表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/144

64話 海洋国家ボフィカル

 森を抜け更に北西に向かうと、潮の香と共にそびえ立つ外壁が見えてきた。

 海洋国家ボフィカルである。


 近づいてみると、町を囲んだ外壁の圧迫感は凄まじい。

 梯子や攻城兵器でも届かないほどの高さである。


 事前調査によると、この外壁が作られたのは北方諸国が連合同盟を結ぶよりも前。

 北方領のほぼ中央に位置するこの国は、その時周り全てを敵に囲まれていたのだ。

 それゆえの大防壁なのだろう。


 だが門を潜って町に入ってみれば、実に長閑な街並みが目に入った。

 レンガ造りの家々はどこも窓を開け放ち、沿道では子供や老人が楽し気に歩いている。

 海まで続く下り坂には魚を桶一杯に入れた男たちが行き交い、漁村といったほうがしっくりくるかもしれない。


 遠くに海鳥の声を聴きながら、俺はボフィカル城へと向かって歩く。

 平和な田舎町といった風情の小国。

 だが、国は国である。

 国王との面会を求めても『ではどうぞ』とはならないだろうな。


 素性を調べられ、素行を調べられ。

 そうして数日の後、ようやく大臣辺りと会うことになる。

 俺はそう予想しつつ、城門前の衛兵に話を切り出した。


 だが俺の予想は、良い意味で裏切られてしまった。

 謁見を申し出ると、なんとその場で国王の元へと案内されたのである。

 もちろん帯剣は許されなかったが、それでも無防備すぎるのではないか?

 逆にこちらが心配になるほどであった。


 ……。


「自由国家アシェイリス……と言ったかの?

 よくぞ参られた大使殿」


 ボフィカル城謁見の間。

 海を表すかのように真っ青な絨毯。

 そこで平伏していた俺に、老王ウィジャラード六世の声が降ってきた。

 許しを得て仰ぎ見れば、ニコニコと温和な老人の顔が目に映る。

 まるで孫の来訪を歓迎する好々爺だ。

 まぁ実際それだけの年の差があるしな。

 子供の成りだから警戒を緩めているということもあるのだろう。


「突然の来訪にも関わらず、謁見をお許し頂き誠にありがとうございます」


 今喋ったのは俺である。

 お判りいただけただろうか?

 敬語である。

 この俺が、流暢な敬語をお話になられたのである。


 ふふん。

 アシェイラには女王然とした振る舞いをしろと言っているからな。

 その大使たる俺が、いつもの調子でいるわけにはいかないのだ。

 自分さえも律し、成長を続ける男リク。

 さすがである。


「まだ若いのに立派な立ち居振る舞いじゃ。良いのぉ」


 完全完璧な俺の態度に、ジジイも大満足のようだ。

 ふむふむと、優しい眼差しで頷いている。


「して、我が国と国交を持ちたいと、そういうことじゃったかの?」

「仰せの通りにございます」

「うむ。だめじゃ」


 思わず「あ!?」と出そうになるのを、グッと堪える。

 いやいやおかしいだろ。

 さっきまで良い感じだったじゃねぇか。


「ふぉっふぉ。そう怖い顔をするもんではない。

 お主は国を代表して来ておるのじゃろう?」


 ぐぬ。

 言葉は堪えたが顔には出ていたか。


「申し訳ございません。若輩者ゆえ、平にご容赦を」

「良い良い。若者はそのくらい元気でなくてはの。

 それに、その態度でそなたの国に対する思いも分かるというものじゃ」


 なんとか丸く収まったか。

 というよりボフィカル王は怒ってもいないし、アシェイリスに悪感情を持っているわけでもないんじゃないだろうか。

 だとしたら、なぜ国交を拒絶されたのだ?


「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 なので単刀直入に聞いてみることにした。

 老王はその問いに少し困り顔を見せ、そして言葉を紡ぐ。


「ワシの……というよりボフィカルの一存では決められんということじゃよ」


 言葉には、若干の苦々しさが含まれていた。

 それは王としての矜持だろう。

 国の一存で決められないというなら、恐らくその理由は北方連合。

 その総意が必要ということだろうから。


 そう俺が察したことを、王もまた察したようだ。

 またニコニコとした好々爺に戻り、側仕えの者に、なにやら一枚の紙片を持ってこさせた。

 それを受け取り見てみれば、どうやら北方地域の地図のようだった。


「北方連合については、どの程度知っておる?」


 当然俺たちは、ある程度は事前に調べている。


 北方連合。

 その起源は浅く、同盟締結からまだ八年ほどである。

 加盟しているのは北方地域にある全ての国で、ここボフィカルを含めて合計五か国。

 結成経緯は南からの侵略に備えて。ということだったか。


 俺が思い出しながら語り聞かせると、老王はうむうむと頷いて聞いていた。

 まるで、孫に直近の出来事を聞いて喜ぶ祖父のような顔である。


「うむ、良く学んでおるの。

 補足するなら、北方連合の盟主はゴーダル国。

 同盟内で、もっとも経済的に発展しておる国じゃ」


 ゴーダル国。

 俺はその名を呟きながら、先ほど貰った地図でその位置を確認する。

 場所はここからだと左上。

 北方領の最北西にある国だということが分かった。


「では、まずはゴーダル国に伺いを立てるのが良いでしょうか?」

「まぁそういうことになるんじゃが、どうじゃろうの。

 いきなり行っても門前払いじゃろう」


 まぁ当然そうか。

 この国の対応が柔軟過ぎるだけで、普通は得体の知れない奴と謁見などしてくれない。


「ワシが一筆書いてやりたいところじゃが……」


 同盟に所属している国の王からの推薦。

 いや、そこまでいかなくとも、口利きさえあれば謁見は叶う筈。

 だが、ボフィカル王の口ぶりだと、どうやら書いてはくれないらしい。

 なぜだ?

 今までが温和な態度だっただけに、それは不自然に思えた。


「そうじゃなぁ……。

 少し遠回りになるが、まずはイェト国へ行くと良いかもしれんの」


 イェト国。

 これは地図を確認するまでもない。

 なぜなら、その国はポポスから断世の渓谷を抜けた真北。

 当時の俺たちが、さんざん入ることを断られた町々がある国なのだから。


「あそこにはリーン四精教の北方支部がある。

 ゴーダル国王は熱心な信者じゃからの。

 口を利いて貰えれば、きっとゴーダル王との謁見は叶うはずじゃ」

「なるほど」


 しかしリーン四精教か。

 その信者となれば、ゴーダル王とやらも頭固い族ではなかろうな?

 と、俺の心に不安が顔をもたげた。


 しかし有益な情報に違いはない。

 俺は再び来訪することを誓い、謁見の間を去ろうと立ち上がる。

 これ以上ここにいても進展があるとは思えないからだ。

 だが、そんな俺を老王が引き留めた。


「そういえばお主ら。なかなか質の良い傷薬を売りに来ているらしいの」


 質の良い、か。

 ふふん。そうだろう?

 なにせ俺のお手製だ。


 と有頂天になりかけるが、国交はまだ結べないと言われた矢先の話題である。

 あまり良い方向に転がる話だとは思えなかった。


 よもや、今後は買い取れないとか言いだすんじゃないだろうな?

 仮にそうだと、それだけでアシェイリスは財政破綻してしまうんだが。


「その傷薬。月の生産量と単価はどうなっておる?」


 そんな俺の心配をよそに、ボフィカル王の質問は予想外のものであった。

 だが慌てる俺ではない。

 淡々と、淀みなく答えて差し上げよう。


「季節により変動致しますが、安定生産出来るのは月に三百ほど。

 単価は傷薬一本あたり、1200ビルドで取引させていただいております」


 傷薬を売りさばきに来るときは、その護衛として俺も着いて来ている。

 しかも生産に関することでも、俺は大部分で携わっていた。

 なのでこの程度の質問なら、すらすらと答えられるのである。

 というか我ながら働き者だ。

 今度傷薬大臣という役職を作ってもらおう。


「ではその薬。毎月三百本を我が国で買い取ろう。

 その方が、お主らの経済も安定するじゃろう?」


 おっと?

 これは思わぬところで、ありがたい申し出である。

 いかに良い薬とはいえ、民間相手だと確実に売り捌けるわけでもない。

 それを毎月決まった本数買い取ってくれるなら、飛躍的に安定性が増すのである。

 もっとも、契約を結ぶかどうかは単価次第だがな。

 大体こういう契約は、安定した大量売買を餌に大幅に値切られるものなのだから、


「全部で45万ビルドでどうじゃ?」

「え!?」


 計算間違いか? と俺の頭脳が再計算を始める。

 だが何度計算しても、やはり一本1500ビルドになってしまう。

 値切られるどころか高く買ってくれるなんてあり得るのだろうか?


「構わん構わん」


 俺の驚きを尻目にふぉっふぉと老王は笑った。


「ただし条件が一つ。独占契約ならば、じゃがの」


 独占契約。

 それは、他の者には売るなということか?

 となると、三百本以上を生産したら、その分が無駄になってしまうのか?


「おお、言い忘れておった。この国で売りさばく分には構わんぞ。

 あくまでも、他の国には売らんで欲しいということじゃ」


 ふむ。

 なぜ独占したいのかは分からないが、条件としては悪くない。

 いや、破格だろう。

 なにせ三百本が確実に売れ、しかも今までよりも単価が高い。

 それ以上生産した場合は、今まで同様にこの国の町々で売れば良いんだから。


「分かりました。ではそれでお願いいたします」

「うむ。よろしく頼むぞ。

 あぁ言うまでもないことじゃが、対外的には商人との契約にするんじゃぞ?

 国と国との貿易とするには、まだ色々と面倒じゃからの」


 それに「心得ております」と返事をし、俺はその場を後にした。


 表立って国交を結ぶという当初の目的は果たせなかった。

 だがその道筋は示されたし、貿易に関しても期待以上の成果を得られた。

 とんとん拍子過ぎて怖いくらいである。

 女を落とすには不満足なこの身体だが、ジジイには効果的だったようだ。

 俺には詐欺師の才能もあるのかもしれないな。

 あらゆる才能を網羅してしまう男。

 さすがすぎて言葉もない。

 

 そんな自画自賛を繰り返しながら、俺は次なる国「イェト」を目指すのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ