76話 同盟の盟主ゴーダル
鎧姿の兵士達とともに、普通の馬に跨りゴーダル国へと向かっている俺。
北方地域の春は南よりも肌寒いが、芽吹いた草花の香りはそのぶん力強い気がした。
色取り取りの花で目を楽しませつつ、草原の中を俺達は駆けて行く。
とはいえ跨るは普通の馬。
ケルピーに比べれば揺れるし、あまり快適とは言えない。
だが相手は北方連合の盟主ゴーダル国である。
あまり強力な魔物をひけらかして警戒されるわけにはいかない。
そんな訳で、ケルピーは隠すことにした。
ちなみに出発はあの会談後すぐだったので、ラキュアやヴェルティを外に出す暇もなかった。
本来ならばアシェイリスの防備のため、どちからだけでも置いておきたかったのだが。
まぁ大樹事件は完全に終息したわけだし、ノーグ大森林にいた怪しい黒装束。
その正体も判明した今となっては、危険がある筈もない。
隠れていたフィーとスー子。
それに自警団の面々もいるし、めったなことにはならないだろう。
懐の手鏡をポンポンと叩きつつ、俺の視線の遥か前方。
すでに訪れた他の四ヶ国よりも、遥かに発展している国。
北方連合同盟の盟主。ゴーダル国が見えてきていた。
……。
絢爛豪華な玉座の間には、金糸で装飾された真紅の絨毯が敷かれていた。
百メートルはありそうなその先には、ニヤニヤと笑みを浮かべる髭面の男がふんぞり返っている。
あれがゴーダル国王、ドムラ・リドバルドであると横の兵士が俺に耳打ちした。
ならば挨拶をと、平伏していた俺は進み出ようとする。
だが脇にズラリと百人はいるであろう兵士達が、その瞬間身を固くしたのが分かった。
その誰もが、歩くのも難しいような重装備。
そして場を包む緊張感。
どうやら俺は、招待されたにも関わらず警戒されているようである。
しかしここからではさすがに遠い。
ただの挨拶を大声で怒鳴るわけにもいくまい。
さてどうしたものかと悩んでいると、王の隣に立つ大男が
「十歩前へ!」
と、その巨躯に見合った大きな声を響かせた。
周りを刺激しないようにゆっくりと立ち上がり、言われた通り十歩程前へと進む。
その間も、兵士達から鋭い眼光を浴びせられていることに気付いた。
少しでもおかしな動きをしたら、その瞬間飛び掛ってくるのだろう。
ちょっと試してみたというイタズラ心が騒ぐが、今は我慢と自分に言い聞かせ立ち止まる。
「ここでよろしいでしょうか?」
俺が出した声は普通の会話程度の音量だ。
これで聞こえないとなると大声を出さねばならず、実に面倒臭い。
というか聞こえ辛いだろ?
もう少しくらい近付いてもいいんじゃないかね?
そう思うのだが、国王は『うむ』と頷いてしまう。
聞こえる聞こえないの前に、俺をこれ以上近づけたくないようである。
そちらから呼びつけておいて、なんだというのかまったく。
「まずは急な呼びたてに応じて頂き、感謝するぞアシェイリスの大使よ」
跪いた俺に、ゴーダル王が心のこもらない謝礼を述べる。
その態度はふてぶてしく、こちらを格下と見下げているのだろう。
不遜というほかなかった。
「北方領域に国を構えるにあたり、本来であればこちらから御伺いすべきところ。
ご挨拶が遅れ、申し訳ございませんでした」
しかし我慢の子である俺。
まずは大使として恥ずかしくない対応をしてやる。
それに気を良くしたのか、ゴーダル王はますます下卑た顔に変わる。
「ほほぅ? 凶悪な魔物共をものともしない者と聞いていたが。なかなかに礼節も弁えているではないか」
「恐れ入ります」
即座に返答はしたが、動揺は悟られなかっただろうか?
よもや俺の力を知っているとは思わなかった。
魔物を倒すところを見ていたということは、大樹に向かう前か?
いや、ひょっとしたらヴォフォスとの戦闘を遠くから見ていた可能性もある。
そうであるならば、俺をこれだけ警戒しているのも頷けるというものだ。
「聞けばお主等。他の国々と国交を持ちたいと回っているそうだな?」
「その通りにございます」
それも知っているのか。
ゴーダル国を嫌っていそうなボフィカル王やペンディス王。
彼等が積極的に情報をもたらしているとは思えない。
各国に情報網を敷いているのだろう。
「ならばその目的は、北方連合同盟へ加入したいということで良いのだな?」
良いのだなという断定的な問いかけだが、そういうわけではない。
ただアシェイリスを、独立国家として認知してもらいたいだけである。
しかしこの問いを否定で返せば、それは敵対意志があるとみなされるだろう。
それに戦力に乏しいアシェイリス。
連合同盟に加入しておくことは、北方地域で潰されない為には必要なことでもある。
あるのだが……。
「いずれはそう考えております。ですが、まだ建国したばかりの弱小国。まずは他の国々にお認め頂ければと思っております」
保留した。
どうにも北方連合はきな臭い。
今は態度を保留し、どう転ぶか見極めるべき。
それが俺とアシェイラの出した結論なのだ。
だがニヤニヤとしていたゴーダル王。
その眼光が鋭くなっていることに、ようやく俺は気付いた。
「ペンディス辺りにでも何か吹き込まれたか?」
思わずギクリとしそうになり、なんとか耐える。
「やめておくが良い。ペンディスとルッコの同盟は成らん。今ペンディスについたとて、潰されるのがオチだぞ?」
ゴーダルの目は北方領域を余さず見ているのだ。
そのことに戦慄するとともに、しかし疑問も浮かぶ。
そこまで知っていながら、なぜペンディスを放置しているのか。
そして、なぜ俺にそれを打ち明け、引き入れようとしているのかだ。
いずれにせよ、とにかく慎重に。
何も知らないフリをして、この場はやりすごそう。
そう決めて、俺は当たり障りのない言葉を選ぶ。
「周りの国々へは、まだご挨拶程度です。込み入った話はなにも――」
「傷薬」
ギクリと、今度は抑え切れなかった。
「ボフィカルと傷薬の契約を結んだのだろう? それは込み入った話ではないのか?」
とぼける?
無理だな。
ゴーダル王は、確信をもってこの話を持ち出している。
何もかも見通されているような不気味さ。
いったいどれほどの情報網を持っているというのか。
俺が答えに窮していると、ゴーダル王の眼光が和らいだ。
そして、またニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる。
完全に風上に立った。
そう確信しているのだろう。
「あれは実に質の良いものだな。我が国ならば一本3000ビルドは出すぞ? それでも市場価値の半値だろう」
なんだと!?
ボフィカル王の奴!
孫を甘やかしているような態度で、実はぼったくっていやがったのか!
脳裏にペロッと舌を出す好々爺の顔が浮かんだ。
「分かったであろう? お主等は国も人も若すぎるのだ。なればこそ、今は大国の庇護下に入るべきではないか? そして成長を続ければ、いずれ巣立つ日もあろう。我が国は。いや、私はそれを心より応援するぞ?」
分かっている。
これは懐柔策だ。
こちらの甘さを指摘し、その上でゴーダルの下につけば守護ってやるぞと言っているのだ。
実際にあの傷薬が、一般市場でそれだけの価値があるか分からない。
だが分からないということこそが、最もしてはならないことだったのだ。
苦汁を舐めさせられ、後悔に歪んでいるであろう俺の顔。
それを無視してゴーダル王は話を続ける。
「近く。北方連合同盟にて、首脳会談が行われる」
声音は柔らかい。
しかしその目は、反抗を許さない。
ゴーダルに従えと、そう言っているように見えた。
「そこでアシェイリスを正式に国として認めよう。とともに、北方連合同盟への加入とする」
言い終えると、ゴーダル王は手を振った。
話は終わりだ。
そういうことなのだろう。
ゴーダルの力を見せ付けられ、自分の甘さを突きつけられ。
力なく立ち上がった俺に、再度ゴーダル王が声をかけてきた。
「時にアシェイリスの大使よ。あの森で、誰か人を見たことはないか?」
人?
黒装束の男達のことだろうか?
いや、違うだろう。
俺が黒装束達と接触したことは、すでに知っていると見て間違いないのだ。
「いえ。そのような報告は入っておりません」
その答えにゴーダル王はしばし訝しんだ視線を向ける。
だがやがて納得したように息を吐き出し、今度こそ下がれと手を振った。




