67話 帰還と報告
玉座の間に戻った俺は、さっそくアシェイリスとの国交を申し出た。
だが内心では分かっている。
北方連合に加盟している国は、単独でその決断を下せないと。
だから、あっさり拒否されても仕方ないだろう。
なのでこれは布石だ。
いずれ北方連合内の会談で議題にあがった時、味方をしてくれるようにと。
「よし! 構わんぞ!」
「ふぁ!?」
よって、即座に国交を結ばれ俺の口からは素っ頓狂な声が出てしまった。
「なんだ? 国交を持ちたいのだろう?」
「え、ええ。それはそうなのですが、こんなにあっさり了承されると思っていなかったもので」
「願いをひとつ叶えると言ったではないか! がっはっは!」
なんてこった!
それならこの国で一番の美女でも紹介してもらえば良かったか!?
……いや、言うまい。
俺は今アシェイリスの大使だ。
アシェイラ女王に忠誠を誓い、駆けずり回る犬なのだ。
そのうちご褒美を強請るつもりだから、それまでは我慢してやろう。
「父上! それを我が国だけの裁量で決めてしまうわけには!」
と、俺が猛るマイサンを宥めていると、思わぬところから反論者が出てきた。
ペンディス王の隣に立っている、キンキン声のノーグデン王子である。
「王たる俺が構わんと言っているのだ」
「ですが連合の合意なく勝手に他国と国交を結んだとなれば、ゴーダルに何を言われるか……」
噛み付いたものの、父に反論されるとキンキン声はクンクン程度の声に変わった。
まぁあの親父なら、逆らえないのも無理はないがな。
しかし、またゴーダル国か。
かの国は、よほど連合内で強権を振るっていると見えるな。
経済的にも軍事的にも大きな力を持つということだし、仕方ないのかもしれないが。
「さっきのリクの力を見ただろう? これならばルッコを頼らずとも戦えるのだぞ?」
「し、しかし父上! それではリュシィと私のことはどうなるのですか!?」
だがノーグデン王子は意外にも食い下がる。
というかリュシィ? 誰だ?
「ルッコの美姫か? やはりいつまでたっても嫁に来ぬではないか」
「そ、それは……」
なにやら込み入った事情があるようだ。
会話の中から『ルッコの美姫リュシィ』というワードだけは脳に強く刻み込み、俺は成り行きを見守った。
「え、えぇと……。私達は席を外したほうがよろしいでしょうか?」
すると隣で小さくなっていたラウニス大司教が、おずおずと手をあげる。
話の内容が、国の内政や外交に及んでいそうだからだろう。
黙って聞いてりゃいいものを。まったくお人好しな男である。
「ふむ……。その前にリク。いや、アシェイリスの大使よ」
「え、あ、はい」
突然話がこちらに飛んできて焦る俺。
だが嫌な予感がする。
あえて名前ではなく国の大使として話しかけてきたのだ。
それに、さっきの会話で不穏なことを言っていたな。
『これならば戦える』とかなんとか……。
「これからペンディスとアシェイリスは友好関係を築くわけだが、さらに一歩進んでみる気はないか?」
はい的中。
二国間で友好の上となったら、それは同盟だろう。
だがペンディスはすでに北方連合同盟の所属だ。
そこに誘うなら『アシェイリスも北方連合に加入を勧める』とか、そういう文言になる筈である。
そして先ほどの会話の内容も踏まえれば『二国間だけで同盟結んで、北方連合に反旗を翻そうぜ』みたいな話に発展しそうなのだ。
しかしそこは突っつかない。
惚けつつ、核心に触れないようにあしらわなければ。
「さらに進んだ……ですか?」
「そう! つまり同盟だ!」
「ですが、ペンディス国はすでに北方連合同盟に所属しておられるのでは?」
ここまでにしておけよ?
これ以上踏み込んだ話になると、もう退路がなくなりかねないぞ。
それを分かっているのか、ノーグデン王子もワナワナと唇を震わせ、父を止めるタイミングを見計らっているようである。
任せたぞ! キンキン声よ!
「……まぁ、そうだな」
「父上!」
ギリギリで踏みとどまった王に、王子は胸を撫で下ろしつつ歓喜した。
「だがアシェイリスの王にも、それとなく伝えてくれるか?」
なにを? とは聞かない。
大体の事情は察したし、聞けばそれこそ薄氷を打ち抜くことになるからだ。
ようするに、この国は北方連合同盟に不満を持っている。
それは恐らくゴーダル国との関係に原因があるのだろう。
そしてルッコ国の出方を窺っていることから、ペンディスとルッコでなんらかの密約があるのかもしれない。
だが色良い返事が届かず、そこで力を見せ付けたアシェイリスを。
いや、俺を陣営に引き込もうとしているということだろう。
「委細承知しました。必ずやアシェイラ女王にお伝え致します」
その言葉を聞き「よろしく頼む」というペンディス王。
それに頷き、俺達はペンディスを後にすることにした。
途中でラウニスが「なんでも願いをと言って下さったのですから、リーン四精教の布教許可を頂けば良かった!」と嘆いていた。
ならば頑張って鍛えることだ。
あの戦王を倒せれば、きっとそれは叶うだろう。
なぁに、失敗しても神の元に行けるだけだ。心配はいらないさ。
……。
それから数日。
ラウニスと別れた俺は、約一ヶ月の行程を終えてアシェイリスに戻って来た。
木々の上にある住居。
大量の薬草を運ぶ人々。
笑顔でキャッキャと駆け回る少年少女達。
暮らし始めてまだ半年だが、もう懐かしく感じる。
それほどに、俺はこの国を好きになっているのだろうな。
道行く人々に帰還を喜ばれ、それに手を振りつつ俺はアシェイラの家へと向かう。
まずは王に報告である。
「おかえりなさいませリク様!」
「おかえりなさいませご主人様!」
こうして美女と美少女に迎えられると、実に悪くない。
長旅の疲れが一気に吹き飛ぶようである。
「お疲れではないですか? すぐにお茶をお入れします!」
いつの間にか側付きの仕事も覚えているようで、フィーがズルズルと尾を這わせて台所へ向かった。
その後姿を頼もしく思いつつ、俺はドッカリと床に座り込む。
「本当にお疲れ様ですリク様」
にこやかに笑うアシェイラは、僅か一ヶ月だったが成長のあとが見える。
貫禄のようなものが出てきたのだ。
思えば俺がいないことで、この国のことを一手に引き受けていたことになる。
相変わらず『様付け』だったが、こちらも苦労があったのだろう。
「アシェイラこそお疲れ。何か困ったことはなかったか?」
お茶を持って戻って来たフィーを撫でながら、アシェイラがしばし目を伏せる。
何から話そうかと整理しているのだろう。
ズズッと熱めのお茶を啜りつつ、俺はそれを待った。
「リク様から報告のあった黒装束の賊ですが、こちらに来た形跡はありませんでした。
ヴェルティ様も日夜見張ってくれておりますが、気配すらもないということです」
ここにヴェルティの姿が見えないと思ったが、あいつはちゃんと見張りをこなしてくれていたのか。
あとで褒めてつかわそう。
「それとは別ですが、つい先日この国を訪れてきた者達がいました」
「なに? 誰だ?」
「リーン四精教の方々です」
そういえばラウニスが調査すると言っていたな。
ここまで辿り着いたのか。
「初めは大層驚かれていました。特に……フィーやヴェルティ様のお姿がありましたので」
それはそうだな。
魔物の国と名高い森を調査してみれば、国らしきものがあってモン娘が住んでいるのだ。
伝承は本当だったかと驚くのも無理はない。
「もちろんフィーはとても良い子ですので、すぐに誤解は解けましたが」
アシェイラがそう弁解すると、隣にいたフィーが頬を紅潮させた。
以前のようにべったりではなくなっていたが、やはり中睦まじいようである。
これはそのうち親子丼……いや自重だ自重。
どうにも最近発散していないからか、思考がそちらに流れつつある。
俺は熱いお茶で煩悩を流し込み、今度はこちらからの報告を語って聞かせた。
まずはボフィカルとの傷薬の契約。
これについてはすでに手鏡で伝えている。
アシェイラもそれを受けて、しっかり準備してくれていたようだ。
つい先日最初の取引が行われ、無事に納品したということである。
次にペンディスとの同盟話。
例えあの場で申し込まれていても、俺は即答出来なかっただろう。
他の国との関係や、兵力差もある。
だが、やはりこの国はアシェイラが国王だ。
彼女の意向を無視することは出来ないのである。
「同盟ですか……。北方連合も、なにやらきな臭い感じですね」
まったくである。
せっかく平和を築きつつあるアシェイリスの国民達。
彼等を巻き込んでしまう可能性を考えると、アシェイラとしては悩むところだろう。
「この話は一度置いておきましょう。ルッコ国とゴーダル国の王に会ってからでも遅くはないかと」
俺もそれが良いと思うと同意し、この日の報告は終了した。
ついでに、久しぶりにアシェイラの手料理を御馳走になる。
相変わらずの美味さに感激し、腹と心が満たされた俺は自宅へと戻った。
腹と心が満たされたならば、もう一つ満たさなきゃないものがあるよなぁ?
だが俺とて長旅の疲れはある。
というか、主に肩が凝ってしかたない。
慣れない敬語続きだったからだろうな。
そう苦笑しながら、俺はスー子を呼び出した。
この旅ではお留守番をしていたスー子。
もちろんアシェイラのところで面倒を見てもらっていたのだが、寂しかったのかぴょんと俺の腕に飛び込んでくる。
愛い奴め。
「今夜は激しくいくぜベイベー?」
「ぴぎぃぃぃぃぃ!!」
久しぶりのアシェイリスの夜は、スー子の鳴き声とともに更けていった。




