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70話 大樹の中

 ノーグ大森林に突如そびえ立った巨木。

 それは、アシェイリスから南へ一時間ほどの位置にあった。

 途中何匹もの魔物に出会うが、こちらには見向きもせず同じ方角へと進んでいく。

 どうやら魔物があの大樹へと集まっているのは間違いなさそうである。


 となれば大樹の根元に到着した時、大量の魔物がそこにいる。

 そう考えるのは自然であるし、そうでなければおかしいのだ。


 よって、この状況はおかしい。


「魔物達はどこに行ったんだよ」

「アタシが知るわけないニャ」


 そう。

 大樹の根元には、魔物が一匹もいなかったのである。

 そうなると、この樹は魔物の行く先と関係がなかった。

 そんな結論になりかけるが、しかしそれも不自然である。


「ご主人」


 と、近付いてくる魔物の気配をヴェルティが察知した。

 すぐに爪を伸ばし、臨戦態勢になる猫。

 その肩を掴み、俺は待てをかける。


「隠れて様子を覗うぞ。それで他の魔物がどうなったか分かるかもしれない」

「ニャるほど」


 そして俺達は、そっと茂みに身を伏せた。


 しばらくしてそこにやってきたのは、獅子の顔と蛇の尾。

 それから蝙蝠の翼を背中に生やしたキマイラという魔物であった。


 ノーグ大森林には比較的凶暴な魔物が多いが、ここまでの奴は見かけない。

 数ある魔物の中でも、上位に食い込む危険な魔物なのだ。


「アイツ従者にしてぇな……」


 思わず本音が漏れる。

 キマイラはそれだけ希少で強い。

 だが隣のヴェルティが袖を掴んだ。


「我慢ニャ」


 そうだな。

 俺としたことが本来の目的を見失うとは。

 しかも、それをヴェルティに諌められるとは。

 恥ずかしい限りだ。


「アレとアタシをトレードとか考えちゃ駄目ニャ。

 アイツに夜のご奉仕は務まらないし、アタシの方が色々役立つ筈ニャ」


 んん?

 よく分からん心配をしているようだな。

 というか魔物枠にはたっぷり余裕があるし、アレを従者にしたところでヴェルティを放出など考えてないのだが?


 とは思ったが、やけに真剣なヴェルティの目が冗談を言っているようには見えない。

 ふむ。

 アシェイラもそうだが、俺の回りには鈍感系女子しかいないのか?


 ……いや、まぁあれか。

 普段のヴェルティに対する俺の扱い。

 それを考えれば、不安にもなるのか?


 ……仕方ない奴だ。


「お前は一生俺のものだ。逃げたくても逃がさないから安心しろ」


 ちょっと違う気もするが、大体意味は同じだろ。

 と、伝わったか確認しようとヴェルティを見やると、珍しく猫の少女は俯いていた。

 そしてモジモジと太ももを擦り合わせている。


 なんだ? おしっこか?

 そう思ったが、どうやら違うようである。

 再び顔を上げ、俺を見上げたヴェルティの瞳は情欲に濡れていた。


「ご主人……きちゃったニャ……」

「なにがだよ」

「発情期」


 それは困る。

 今はそれどころではない。

 というか、今じゃない時にきてくれよ!


 だがそろりそろりと距離を詰めてくるヴェルティ。

 脳みそと胸が著しく足りないが、黙っていれば美少女なのだこの猫は。

 そんな少女に迫られて、突き放せるほど俺は大人しくはない。


 ――ないが。

 ここはマイサンを殴りつけてでも我慢である。

 性欲などに振り回される男ではない。

 むしろ性欲を振り回す男なのだ俺は。

 意味は分からないがさすがである。


「今は我慢しろ。

 アレがなんなのか調べてからなら……ってキマイラどこ行った!?」


 俺が性欲と戦っている間に、気付けばキマイラは消えていた。

 まだ顔を紅潮させ息の荒くなっているヴェルティ。

 その額にデコピンを食らわせ、すぐにキマイラを探させる。


 くそっ!

 俺としたことがなんたる失態っ!


 しかし、発情中だからか。

 いつもより鋭敏になっているヴェルティの感覚が、キマイラの行方を察知したようだ。


「ここっぽいニャ」


 そして指差したのは大樹の幹。

 太さはどのくらいあるだろう?

 端から端まで二十メートル近くはあるんじゃないか?

 それほどの太さである。


 だが幹自体はなんの変哲もない筈だ。

 見たところ表皮は普通の樹皮だし、隙間などもないように見える。

 しかしそれでもヴェルティは意見を変えない。

 ここだと、そう指を差し続けるのである。


「信じて欲しいニャ」

「当たり前だろ」


 言いながら、俺はヴェルティが指し示した箇所に触れる。

 いや、触れることは出来なかった。

 手が幹をすり抜けたのだ。


「なんだこれは……」


 試しに今度は体ごと幹に預ける。

 するとやはり身体は幹をすり抜け、大樹の内部へと俺は躍り出た。


「ご主人!?」


 突然目の前からいなくなり焦ったのか。

 ヴェルティが慌てて俺を追いかけてきた。


「こんな仕掛けがあるとはな……。

 よくやったぞヴェルティ」


 そう褒めようと手を伸ばしたが、ヴェルティはビクリと震えて手を避ける。

 あ?


「今は駄目ニャ。押さえてるけど、触られたらまた発情するニャ」


 あー、なるほど。そういうことか。

 発情期とは厄介なものなんだな。

 ったく、なぜ急にそんなことになってしまったのか。


 まぁ自分ではどうしようもないようだから、極力触れないようにしよう。

 今夜にでも発散させてやれば、落ち着くだろうしな。


 それよりも今はここだ。

 大樹の中。

 ところどころから日の光を取り込んでいるのか、意外と明るい。

 そして、思ったよりも中は広い。


「上へ行けそうニャ」


 ヴェルティの言う通り、おあつらえ向きに幹の内周がスロープ状になっている。

 今見えるところに魔物がいないことから、奴等もこのスロープを伝って上へと向かったのだろう。


「じゃあ行ってみるか」

「ぴぎぃ!」


 頭の上で、スー子が元気の良い返事を返した。

 それに満足しスロープを登りながら、俺は大樹の外観を思い出していた。

 遥か遠くからでもとんでもなく高いと感じたこの大樹。

 いったいどこまで登るのだろうか。


 そして五分。十分と登り続けていると、だんだん魔物の死骸が現れ始める。

 そのどれもが、体中を鋭利な刃物で切られたようになっていた。


 既視感。

 強烈な既視感がある。


「まさかここは……」


 ソボ火山。

 そしてベフェリト砂漠の地下。


 それを思い出させるように、魔物の死骸はどんどんと数を増していく。

 だが、いつもとは決定的に違うこと。

 どちらの時も直前にドロリとした空気を感じたが、今回はそれがない。


 当初、あれは魔人族が近くにいるからだと俺は思っていた。

 しかしノルディーの存在でそれは否定されている。

 あの魔人が現れた時、俺はそのような感覚に捕らわれてはいないのだ。


 ではあれはなんだったのか?

 それはまだ不明だが、ひとつ言えることがある。


 俺は、今回魔人族より先んじることが出来たということだ。

 これで奴等の目的ははっきりするだろう。

 あわよくばここで魔人族を迎え撃ち、ノルディーの居場所を聞き出すことも出来るかもしれない。


 ……ノルディー本人が来てしまった場合?

 思いっきり顔面を殴りつけて、そのまま逃走だな。


 ノーグ大森林などでコツコツ魔物を集めてはいるが、まだ足りない。

 アイツの強さは対峙した時に嫌というほど分からされた。

 今の俺では届いていないのだ。


 そんなことを考えながら魔物の死骸を踏み越えていると、不意に開けた場所に出た。

 まぁ予想通りである。


 ソボ火山でもベフェリト砂漠でも、終着はこのように開けた空間だったのだから。

 そして、やはりというべきか中央には祭壇らしきものが見える。


 違うのは、当然アレだ。

 いつもなら死んでいる者。

 それが生きて俺の前にいた。


「魔物の次はお主が相手か?」


 風になびく美しい白髪に、透き通るような肌。

 ほっそりした体には少し大きすぎる気がする二つの柔山。

 少女のような淑女のような。

 不思議な顔立ちである。


 だが、やはり彼女は人間ではないのだろう。

 額にも目があるし、肘から先には羽の様なものがヒラヒラと風にそよいでいる。

 よく見れば、頭部には小さく角も生えているではないか。


 だが美人だ。

 しかもばいんばいんだ。

 ならば俺が返すべき台詞は決まっている。


「ベッドの上ならお相手しよう」


 俺に向いていた敵意が霧散した。

 ふっ。

 落ちたな?


 だが、そんな俺と彼女を引き裂くように、口々に叫びだした者達がいる。


「なにをッ!」

「なんと破廉恥なッ!!」

「許せんッ!!!」


 この大広間に辿り着いた時、すでに視界には入っていた。

 しかし面倒なので見えないフリをしてやっていたのだ。

 空気を読んで、いなかったことにしろよ……。


「そういうわけにもいきません」


 糸目の男と愉快な仲間達が、俺と彼女の間に割り込んだ。


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