77話 国を造るということ
謁見を終え王城を後にする俺。
その胸中は、深く沈み込んでいた。
知識のなさ、見聞の狭さを指摘された。
外交の場において、情報がいかに大事なのかを甘くみていた。
見た目も態度もいけすかない国王だったが、ゴーダル王は確かに王だった。
それが、自分達の国造りがまるで児戯だと言われているようで。
だが反論も出来ない己の不甲斐なさに、無性に腹がたった。
くそっ!
トボトボと町中を歩けば、道行く人々の多さに驚く。
なのに隙間なく並べられた石畳には、ゴミ一つ落ちていない。
歩く道、馬車が通る道がきっちり区別されているので、危うげなく道を歩ける。
いたる所に看板があり、広い町だが道に迷うこともない。
そういった細かいことひとつひとつも、国が主導となっているのだろう。
住む場所、食べるもの、仕事。
それを与えただけのアシェイリスとは、まるで発展度が違う。
この国は、国の目指す方向性というものが町並みから見て取れるのだ。
北方領域で、もっとも経済的に発展した国。
それが決してなるようになったわけではなく、なるように願い、なるように努力した結果だと分からされた気がする。
俺は顔をあげた。
塞ぎこんでも仕方ない。
落ち込んでいる場合ではない。
良く見て、良く学び、良く活用しよう。
俺達の国造りは、まだ始まったばかりなのだから。
そうして目をこらせば、この町は商人が多いことに気付いた。
ペンディスのような活気はないが、機械的に淡々と仕事をこなす商人達。
決して流通に優位な立地ではないが、この国は商業で成り立っているのかもしれない。
何気なく覗いた一軒の雑貨屋。
北方連合では統一の通貨である『ビルド』を用いているが、この国の物価は他国に比べて安いように思える。
ということは、仕入れ値が安いのだろうか?
同じ商品をアシェイリスで生産しようとすれば、この値段では赤字になりかねない。
仕入れ値を安くするためには、安く仕入れられるルートの開拓。
それから、一度に大量発注をすることでさらに値切り交渉。
その上で、ライバルとなる他国の売値をリサーチ。
アシェイリスが今後どういった産業を主軸に据えるかはまだ不透明だが、そういった商売の基本。
元は奴隷階級の人間ばかりなのだから、俺達が教えていかなければならなかったのだ。
いや、となれば学ぶ場所が必要か?
教育機関なり、職業訓練所なり。
ふむ。
おぼろげながら、色々見えてきた気がするな。
意識して目を凝らせば、普段とは違うものが見えるものだ。
ならばせっかくだ。
このまま帰るのではなく、他国も見てから帰ろう。
そう思い立ち、俺はイェト国へ立ち寄ることに決めた。
かの国の王にはまだ謁見出来ていないし、真っ直ぐアシェイリスに帰るのと比べて、そこまで遠回りにはならない。
何も問題はないように思えた。
――そう。思えたのだ。
……。
辿り着いたイェト国は、相も変わらず殺伐としていた。
もちろんその道行き。
手鏡でアシェイリスの無事は確認しているし、ゴーダル王との会談内容も伝えている。
ゴーダル王の上からの物言いに、アシェイラは憤りを隠さなかった。
彼女としては、珍しい反応といえるだろう。
しかし思うところもあったようで、最後にはその意気も消沈してしまったようだ。
まだまだ王として未熟。
そう感じたのだろう。
そんな様子を見て、俺は気持ちを新たにする。
いずれはアシェイリスを去る俺。
だがそれまでは彼女を支え、立派な王にしてやらねばなと。
まずは到着早々に、俺はリーン四精教の北方支部へと向かうことにした。
ペンディス王に引き合わせてくれたお礼。
そしてゴーダル王に謁見が叶ったという報告を、ラウニス大司教にしておこうと思ったのである。
町並みから外れて細い小道を進めば、以前と変わらぬ大きな建て構えの聖堂が見えてくる。
その四隅には、四精霊ごとのお堂。
四精霊がことごとく魔人に殺されたと知った今では、それもどこか物悲しく見えた。
だが用事があるのは正面の大聖堂だけである。
内開きの門を開き、俺は聖堂内へと足を踏み入れた。
ラウニスの執務室がある場所は覚えているが、いきなり訊ねるわけにもいくまい。
常識人たる俺はそう考え、手近なところにいた修道女を捕まえることにした。
「すまないが、ラウニス大司教にお会いしたいと伝えてもらえるか?」
振り返った女は田舎娘といった風体だったが、どこかぽわんと上の空である。
お祈りしすぎて魂が抜けているのかもしれない。
「おい? 聞いているか?」
「あ……はい? 懺悔でしょうか?」
ようやく視線が合ったが、やはり抜けている。
この俺に懺悔を求めるとは愚かな。
謝られることはあっても、謝ることなど何もない。
清廉潔白なこの俺に、なんと失礼なことを言うのかこの女は。
キッと視線を強め、俺はもう一度訊ねる。
「ラウニス大司教だ。面会したいのだが取り次いでもらえるか?」
やや間があって、修道女はなんとか俺の言葉を理解したようだ。
『え~と……』と、目を伏せてなにやら思い出す仕草をする。
「大司教様はただいま外出中です。枢機卿様がいらっしゃいますが、現在はお堂に篭られておりますのでお会い出来ません」
枢機卿?
となれば、大司教よりも上の人間である。
そういえばペンディスで、ラウニスはそのことを王に伝えていたな。
あえなく一蹴されてはいたが。
興味がなくはないが、会ったところで話すこともないだろう。
『お前等の信じる四精霊は実在するぞ! ついこの間全滅したがな!』
そうからかったところで、特に面白い結果は得られそうにない。
どのみち今は会えないとのことだし、『邪魔したな』と俺は大聖堂から立ち去ることにした。
次に向かうのは王城である。
ついでにラウニスを連れて来れればスムーズだったのだろうが、問題あるまい。
ゴーダルの王には同盟への加入を勧められている状況だ。
その俺の謁見を無碍に断ったとあれば、今後のイェト国の立場は危うくなる。
まぁ脅迫っぽくてよろしくない手口だが。
「アシェイリスから参りましたリクという者です。王にご挨拶をしたいのですが、謁見をお願いできますでしょうか?」
城門を守る門番にそのように告げると、数分後には玉座の前へと案内されることとなった。
脅し文句を言わずに謁見が叶うことは、今後のイェトとアシェイリスの関係を考えれば重畳である。
まずは王に謝礼を述べ、俺は玉座の前で平伏した。
「大儀である」
それを待っていたかのように、イェト王から労いの声がかけられる。
しかしその声音は、酷く疲れきっているように聞こえた。
非礼を咎められるかもしれないと思ったが、思わず顔を上げる。
そこにはやはり、頬まで痩せこけた疲れた男が座っていたのであった。
「余の顔に何か?」
「……いえ。お疲れのところ、謁見に応じて頂きありがとうございます」
咎められたわけではないが、俺は慌てて言い繕った。
それを見てかイェト王は溜息を吐き出し、薄く自嘲的な笑みを零す。
「疲れているように見えたか。初見の者にまで見破られるとは王として失格であるな」
そりゃ見破られるだろ。
無遠慮な言葉が出掛かるが、なんとか飲み込んだ。
目の下のクマ。痩せこけた頬。薄紫の唇。
いっそ病人と言われたほうが、納得出来るほどなのだから。
だが一度口を開いたイェト王は、膿を吐き出すかのように捲くし立てた。
「疲れておるのは民のほうよ。戦争戦争戦争戦争。その度に我が国は他国の兵に蹂躙され、城の食料庫までも底をつきかけておる。とくにこの前は酷かったな。何を焦ったのか、無理やり兵を掻き集めて打って出た。だが維持するほどの戦力には足りず、結局逃げ帰る始末……。あぁすまぬな。愚痴ばかりになってしまって」
この前のこととは、恐らくポポス攻めのことだろう。
俺がまだロンゴ帝国にいて、スジャルカ攻略戦に参加していた時。
確かに北方連合はポポスを攻め、見事に陥落せしめていた。
もっともイェト王の言うとおり、その後でウォレッド率いるロンゴ軍に取り返されているのだが。
しかし、あの戦をイェト王は無理攻めだと思っていたのか。
俺の視点からだと最良のタイミングだったように思えたのだが。
連合に号令を出したのはゴーダル国だろうから、ゴーダル王の機を見る力が優れていたということか。
……いや。
なにかひっかかるな。
それが何なのかは分からないが、小骨が喉にひっかかっている。
そんな気持ちの悪さが残った。
だが一通り吐き出して楽になったのか。
疲れた顔はそのままだが、イェト王の顔には笑みが浮かんでいた。
「許せ。アシェイリスの大使よ。何も事情を知らぬそなただからこそ、ぶつけてしまったのだ」
だから俺は責める気にはならなかった。
イェト王の言葉に微笑みで返し
「少しでもイェト王のお心が軽くなられたのならば幸いでございます」
と女にしか言わない台詞で応えてやった。
そこで思い出す。
そういえば、イェト国は王子が行方不明だとラウニスは言っていた。
その件はどうなったのだろうか?
謁見に応じるくらいだから、解決済みだとは思うが。
しかしそう聞くわけにもいかず、その前にイェト王から質問が飛んできた。
「そういえばアシェイリスの大使よ。ゴーダル王との謁見はもう終わったのか?」
「はい。つい先日ですが、ゴーダル王に招かれて謁見を許されました」
そう正直に答えると、イェト王の表情が再び曇った。
「そうであるか。では何も言う事はない。イェトは、アシェイリスを歓迎しよう」
……。
それっきり言葉は交わされず、イェト王との謁見は終了した。
そして王城を出て、さてアシェイリスへ戻ろうかと考えた時である。
懐の手鏡に反応があったのは。
「リク様……申し訳ございません……」
聞こえたのは、呻くようなアシェイラの声。
「アシェイラ!? 何があった!!」
俺は慌てて聞き返す。
だがその後何度呼びかけても、彼女の声が返ってくることはなかった。




