69話 異変の原因
明らかな異常事態だが、まずはアシェイリスに異変がないか確認するのが先だ。
大樹を横目に、俺は森の中をケルピーで走り抜けることにした。
だが途中途中で魔物に襲われる。
いや、元々ノーグ大森林には魔物が多い。
なので不思議なことではないのだが、普段よりも目に見えて数が多いのである。
胸騒ぎがする。
何か良く無いことが起こっている。
そんな不安を胸に、俺はアシェイリスへと急いだ。
……。
いつもの『自由国家アシェイリス 入り口』という看板が見える頃、俺の耳に喧騒が届いてきた。
人々はバタバタと慌しく、見ればバリケードのようなものまで敷かれている。
「リクお兄ちゃんっ!」
その中で一人。
いつぞやの岩壁好きな少女ファニスが、俺の姿を認めて声を掛けてくる。
「どうした!? これは何の騒ぎだ」
「急にたくさん魔物が襲ってきて――」
「魔物が!?」
言われて気付いたが、確かにあちらこちらに魔物の死骸が多く転がっている。
と、森の茂みからまた一匹。
トゥレントという木の魔物が襲い掛かってきた。
「下がってろ」
咄嗟にファニスを後ろに追いやり、俺はトゥレントと対峙する。
根を器用に動かして歩き、枝をツタのように振り回す魔物。
大人ほどの背丈があり、動くたびにガサガサと枝葉が音を立てている。
奴は想像していたよりも俊敏だった。
俺の射程に入るや否や、枝をしならせ打ち付けてくる。
だが、トゥレントの枝が俺の元に届くことはなかった。
突如横から現れた猫が、木の魔物を鋭い爪で寸断したのだ。
「ご主人遅いニャ」
どうやらヴェルティは、しっかりと警護の役目をこなしていたようである。
遥か向こうでは、ラキュアのツタが暴れている姿も確認出来た。
ならばここは大丈夫だろう。
「ヴェルティ任せる。アシェイラは家の中か?」
一応確認しつつ走り出そうとしたが、それをヴェルティは引き止めた。
「アシェイラも外で戦ってるニャ。たぶん南の入り口」
王が前線に出ているだと!?
……まぁアシェイラならそうなるか。
「まったく困った女王様だな」
俺は呆れつつこの場をヴェルティに任せ、南へと進路を変えた。
……。
アシェイリス南の入り口は、他に比べれば比較的静かであった。
だがやはりこちらにも魔物がいる。
この辺りでは珍しい鳥型の魔物、アイスバードだった。
氷を吐き出す中型の鳥に対峙し、懸命に剣を振うアシェイラの姿が目に映る。
「ていっ!!」
鈍い。
当たらぬということはないが、切るというよりあれでは押すだ。
隣にいるフィーの方が、よっぽど戦いになっているではないか。
実に残念な剣士である。
「何をしているアシェイラ」
その後ろ姿に声をかけると、アシェイラは額の汗を拭いつつ振り返った。
黒いポニーテールが風に揺らめく。
「リク様! お早いお帰りで」
「そんなことはいい。これはどうなっているんだ?」
ちょうど今見えている最後の一匹をフィーが石化し、アシェイラは剣を鞘に収めた。
そして遠目に国内の様子を眺め、大丈夫そうだと確認し一息入れる。
「私達にも何がなんだか……。
ただ、あれと無関係ではないと思います」
言いながらアシェイラが鋭い眼差しを向けたのは、俺も森の外から確認したあの大樹である。
ここからでもその威容は見て取れた。
「あの木がある南側。つまりここですが、こちらはあまり魔物の襲撃を受けていません」
ヴェルティが守っていた東の入り口に比べれば、転がっている魔物の死骸は大分少ない。
それはアシェイラが倒しきれなかったということではなく、そもそも襲ってきた数が少ないかららしい。
「……何か今、失礼なことを考えませんでしたか?
――コホン。まぁいいです。
とにかく、こちらにはあまり魔物が来ないのですが、その理由は恐らく魔物の進行方向と関係があるのだと思います」
魔物の進行方向?
ということは、魔物はこの国を襲っているのではなく、通りすがりにこの国があったということか?
いや待て。
となると、魔物達は一つの意志を持ってどこかへ向かっていることになる。
いや、どこかではない。
ここまで来れば明白だ。
「魔物は大樹に向かっている?」
「もしくは引き寄せられている……ですね」
もう一度大樹を見やる。
ここからでは分からないが、今あの根元には無数の魔物が群がっているのかもしれない。
「どうしますか?」
「アシェイリスは大丈夫なのか?」
「はい。もう勢いも衰えてきてますし、なんとかなるかと」
とはいえ、不足の事態には備えなければならないだろう。
まだ何が起きているのか把握出来ていないのだ。
それはつまり、今後何が起きても不思議ではないということと同義なのだから。
「ヴェルティとラキュアには引き続き国を守らせておけ」
「リク様は?」
当然のように俺は顎で指し示す。
全ての元凶と思われる、あの大樹を。
「危険です」
「俺は最強の――」
「それでもっ! ……すいません。
でも、それでも危険すぎます。せめてヴェルティ様かラキュア様のどちらかだけでもお連れ下さい」
いつになく真剣な瞳でアシェイラが言う。
この目はあれだ。
頑固モードが発動した時の目だ。
最近は柔らかくなったと思っていたが、根っ子の部分は変わらないらしい。
カチカチになった心をほぐすように、俺はその胸を一揉みしてやる。
「な……っ!」
おや?
急に両手で隠すなど、今までになかった反応だ。
まぁ恥じらいがあるほうが、こちらとしても楽しいから良いが。
「では対複数が得意なラキュアを残し、ヴェルティは連れていく。それでいいな?」
顔を赤らめたアシェイラが、それにコクリと頷いた。
いったいどうしたというのか。
胸など今まで散々揉みしだいて来たというのに。
まぁいい。
「その代わりお前は家の中にいろよ?
王が前線に出るのは構わないが、それはもう少し強くなってからにしてくれ」
「なッ!」
今度は別の意味で顔を赤らめる。
が、アシェイラとて自分の実力を知らないわけではない。
渋々といった風であるが、それも了承した。
「フィー。アシェイラを頼むぞ」
「はい!」
これで後顧の憂いはない。
あとはあの大樹へと向かうだけである。
「ヴェルティ、ハウス」
そっと口ずさむと、遥か向こうから凄い勢いで猫が突進してきた。
そして、俺の前でズガガッと地面を削ってようやく止まる。
「来たニャ」
「ぴぎぃ!」
見ればヴェルティの頭にはスー子が乗っていた。
あぁ、アシェイラとフィーまで出陣してしまって、面倒を見てくれる奴がいなかったのか。
スー子はぴょんと、俺の頭の上へと飛び移る。
「なんだ? お前も一緒に行きたいのか?」
「ぴぎぃ!」
そういえば最近スー子は留守番ばかりだものな。
寂しかったのかもしれん。
愛い奴め。
それに、ヴェルティとスー子。そして俺。
ラキュアと戦う前の初期パーティーである。
「それも悪くないな」
言いながら、俺はケルピーを呼び出した。
それに跨り、アシェイラに出発を告げる。
「行ってくる」
「リク様。お気をつけて」
祈るような声音に、心配するなとサムズアップ。
そして漆黒の馬は、あの大樹へと向かって走り出した。




