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王様のいない国

 *****  王様のいない国  *********


 北方領域、ノーグ大森林。

 かつて魔物の国と呼ばれたそこには、今は人間の国があります。


 自由国家アシェイリス。


 突然現れたこの国は、不思議なことに王様がいません。

 それなのにこの国は、とても活気に満ちていて、とても優しい風が流れているのです。


「おはようございますラウニス」

「おはようございますピネ」


 私が今挨拶を交わしたのは、ラウニスさんという優しいおじさん。

 八歳になったばかりの私より四十歳以上年上だけど、私はこの人を『ラウニス』と呼びます。

 だってこの国では、相手を呼び捨てにしなければならない法律があるんです。


 とっても変で、引っ越して来たばかりの頃はとても戸惑いました。

 なんでそんな法律があるんだろう?

 本当に呼び捨てでもいいのかな? って。


 でも慣れてくると、それがなんだか嬉しくなりました。

 大人も子供も。

 お医者さんも薬草屋さんも、雑貨屋さんも大工さんも。

 皆が同じ国の人。

 皆が家族のように感じられたんです。


「あ、おはようピネ! こんなところで何してるの?」


 その中でも特に仲の良い子。

 歳が近くて、すぐに友達になれた女の子。

 ファニスが向こうから走って来ました。


「お母さんに買い物を頼まれたの。ファニスは?」

「私はこれ」


 言いながら、ファニスは照れくさそうに右腕を捲り上げました。

 肘から先にかけて、縦に長い傷跡。

 それはこの前、薬草を集めに行った時。

 いきなり現れた魔物から、小さい男の子を庇って出来た傷でした。


「じゃあベラルーのとこ?」

「うん」


 ベラルーさんは、この国に最初からいたお医者様。

 今では他にもお医者様はいるけれど、それでも一番頼りにされているのは彼女です。


「まだ痛そうだけど、もう大丈夫なの?」


 治りかけでじゅくじゅくしている傷跡。

 この国ではたくさん傷薬を作っているので、それを使えばいいのに。

 そう思うけれど、ファニスはそれを嫌がりました。

『薬草集めにいって傷薬使っちゃったら意味ないもん!』

 そんなことを言って大人達を困らせていたのです。


 でも、私にはなんとなくその気持ちが分かりました。

 この国では皆が同じ立場。

 だからファニスは、きっと少しでも国の役に立ちたいと。

 そう思ってたんだと思います。


「全然平気! えいよのふしょうだしね!」

「名誉の負傷ね」


 言いながら笑い合うけれど、きっとこれも強がり。

 たまに痛そうに顔を歪めているから、まだ治ってはいないのです。

 だけど心配をかけないように。

 ファニスは今日も笑っていました。


「それよりさ! 今日はこの後どうするの?」


 この後とは、お使いが終わったあとのことでしょう。

 今日はお勉強会の日じゃないので、予定はありません。


「じゃあ一緒に女王様のところに行かない?」


 ……。


 午後になり、お昼ご飯を食べた後。

 私はファニスと一緒に女王様のお家へと向かいました。


 女王様のお家は、この国で一番大きな木の上にあります。

 もちろん長い階段がついているのですが、その隣にはスロープ。

 人が使うにはちょっと急すぎる角度なので、それが何なのか私には分かりませんでした。


「蛇さんは階段だと上り下りが大変だからね! 今は使う人がいなくなっちゃったけど」


 やっぱり意味が分かりませんでした。


 ファニスに続いて階段を昇り終え、扉を開けると広いお家。

 ここが女王様のお住まいだそうです。


 今は誰も住んでいないけれど、いつ来てもここには塵一つ落ちていません。

 今日の私達みたいに、色々な人が訪れ、皆が掃除しているのです。


 色々な人の中には、なぜか他の国の偉い人も含まれます。

 この前なんかはボフィカルという国の王様がやって来ていて、ビックリしてしまいました。

 私はそうとは知らなかったので『こんにちはおじいちゃん』と、挨拶をしたことを思い出します。

 普通なら兵隊さんに捕まってしまうくらいのことですが、王様は『ふぉっふぉ。良いのお』と頭を撫でてくれました。


 そしておじいちゃんは、色々なことを教えてくれました。

 なんでもこの辺りの国の王様は、皆ここの王様にお世話になったんだそうです。

 とても感謝していて、だから今王様がいなくなってしまったこの国。

 アシェイリスを、皆が協力して守ってくれているということでした。


「なにしてるのピネ! 早くおいでよ!」


 ファニスに呼ばれて向かうのは一番奥の部屋。

 綺麗なお花がたくさん飾ってあって、真ん中にはベッドがあります。

 そしてそのベッドには、とても綺麗な女性の石像が横たわっているのです。


「こんにちはアシェイラ女王様! 今日もお花を持ってきました!」


 石像の女性に挨拶し、ファニスは持ってきた花を飾り付けます。

 この石像がアシェイリスの王様だよと、以前ファニスは説明してくれました。

 でもピンと来ません。

 だって石なんだもん。


 だけどこの国の人たちは、皆この石像を王様だと言います。

 そして、とてもこの石像を大切にしているのです。


 どのくらい大切にしているかというと、まず触ることが禁止されています。

 決まった日に決まった人たちが。

 細心の注意を払って綺麗に拭いたりしていますが、それ以外は絶対に触ってはいけないそうです。

 なぜ? って聞いたら、ファニスはこんなことを言いました。


「もし触って髪の毛の一本でも折れてしまったら、怒った王子様が大暴れしちゃうからだよ」


 全然意味が分かりませんでした。


 でも王子様は分かります。

 それはこの国にある御伽噺。


 美しい女王は、毒蛇に噛まれて石になってしまいます。

 でも女王は石になる時悲しみませんでした。

 いつか王子様がやって来て、私に口付けをしてくれる。

 そうしたら、私は石から人間に戻れるでしょう。

 微笑みながらそう言って、女王は長い眠りについたのです。


 とても素敵でロマンチックなお話です。

 そしてこの国の人たちは、きっとそのお話を信じているのでしょう。


「ピネ。そろそろ帰ろっか」


 私はファニスに連れられて部屋を出ます。

 最後に見た石像の女王様は、とても優しく微笑んでいるようでした。


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