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78話 襲われたアシェイリス

 漆黒のケルピーは、昼夜を問わず走り続けた。

 脇目も振らず、ただ走ることだけに注力する。


 最後に聞いたアシェイラの声。

 申し訳ないと謝っていたが、アシェイラ自身は無事なのだろうか?

 まるで最後の力を振り絞るような声音だったが……。


 嫌な予感ばかりが胸中を駆け巡る。

 それに追い付かれぬようにと、俺は更にケルピーを飛ばすのだった。


 ……。


 一日千秋の思いで辿り着いたノーグ大森林。

 もちろん森林内に入っても足を緩めることはない。


 どこまでも同じような森の景色だが、やはり少しずつ違っている。

 そしてどことはなく見覚えのある箇所が増えた頃、俺は人々の姿を見つけた。

 アシェイリスからまだ離れてはいたが、それは間違いなくアシェイリスの国民であった。


「リク様!」


 突如森の茂みから現れた漆黒の馬にも怖気ず、その中の一人が声をかけてくる。


「無事か!? アシェイリスはどうなっている!?」


 人々に怪我はない。

 追われて逃げているような切迫感もないので、ひとまず俺は胸を撫で下ろした。

 アシェイラが伝えてきた凶報は、アシェイリス全体に及ぶことではなかったようだ。


「私達は無事です! ですがアシェイラ様と――」


 くそっ!

 人々は無事だが、やはりアシェイラの身にはなにかあったのだ!


 最後まで聞くよりも自分の目で確かめたい。

 そう思うが早いか、俺の体はすでに動き出していた。


 俺自身、ここ数日まともに眠っていない。

 休まずにケルピーを走らせていたのだから当然だ。

 たまにラキュアに手綱を握らせ、寄りかかるように目を閉じたことが数度。

 その程度しか休んでいないのである。


 なのでアシェイリスに帰り着いた時には、俺こそフラフラであった。

 しかしまだ倒れるわけにはいかない。

 すれ違う人々に手だけで帰還を伝えつつ、大木の上へと急ぐ。

 階段を昇るのも煩わしいと一息に大木の上まで飛び上がり、俺はアシェイラの家へと転がり込んだ。


「アシェイラ! 無事か!?」


 異変はすぐに目に飛び込んで来た。

 屋内に戦闘の跡が覗えるのである。

 ところどころの壁に刃跡が残り、石化している箇所もある。

 それに部屋の中央。

 そこには、全身を石化した見慣れぬ人間が二人ほどいた。

 間違いなくフィーの仕業だろう。

 そしてそれは、あのフィーがそうせざるを得ない状況だったということでもある。


「アシェイラ!!」


 もう一度屋内で叫ぶ。

 すると、奥の寝室から一人の女性が出て来た。

 アシェイリス内では有名な、ベラルーという人物である。

 彼女は薬草の使い方や傷薬の精製時に、大いにその知識を役立たせてくれた人だ。

 それもあってか、今では国内で医者に近い役割を担っている。

 その彼女がここにいるということは――。


「お帰りなさいませリク様」

「挨拶はいい。アシェイラは無事なのか?」


 ベラルーは少し顔を曇らせたが、だがしっかりと頷いた。


「今は眠っております。もう数日もすれば回復するでしょう」


 その言葉で、俺は安堵からかへたり込んでしまう。

 眠気と疲れが一気に出た感じか。


 そこに、今度はフィーがやってきた。

 力なく、真っ赤な瞳をさらに赤くさせて。

 少女は俺の姿を見つけると、涙でぐしゃぐしゃになりながら胸に飛び込んで来た。


「ごめ……んなさい……ッ! フィーは……フィーには……なんの力もなくて……ッ!!」


 咎める気になどならない。

 人を傷つけることを厭うフィー。

 この少女はそれでも、石化の能力でアシェイラを守ろうとしたのだから。

 だから、俺はその頭を撫でてやった。

 それが引き金になったのか、堰を切ったかのようにフィーは泣きじゃくる。

 だがそれでも。

 まだ伝えなければならないことがある。

 そう言っているかのように、フィーは顔をあげた。


「スーちゃんが……」


 その言葉に、俺はようやく気付いた。

 アシェイラの護衛を任せた、あの頼もしい親友の姿がないことに。

 涙を拭い、一生懸命に伝えようとするフィー。

 それを見ながら俺も心を落ち着かせ、静かに問いかける。


「なにがあったのか教えてくれるか?」



 ……。



 フィーの話。

 そこに、ベラルーの診断結果を合わせるとこうだ。


 数日前。

 アシェイリスに人々が訪れた。

 その胸には四色の紋様。

 以前も訪れていた、リーン四精教の信者達であった。


 なので然したる警戒もせず、アシェイラは彼等を招き入れた。

 フィーによれば、彼等はどこか上の空。

 ボーッとした足取りではあったものの、敵意は感じられなかったそうである。


 それに、その信者達を率いていた代表者。

 その名前に、アシェイラは聞き覚えがあった。

 ラウニス大司教。

 俺をペンディス王に引き合わせ、アシェイリスの民を思って涙したあの男である。


 終始和やかに視察をするリーン四精教。

 しかしアシェイラの家に入ると、その態度は一変した。

 突如取り付かれたかのように、スー子を奪いあったのだ。

 もちろんアシェイラやフィーは、それを止めようとした。

 だがついには短刀などを取り出す信者達。

 そしてその刃が、アシェイラの左肩を掠める。


『毒が塗ってあったのでしょう。命を取るほどではありませんが、数日間は高熱にうなされる類のものです』

 そう補足したのはベラルーである。

 彼女はその毒についても見識があったようで、今は適切な処置を終えて経過を観察しているところだそうだ。


 とにかく王を。

 いや、母と慕うアシェイラを刺され、フィーは激怒した。

 それにスー子も守らなければならない。

 俺に『頼んだぞ』と託された責任感もあったのだろう。

 人を殺すことを厭わず、石化能力で敵を倒そうと試みる。

 しかし善戦及ばず、スー子を抱えてラウニス達は逃げて行ったということだった。


「国民の方々がその行方を追っていますが、良い報告は届いていません」


 ベラルーが告げたのは、アシェイリスの外で出会った彼等のことだろう。

 何があったのかを知り、すぐにスー子捜索に出てくれたらしい。


「アシェイラは本当に大丈夫なんだな?」


 疑うわけではないが再確認だ。

 それに気を悪くした風でもなく、ベラルーは淡々と答える。


「大丈夫です。熱もほとんど下がりましたし、明日明後日には目を覚まします」


 その答えに満足し、俺は立ち上がりざまにラキュアとヴェルティを呼び出した。


「ファリッサはどうだ?」

「大人しくはなったけれど、言うことを聞くかどうかは分からないわねぇ。ペンダントが砕けて解放されたのなら、恐らく当分は……」


 ヴォフォスは魔物達の反乱を副作用だと言っていた。

 それもあるのかもしれない。

 そう考え、ファリッサについてはもうしばらく様子を見ることにした。


「二人は……いや、フィーも入れて三人だな。引き続きアシェイラと国のことを頼む」


 守れなかったという失敗を責めるどころか、再び任せてくれた。

 その喜びと責任感から、フィーの紅い瞳に活力が戻った。


「妹のことはアタシに任せるニャ」


 いつも以上にヴェルティが頼もしく見え、俺は頷きで返す。


「では行って来る」


 ラウニスがいたのならば、向かった先はあの大聖堂だろう。

 なぜ彼がこんな凶行に及んだのか。

 優しげなあの男のイメージにそぐわない行動だが、今そんなことはどうでもいい。


 奴はアシェイリスを襲い、アシェイラを傷つけ、フィーを傷つけ、スー子を攫った。


 それが全てである。

 それだけが全てである。

 それだけで十分である。


 疲れも忘れ、俺は再びケルピーに跨っていた。


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