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80話 その正体

 俺の声に、地下聖堂に集まっていた信者達が一斉に振り向いた。

 神聖な儀式の最中に何事かと咎める視線。

 いったいどこの馬鹿かと蔑む視線。

 今にも罵声を浴びせてきそうな信者達。

 その中を、俺はゆらりと進み出る。


 この場では不審者に違いない俺の姿。

 だが、素人でも分かるほどに殺気が漏れているのだろう。

 進む俺を阻もうとする人間は、誰もいなかった。


 人混みの中心が割れ、真っ直ぐに道が出来る。

 祭壇へと。

 スー子がいた場所へと続く道が。


 その横には相変わらずラウニスが立っており、その目が俺の姿を捕らえている。

 だからだろうか。

 それは少し異様に思えた。


 なぜ奴は逃げないのだろう。

 俺がお前を殺そうとしていることなど、考えるまでもなく理解出来ているはずだ。

 腰でも抜けたか?

 いや、それにしてはしっかり立っている。

 しっかり地に足をつけ、どこか上の空で立ち尽くしている。


 まぁいい。好都合だ。

 どのみち逃がすつもりなどないのだから。


 俺は祭壇に辿り着き、中央にある石台の上へ視線を落とした。

 少し粘性のある、半透明の液体。

 指で掬ってみると、ほんの少しだけぷるんとした感触が得られる。


「スー子……」


 確認し、確信し、ギロリとラウニスに目を向ける。

 それでもやはり、大司教は動じる素振りを見せなかった。


「命乞いを聞く気はないが、言い訳くらいなら聞いてやる。あるなら言ってみろ」


 酷く冷めた声だったと思う。

 激情の炎に焼かれたことは何度もあるが、ここまで静かな炎は初めてかもしれない。

 だが最後の機会にも、ラウニスは答えない。

 ただ視線を彷徨わせ、ボーッと俺の言葉を聞いている。


 これは本当にあのラウニス大司教なのか?


 そんな馬鹿げた考えが脳裏を過ぎるほどに、今目の前にいる男は様変わりしていた。

 しかし、だからと言って俺の拳が止まる理由にはならない。

 他人事のように眺めているラウニス。

 俺はそいつに、別れの言葉を投げかけた。


「死んで詫び――」

「待って下さいッ!」


 突如聞こえた若い声に、俺の拳が寸でのところで止まる。

 声の方を見てみれば、人混みの中で暴れる一人の男。

 いや、信者に後ろから羽交い絞めにされていたのか?

 その拘束を振りほどいて、若い男が駆け寄ってきた。


「お待ち下さいアシェイリスの大使よッ!」


 俺に見覚えはないが、彼は俺の素性を知っているようだ。

 壇上に上がり、俺とラウニスの間に立ちふさがる若い男。

 そしてその後ろからもう一人。

 男と同じくらいの年齢の、美しい女が追従してきていた。


 夕焼けのような色の長い髪。

 瞳には慈愛を称えている。

 服装はみすぼらしいが、なぜか気品に満ち溢れた女性だった。


 美しい。

 先ほど上にいた女も美人だったが、正反対の美しさだ。

 上にいたのが陰の美女なら、眼前の女は陽の美女。

 今日は美女の日なのかもしれない。


 ――しかし。


 今その場に立つならば、残念ながら俺の敵である。

 ラウニスの前に立ちはだかった若い男女。

 俺は殺気を隠すことなく、その行いの意味を教える。


「そこを退かないなら、俺は躊躇いなくお前達も殺す。それを知ってなお立ち塞がるのか?」

「はい」


 答えたのは女の方だった。

 殺気に充てられ少し怯んでいる男。

 対照的に、女の方は怯んでいなかった。

 柔らかく答えた声とは違い、退く気はないと鋼の意志が垣間見える。


「命乞いは無駄だぞ。死体が増えるだけだ」

「許しを乞うつもりはありません。……いえ、許してはいけないでしょう」


 何を当たり前のことを言っているのか。

 それに言葉と行動が矛盾している。

 あまりの美しさに興味を持ったが、馬鹿に用はない。

 女を庇おうと進み出る男。

 それごと貫こうと、俺の拳が振り上げられる。


「相手が違うのです。アシェイリスの大使」

「違わないだろッ!

 アシェイラを刺し、スー子を攫い、そしてスー子を……ッ! 今更言い逃れ出来ると思うなッ!」


 思わず強まった語気に、さしもの女も一歩下がった。

 だがそれでも視線は逸らさず、真っ直ぐに俺を見据えてくる。

 そして、半身をずらして後ろに庇っていたラウニスを指差した。


「見てください。これが貴方の国を襲った賊に見えますか?」


 見れば、いつの間にかラウニスは嗚咽を漏らしていた。

 床に頭を擦りつけ、おうおうと泣きじゃくっているのだ。

 俺に断罪される恐怖に対する反応。

 そう思えなくもないが、少し違和感がある。

 彼は死を恐れているようには見えないのだ。

 ただただ過ちを犯した後悔と、むしろ罰を望んでいるようにすら見える。


「彼は操られていたのです。抗うことの出来ない恐ろしい力で」

「操られていただと? いったい誰がそんなことを」


 その問いに、今度は若い男の方が答えた。


「枢機卿ピスピナ。リーン四精教で初となる、女性の枢機卿です」


 即座に上で会った女を思い出す。

 アイツか!

 確かに、見ただけで心を持っていかれそうになるほど魅力的な女だった。

 だがそれだけで、人間を操れるものだろうか?


『何者だお前』


 そういえば、そう訊ねた時アイツは不思議そうな顔をしていた。

 まるで『なぜ普通に会話出来るのか』と、そう言っているような……。


 美貌だけで人を操る?

 そんなもの魔法と代わりないでは――。


 そこまで気付いて、俺はハッとなる。

 まさかとは思うが、ペンダントを取り出してファリッサを呼び出した。

 鳥の女は以前ほどふてぶてしい態度ではないものの、やはり不機嫌そうに現れる。


「なによ急に呼び出して」

「いいから答えろ。さっき俺が出会った女――」

「魔人族でしょ? なに? 気付いてなかったの?」


 やはりかっ!

 あれはただ美しさに酔いしれそうになったのではなく、魔技を使われていたのだっ!

 その効果は、目の前の女が言っている言葉が真実ならば洗脳。

 人を操り思いのままに動かす魔技なのだろう。


「しかもアイツは上級よ。よく殺されなかったわね」


 ペンダント内にラキュアかヴェルティがいれば、あるいは俺を助けるために飛び出してくれたかもしれない。

 だがファリッサは、俺に対して良い感情は持ってないのだ。

 助ける理由がない。

 それに、そもそも俺はまだ彼女といたして(・・・・)いない。

 出てきたところで、魔人族を前に動くことは出来なかっただろう。


 ファリッサの柔らかそうなぽよんぽよん。

 その頂点にデコピンを二連射し、俺はペンダントを掲げる。

 快楽とも痛みともつかない絶叫をあげ、彼女は煙のように吸い込まれていった。


「信じていただけましたか?」


 突然現れたと思ったら、セクハラされて消えていったファリッサ。

 その姿に面食らっていた女が、我を取り戻して確認してきた。


「全てではない。後ろの男が、完全に操られていた証拠などないんだからな。だが、今のところは保留してやる。俺とて、奴があのような凶行に及ぶとは信じ難いと思っていたところだ」


 とは言ったものの、振り上げた拳を下ろす場所を失い。

 俺は『くそっ!』と吐き捨てた。


「ピスピナと言ったか? あいつが魔人族だとお前達は知っていたのか?」

「いえ、そこまでは……。ですが、不思議な力で人を操っている。それは確信がありました。実際僕も操られそうになりましたし、最愛の彼女が近くにいなければそうなっていたでしょう」


 答えたのは男のほうだった。

 最愛の彼女と言われた女は、やや頬を染めて俯いている。

 振り上げた拳を下ろす先を見つけた気がした。


「ちょ、ちょっと!? なんで僕を殴ろうとしてるんですか!?」

「殴られるのが嫌なら答えろ。ピスピナは、ラウニスを操ってまでなぜこんなことをした」


 答えが返ってくるとは思えないが、これは自分の頭を整理するための問いだった。

 なぜピスピナは。

 いや魔人族は、そんな回りくどいことをしてアシェイリスを襲ったのか?

 ……違うな。

 他に主だった被害がないことから、奴の狙いはスー子だけだろう。

 しかし理由が分からない。


「あれは……。あの方は、ウンディーネ様だったのだと思います……」


 答えたのは、先ほどまで泣きじゃくっていたラウニスだった。

 よろよろと立ち上がるが、手足が震えている。

 まるで、自分の犯した罪の重さに耐えているように。


「ウンディーネだと? 水の精霊のウンディーネのことか?」

「恐らくは……」


 言いつつよろけ、倒れこみそうになるのを若い男が支える。

 自らが崇拝している四精霊。

 その一人を自分の手で殺めたのだ。

 その後悔と恐怖はいかほどのものか。


 だがスー子がウンディーネだと?

 スライムじゃなかったのか?

 それだとスー子ではなくウン……いや、そうではない。

 そんなアホなことを考えている場合ではないのだ。


 俺の思考を中断させるように、いつの間にか地下聖堂にざわめきが起こっていた。

 俺たちの話を盗み聞いていた信者達に、動揺が走っているのだ。


「……場所を移しましょう」


 そう告げるラウニスにひとまず従い、俺たちは彼の執務室へと向かうことになった。


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