72話 魔人族はお約束を知らないらしい
やはりコイツは崩落する洞窟から生き延びていたか。
そんなことだろうとは思っていたので、特に驚きはない。
それにたかだか下級魔人族。
後ろの糸目達には動揺が見られるが、今の俺にとって敵ではないだろう。
「俺がやる。お前等はそこで精霊を守ってろ」
そう言って前へ出る。
精霊を守ってやる義理はないが、話が本当ならこの精霊が死ぬと面倒なことになる。
ノルディーのような上級魔人。
あんなのが大量に地上に出てくれば、さすがの俺とて打つ手がないのだから。
それに素晴らしいご褒美も待っていることだしな。
さっさと片付けるか。
いつものように煩悩を漲らせ、拳を握り締める俺。
だが、驚きで動きが止まってしまった。
ヴォフォスの首。
そこに、見慣れたデザインのペンダントがかけられているのだ。
「おい。それは――」
なんだと言いかけて、奴の動きに言葉が詰まる。
ペンダントを掲げたのだ。
普段俺がやっているように……。
「出てこい」
くそっ!
やっぱりかっ!
まさか他にもあったとは!
言いなれた台詞をヴォフォスが吐き出したと同時、広間の中に魔物が出現した。
数は二匹と少ない。
しかし――。
「ド……ドラゴンだとッ!?」
後ろで誰かが驚愕の声をあげた。
それもその筈。
もう古い文献でしか名前を聞かないような、魔物の王。
ドラゴンがそこにいたのだ。
「グルォォォォォッ!!」
俺も見るのは初めてである。
文献のそれよりは小さいので、まだ子供なのかもしれない。
だがそれでも広間の半分を埋める巨体。
圧倒的な威圧感。
真っ黒い鱗は、魔法すらも跳ね返すと言われている。
さらにもう一匹。
こちらは――。
「いい加減解放しなさいよっ! こんなところまで連れて来て!」
モン娘だった。
両腕の代わりに真っ白い翼。
足も鳥足になっていることから、ハーピー系だろうか?
勝気そうな瞳と活発そうなショートカット。
だが胸はたわわに実っている。
「戦え。そうすれば解放してやる」
解放しろと喚く姿は、いつぞやのヴェルティを思い出させる。
ということは、やはりあのペンダントは俺の持つ物と同じ性能なのだろう。
ならば――。
「ちっ。指輪もつけてやがる」
思わず声に出ていた。
それに魔人族の男が反応し、ゆっくりとこちらを向いた。
「不本意だがな。ピュルシもやられたとあっては仕方ない」
自分より格上の中級魔人が殺されたので、警戒して強化を図ったということか。
他にまだ魔物を隠し持っているのかは不明だが、少なくともドラゴンとモン娘。
その半分の力を得ているヴォフォスは、侮れない相手かもしれん。
「俺が魔人の相手をしてやる。お前等はドラゴンとモン娘をなんとかしろ」
戦力的に考えればそれが最善だろう。
そう思って指示してやったが、三馬鹿はなにやら相談中である。
「なにを偉そうにッ!」
「ドラゴン相手に怖気づいたかッ!」
「モン娘まで同時にだとッ! どっちかだけにしろッ!」
面倒な奴等である。
「ドラゴンだけならなんとかしましょう。ですがモン娘までは手が回りません」
「そっちはヴェルティに任せる。いけるか?」
「当たり前ニャ!」
どうやら糸目は冷静に戦力を分析していたらしい。
ドラゴンといえど子供。
それに、今は指輪で本来の半分しか力がない筈なのだ。
そのことに気付いたのだろう。
なんとかやれそうだと、糸目の僧侶は判断したようである。
「みなさん頑張りましょう。
英雄と言えばドラゴン退治。ドラゴンを倒す者達と言えば、勇者パーティーです」
「確かにッ!」
「そのとおりだッ!」
さすが糸目。
あいつ等を操る術を心得ているようだ。
すっかりやる気になった三馬鹿は、目を輝かせながらドラゴンと対峙している。
ヴェルティも向こうのモン娘に相対したようだ。
爪を伸ばし、やや浮いているハーピーに狙いを定めている。
「はぁ……。もう面倒臭っ! さっさと終わらせて羽を休めたいわっ!」
敵のモン娘にやる気はあまり感じられないが、ペンダントには逆らえないのだろう。
渋々ではあるが、ヴェルティと戦う決意をしたようだ。
「あ、そうだヴェルティ。殺すなよ?」
忘れるところであった。
ドラゴンを相手にする三馬鹿に、それを殺さないようにする余裕はないかもしれない。
だがヴェルティならやれる筈だ。
確実にその鳥胸は俺のものにしておきたい。
「ご主人……。アタシの心配よりご奉仕部の勧誘なのニャ……」
ジトッとした猫目で咎めてきよる。
ぐぬぬ……。
しかし大事なことである。
俺が強くなるためにも、大事なことである!!
なので譲れない!
「期待してるぞ」
「はぁ……。分かったニャ。なんとかやってみるニャ」
よし。
首尾よくハーピー娘を捕らえられたら、今夜はヴェルティをたっぷり可愛がってやろう。
そのためにもまずコイツ。
俺は魔人族の男に向き直った。
「さて。俺らも始めるか」
と言ったはいいものの、そこにヴォフォスはいなかった。
おや?
「ぐあぁッ!」
「大丈夫かッ! おい破壊王ッ! 話が違うぞッ!!」
見れば、魔人は俺を無視して三馬鹿に襲い掛かっている。
なんと空気の読めない変態なのだろうか。
普通こういう時は俺と戦うもんだろうが!
「んの野郎ッ!」
これは教育が必要である。
すぐさま駆け寄り、三馬鹿の援護にまわる。
「お前の相手は俺だッ!」
そしてヴォフォスを間合いに捕らえるや否や。
怒りと共に思いっきり蹴り飛ばしてやった。
「ぐッ!」
ギリギリで奴の両腕が青く発光し、その体を守りきる。
だが勢いまでは殺せない。
吹き飛び大樹の内壁に叩きつけられると、そのまま壁を破って落下していった。
「俺は奴を追う! お前等ちゃんとやっとけよ!」
迷うことなく俺も外へ飛び出す。
奴は野放しに出来ない。
万が一このまま逃走を許してしまえば、次回はもっと強力な魔物を多数従えてくるだろう。
そうなれば、下手をすると上級魔人以上の強敵に成りかねないのだ。
「うおっ」
うむ。忘れていた。
ここは大樹の上。
とてつもなく高い、大樹の上だった。
だが飛び出してしまった後ではもう遅い。
俺の体が自由落下を始めている。
「やべぇ!」
遥か彼方だった地上がみるみる近付いてくる。
いかに俺といえど、このまま地表に叩きつけられて無事だとは思えない。
「淫魔! 雷鳥! あとなんかいたかッ!?」
とにかく飛行能力のある魔物をありったけ呼び出す。
そして俺の身体を支えさせようとするが、到底足りない。
これは本気でヤバイのでは?
てかヤバイぞ!!
近付く地表と比例して、危機感も大きくなってきた。
耐えられるか!?
思わず目を瞑る。
――と、急に重力が消えた。
「お、重いです……」
何が起こったか分からず見上げれば、糸目面が目に入った。
「僧侶さま!!」
「現金な人ですね……それより重いです」
俺を追いかけて来た糸目面は、俺を捕まえ浮遊していた。
だが強化魔法は使っていないのか、重さに喘いでいる。
「男だろ! 頑張れ!」
今だけは全力応援である。
せめてもう少し。
ここで力尽きられたら、大ダメージは避けられない。
「男……ではないです……」
「はぁっ!?」
いや待て。
確かにコイツは自分を男だとは言っていない。
ダボッとした僧衣なので胸があるかどうかも分からないし……。
むにゅ。
「お。マジだ」
「ひゃっ!?」
驚きで手を離した僧侶。
その胸の感触を確かめながら、俺は再び自由落下していた。
死因は胸を揉んだことによる墜落死か。
実に俺らしい。
さすがである。
――ではないッ!
「僧侶! 早く!」
……。
その後ギリギリで僧侶の女は間に合った。
再度俺を抱え上げ、ゆっくりと地表へと下降していく。
そして、無事に大地へと降り立った俺の眼前にはヴォフォス。
待っていてくれた……というわけではないな。
奴とてあの高所から落ちて、無傷ではなかったのだろう。
どうやら回復魔法で治療中のようだ。
それも今、終わったようだが。
「しぶといじゃねぇか」
ギロリと睨まれる。
「忌々しい人間め」
言いながら、奴はまたペンダントを掲げた。




