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68話 この木なんの木

 スー子にたっぷり癒され寝息を立てていた俺は、なぜかフィーに起こされることになった。


「ご主人様! 起きてください!」


 薄っすら目を開けると、まだ外は暗い。

 寝ぼけ眼のまま考える。


 薄っすらとした胸はまだ幼い。

 だが、こんな夜中に男の寝所を訪れる理由など他にはないだろう。

 さては夜這いだな?

 まだフィーには早いが、しかしモン娘は早熟なの――。


「早く起きてください! お願いです!」


 どうやらふざけている場合ではなかったらしい。

 俺はガバッと起き上がり、すぐに何があったか問いただした。


「ヴェル姉さんが、誰かが近付いてるって飛び出して行きました!」


 なんだと?

 ひょっとしたらあの黒装束の一団か?


「方角は分かるか?」

「南西です」


 迷うことなくフィーは南西を指差したので、俺はすぐさまラキュアを呼び出した。


「ラキュア索敵!」

「はぁい」


 スルスルと、彼女のツタが南西へ向かって生え伸びる。

 それを見ながら、俺はフィーにもう一度状況を確認した。


「お母さんにはまだ伝えてないです。

 まずはご主人様にとフィーは考えたので」

「分かった。

 これからラキュアと共に俺はヴェルティを追う。

 フィーはこのことをアシェイラに伝え、ついでに自警団を叩き起こしてくれ」

「はい!」


 と、丁度良いタイミングでラキュアの索敵が終わったようだ。


「見つけたわぁ」


 俺はそれに頷き、外に飛び出すとケルピーを呼び出した。

 その背にラキュアと共に跨り、フィーにもう一度「頼んだぞ」と声を掛けてから鞭を入れる。

 漆黒の闇の中を、なお暗い体躯の馬が駆け出した。


 ……。


 それからほどなく。

 俺達はヴェルティを発見したが、猫の表情は暗かった。


「見失ったニャ」


 その報告に俺は顔を歪める。

 だがヴェルティに対して怒っているわけではない。

 気配に敏感で、かつ夜目の利くヴェルティ。

 その追跡を逃れることが出来たことに、ただならぬ不安を覚えたのだ。


 ……。


「それは不気味ですね」


 しかたなくアシェイリスに戻った俺は、そのことをアシェイラに話す。

 彼女も同様の感想を抱いたようで、不安が表情に表れていた。

 元気づけようと、フィーがアシェイラの袖を掴む。

 その頭を撫でながら、彼女は声を潜めた。


「狙われているのでしょうか?」


 正直分からない。

 なぜ? 誰に? 何の目的で?

 不穏な影は付きまとうが、影は影。

 その姿は、未だ闇の中である。


「とりあえず警備体制を強化しよう。

 見張り役にヴェルティ。警護役にラキュアもつける」

「それではリク様を守る者がいなくなってしまいます」


 ずいっと体を乗り出し、真剣な瞳を向けるアシェイラ。

 それに不敵な笑みを返し、俺は言う。


「俺を誰だと思っている?」

「ですが……」


 なぜ納得せん。

 尚も不安に揺れる瞳に、俺は頭を掻いた。


「あのなアシェイラ。俺の目的はなんだ?」


 唐突な質問に、彼女は我に返って考え込んだ。

 俺の目的。

 それは今も昔も変わってはいない。


「イスリア大将軍を倒すこと。それからグジャ国、ロンゴ国の打倒でしょうか?」

「その通りだ」


 その他にも、可憐なイスリアを我が物とするという目的があるが、それは今言うべきことじゃない。


「その俺が、なぜアシェイリスで薬草を揉んだり諸国を回っているのだと思う?」

「それは……リク様がお優しいから。

 奴隷だった皆に安住を与えるため、粉骨砕身して下さっているのです」

「馬鹿か貴様は」


 え? とアシェイラの顔が呆けた。

 照れ隠しなどではなく、本当にそれだけだと思っていたのか?

 なんという鈍感。

 この俺に好意を向けられ、それに気付かないとは大罪だぞ。

 どうでも良いと思ってる女なら、とっくに抱き捨てているのだから。


 だが彼女の境遇を考えれば仕方ないのかもしれない。

 自分の感情を押し殺し、言われるがままに進んできたと、あの演説でアシェイラは言っていた。

 そこに、そういった感情を持つ余裕などなかったのだろう。


 仕方ない。

 俺はグイッと顔を近付け、その耳元に囁いてやる。


「お前を守る為だ。

 お前と、お前の願いを実現する為の国。それを守るために俺はここにいる」


 言い終え顔を離すと、耳まで真っ赤に染めてアシェイラは固まっていた。

 視線だけがキョロキョロと泳ぎ、たまに口から「あ……え……」と空気のような音が漏れている。

 彼女の隣にはフィーもいるが、そちらも同様に顔が紅潮し固まっていた。

 中睦まじいことだ。


「まぁそういう訳だ。なので守りは俺よりもお前を優先する。

 そもそも俺は一人でも最強なのだしな!」


 言いながら立ち上がり、俺はアシェイラ邸を後にした。

 明日の朝まであのままということはあるまいな?

 そんな不安が過ぎるが、疲れていた身体は吸い込まれるようにベッドへと沈んでいった。


 ……。


 翌日。

 俺は予定を変えず、一人ルッコ国へ向かうことにする。

 だが今回は昨夜話した通り、ラキュアも置いていく。

 モン娘が三人。

 その警備体制を破ってまで、襲えるものなどそうはいないだろう。


「ですが、狙われているのが私だけとは限りません。

 リク様も、どうかお気をつけて」


 石化は解けたようで、彼女はいつも通りの姿に戻っていた。

 だがまだ不安に揺れる瞳で、アシェイラが俺を送り出す。


「俺を誰だと思っている?」


 なので昨夜と同じ言葉を言ってやる。

 今度はちゃんと納得したようで、アシェイラの顔に若干笑顔が戻ったようだ。

 良かった。

 アシェイラを元気づけるため、あえて陽気に振舞った甲斐もあるというものだ。


 ――嘘である。


 いや、アシェイラを心配しているのは本当だ。

 元気付けてやりたいと思ったのも本当だ。

 だが陽気な声が出たのは、実際俺の心が浮ついているからに他ならない。


 これから向かうのはルッコ国。

 ペンディスで脳裏に焼き付けた言葉が思い出されるではないか。


『ルッコの美姫リュシィ』


 そりゃ会いたいだろ?

 そんなことを言われて、俺の男が疼かないはずがないのである。


「……リク様。なにか浮ついてませんか?」

「なにがだ? 何も浮ついてなどいないぞ?

 これはひとえにお前を元気付けたくて振舞ってるだけだぞ?」


 ふぅ。危ない。

 いや、やましいことなどない筈だが、なんだか見破られたようで焦ってしまった。

 それに、アシェイラの目がジトッとしている気もする。


 ――よし!


「行って来る!」

「あっ!」


 俺は脱兎のごとく逃げ出した。

 逃げるが勝ちという奴である。

 いかなる場合も勝利に貪欲な俺。

 さすがである。


 まぁそんなこんなで出発は急になってしまったが、予定通りに俺はルッコを目指した。

 場所はノーグ大森林から北東。

 海に面した国である。


 距離としてはケルピーで片道一週間程度だろうか。

 あの村を旅立って以来、初めて話し相手のいない旅路だ。

 そのことに、少し。

 いや、かなりの寂しさを覚える。


 もう隣に誰かいるのが当たり前になっていたのだな。

 ちょっとセンチメンタルな気分に浸りつつ、俺はルッコ国へと急いだ。


 ……。


 ――結論から言おう。

 ルッコ国では、何も得るものがなかった。


 畜産で成り立つルッコ国。

 家畜の臭いに鼻を摘まみながら王城を目指したが、謁見は許されなかった。

 やはりラウニスか、もしくはペンディス王の書状でも持って行くべきだったようだ。


 諦めの悪い俺は更に一泊し、今度はルッコの美姫とやらを探した。

 町中で聞くリュシィ姫の噂はたいしたもので、その美しい笑顔だけでこの国は元気になれると言い出す者までいた。


 だが、その笑顔を見ることは出来なかった。

 しかしそれは国民も同じようで、ここ半年ほどリュシィ姫は姿を見せていないのだという。


 他にすることもなかったので、仕方なく俺はアシェイリスに戻る。

 俺がアシェイリスを出発してから、わずか二週間だ。

 だから、たったそれだけの期間でこんなことはありえない。


「なんだこれ……」


 天を貫くような大樹。

 今までなかった筈のとてつもなく大きな木が、ノーグ大森林にそびえ立っていた。


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