃げ出すことなど出来ない。
邪魔なので、手足は予めもぎ取った。
助けを求めることなど出来ない。
煩いので、声帯は予め潰しておいた。
もう精神が壊れているかもしれない。
そう思いつつ近付くと、快楽で蕩けきった瞳が私を見た。
「まだ壊れていないのですね。偉いですよ」
言いながら、私は食事を口に含む。
そしてモグモグと。クチャクチャと。
完全に形がなくなるまで、しっかりと咀嚼した。
それから男の髪を後ろに引っ張り、強制的に上を向かせる。
男の口がだらしなく開いた。
そこに咀嚼したものを流し込む。
まるで親鳥が、雛に餌を与えるように。
「……ぺっ。
いい子ですね。しっかり味わってから飲み込みなさい」
餌がなければ人は死ぬ。
契約者の死は、私の強制送還とイコールだ。
だからこうして命を紡ぐ。
その間も私の分身達による愛撫は続いている。
室内は、常に卑猥な水音で満たされていた。
「ん~!」
声帯の潰れた男は、食事をしながら必死に訴えてくる。
返してくれと。
対価として取り上げられたものを、もう俺に戻してくれと。
「いい子にしてたらそのうちね」
もちろん返す気などない。
返してしまったら、私とこの男の契約が終わってしまうのだから。
私が取り上げた契約の対価は『射精』
この男は常に快楽を与え続けられながら、一度も果てていないのだ。
この十一年間一度もである。
射精という終着を魔力で封印され、ただただ高まり続ける男の快楽。
それがどれほどのものなのか、想像することも出来ないが。
しかしもうすぐそれも終わる。
封印が解かれれば、契約を続けなくとも地上にいられるようになるのだから。
「くひっ」
あぁ楽しみだ。
一度も果てることなく「さようなら」と告げられ殺される表情。
早くそれが見てみたい。




