65話 最前線の国イェト
ボフィカルの王から色よい返事を貰った後。
そこから南南西の方角にあるイェト国へと、俺は向かっていた。
途中何度か手鏡を取り出し、アシェイリスの様子を伺う。
あの黒装束の一団が気になっていたからだ。
「念のため自警団を結成し見回りもしておりますが、今のところ平穏そのものです。
ヴェルティ様とフィーもおりますし、ご心配には及びません」
どうやら大丈夫らしい。
報告するアシェイラの声に危機感は感じられないし、それどころかどこか嬉しそうな響もある。
まぁ心配し過ぎなのかもしれないな。
そもそも人が入ってくる森ではないのだ。
問題はないのだろう。
そう安堵しつつ、俺はさらにケルピーを走らせるのだった。
……。
それから数日。
到着したイェト国は、ボフィカルと違い実に殺伐としていた。
町中には国籍を問わない兵士達が闊歩し、ならず者も数多く見られる。
商店に賑わいはなく、どことなく陰鬱とした雰囲気である。
「仕方ないのよ……。ここは南との最前線。
連合の方々に守ってもらっているようなものだもの……」
そう教えてくれたのは、食事のために立ち寄った定食屋のウェイトレスだった。
身だしなみを整えていれば輝きそうな原石だが、それは危険なのだと彼女は言う。
「あんまり小綺麗にしてると襲われかねないのよ。
今この国の治安は、良いとは言えないからね」
「こんなに兵士が多いのにか?」
「兵士が多いからよ」
ということは、兵士達もならず者に交じって狼藉を働いているのか。
周りの席のほとんどが他国の兵士であり、剣呑ともいえる気配が漂っている。
あぁそういえば、ポポスでこいつらが敗戦してからまだ半年か。
そう考えれば、いつ襲ってくるかも分からない南を警戒して殺気立つのも分かる。
それに彼らは他国を守るために出向してきているのだ。
連合とはいえ下っ端兵士には意識が薄いのだろう。
なんで俺がという苛立ちが、そこかしこの兵士達から見て取れた。
いまいち美味しいと感じられない飯をかっ込み、俺は定食屋を出た。
イェト王にも謁見を求めるつもりだが、先にリーン四精教の支部とやらに出向くことにするか。
彼らにはゴーダル王との間を取り持ってもらうのが目的だが、ひょっとしたらイェト王との謁見もそれでスムーズに運ぶかもしれない。
次に向かう先を、そのように俺は決めた。
王城へ続くメイン通りから東へ曲がると、やや緑が増えてくる。
周りの建物も徐々に数が減ってきた。
すると、細い道の先。
遠目からでもわかる荘厳な建物が見えてくる。
リーン四精教北方支部の大聖堂であった。
町の喧騒から離れ、自然に囲まれた立地。
中央には大きな門のついた白亜の建物があり、これが本堂なのだろう。
高い位置には四色のステンドグラスが贅沢に配され、神聖な雰囲気を醸し出している。
さらに四隅には少し小さめの建物。
それぞれ屋根の色が赤緑青黄に分かれていることから、四精霊に対応したお堂なのだろうか。
全てに大きな鐘がついた造りになっており、屋根の色以外は完全に同型である。
俗っぽい言い方になるが、金があるんだろうな。
最近金の大切さを学んでいる俺は、特にそう思う。
この教会の建造費だけで、アシェイリスの民は半年以上食いつなげそうだ。
……あの屋根についてる鐘。
持って帰ったら売れないだろうか。
とそんな邪なことを考えていると、不意に声をかけられた。
「当教会にどのようなご用向きでしょうか?
礼拝堂ならその門の向こうです。地下聖堂の見学でしたら、本日は終了致しました」
振り返ると、そこには白の聖職者服に身を包んだ痩せ型の男が立っていた。
……。
男の名はラウニス。
彼こそが、この大聖堂の責任者。
つまり、北方地域を任されている大司教だった。
ラウニスの案内で、俺は大聖堂の奥にある彼の執務室へと通される。
窓こそ四精霊を表す四色のステンドグラスがはめ込まれているが、それ以外に調度品などは見当たらない。
少し煤けた茶色のカーペットが敷いてあり、壁は木目が剥き出し。
豪華な造りだった礼拝堂とは違い、とても質素な部屋だった。
「そうですか。難民の方々を引き連れて……」
目の前に出された紅茶で喉を潤しつつ、俺はポポスからの経緯を説明していた。
奴隷ではなく難民としたのは、北方地域で奴隷の扱いがまだ不透明だからだ。
それに戦火に追われた難民が、ここイェトでも追い返されたと聞けば同情もひけるだろう。
そんな打算もあった。
「そうした難民や戦災孤児を放り出すわけにもいかず、自分たちの身を守るために国を作ったというわけだ」
「素晴らしいっ!」
一通りアシェイリス建国までの流れを説明し終わると、突如立ち上がるラウニス。
そのまま俺の手を取り、感極まった顔を近づけてくる。
これが美女ならうっかり口付けでも交わすのだが、オッサンである。
気色悪いので、俺はやんわりガッツリ肩を押し返してやった。
するとラウニスは、おっとっととバランスを崩しながらソファに埋まる。
だがその表情は、変わることなく感動に打ち震えていた。
「その善行! 必ずや四精霊様もお喜びになる筈です!」
四精霊などどうでもいいが、手応えは十分である。
この分なら、ゴーダル王やイェト王への口利きは叶いそうだな。
そう一息ついたところで、ラウニスが声を潜めた。
「しかしノーグ大森林ですか。あそこは魔物の国と呼ばれ恐れられているのですが、それはご存知ですか?」
「住み始めた後にな。だが多少の魔物は出てくるが、意外と住み心地は……いや、魔物は多いな。
俺の力で被害はないが、普通の奴らが住むには厳しいかもしれん」
と危ない。
まさかないとは思うが『やったぜ!』ってな感じで移住されたり伐採しに来られても困る。
ここは少し脅しておいたほうが良いだろう。
……だが、その考えは裏目に出てしまったようだ。
ふぅむとラウニスは考え込み、すかさず余計な提案をしてきやがった。
「でしたらイェト……いや、ゴーダルに皆さんで移り住んではいかがでしょう?
女性や小さなお子様もいらっしゃるなら、その方が安全です。
ゴーダル王には私から話ますのでそうしましょう。ええ、それが良いです!」
「待て待て待てぃ! それは困るぞ!」
こちとら建国して『さぁこれからだ!』という時だ。
それがいきなり他国に吸収などたまったものではない。
だがそのまま伝えては、他国へ侵略の意志があると思われかねん。
……ここはアシェイラをダシに使うしかないか。
「我が国の女王はさる高貴な出なのだが、困った癖があってな」
「困った癖……ですか?」
「……脱ぐのだ。
ところ構わずすぐ全裸になってしまうのだ」
えっ? とラウニスが口を押える。
だが俺の、滑り出した口は止まらない。
「そんなわけで国を追われ、難民達を見つけては共に逃げてきたのだ。
あまり人目に付く場所には……」
「なんと……そんな事情が……」
スラスラ出てしまったアシェイラの恥塗れ捏造ストーリー。
しかし効果は抜群のようで、ラウニスは再び考え込んでいる。
「確かにそれでは人目に付きすぎますね。
ゴーダルとしても、国内で淑女が全裸で出歩くというのは好ましくないでしょうし」
「うむ。そうなのだ。
木を隠すなら森の中。痴女を隠すなら魔物の国というわけで、今は都合が良いんだ」
そこまで言うと、ようやくラウニスも納得してくれた。
アシェイラの尊い犠牲で、アシェイリスは守られたのだ。
「そういうことならば仕方ありませんね。
ですが、あそこは魔物の国。遥か昔より、入ることはおろか近づくことも禁忌としていた土地です。どんな危険があるか分からないので、せめて私たちでも森の調査をさせましょう」
当然その申し出も断りたかったのだが、ラウニスの熱意に負けてしまった。
他意はなさそうなので、純粋に心配してくれているのだろう。
この男はお人好しと言えるほどに優しい人物なのかもしれない。
ならば、こちらの願いも簡単に聞いてくれそうである。
「それはそうと、これからイェト王とゴーダル王に国交を申し出たいと思っているんだ。
だが建国してまだ間もないので、話を聞いてくれるとは思えない。そこでボフィカルの王から、こちらを頼れと言われて来たのが本題なのだが」
しかし二つ返事で返ってくると思った頼みに、ラウニスは難色を示した。
「どちらも今は時期が悪いかもしれませんね」
そう言われてしまった。
時期が悪い?
敗戦後で苛立っているとかそういうことだろうか?
俺は定食屋の雰囲気を思い出しながら、ラウニスに聞いてみた。
「それも多少はあるかもしれませんが……。
実はここだけの話、王子がお隠れになりまして」
「死んだ……ということか?」
「あぁいえいえ! そういう意味ではなく、物理的にです。
詳しい事情までは存じませんが、恐らく駆落ちなのでしょう」
言いながらラウニスは目を細める。
しかし駆落ちか。
それで王子が消えてしまったので、お城は面会どころではないと。
確かにそれだと時期が悪すぎるな。
「じゃあゴーダルの方はどうなんだ?」
「あちらの方がより深刻なようですね。
無論詳しい事情は分からないのですが、町々に検問が敷かれ、出入りを厳しく規制されているとか」
なんだそれは。
そんなところに見慣れぬ者が「国を作りましたー。よろしくー」と行けば、最悪投獄されかねないのではないか?
よもやそんな事情で行き詰るとは。
「ですのでこちらから提案させて頂いてよろしいでしょうか?」
見かねたのか頼みを断ったのが心苦しかったのか。
ラウニスは、次なる選択肢を提示してくれた。
「これから所用でペンディス国へ向かうのですが、そちらならば問題なくご紹介出来ると思います。
リク様がそれでよろしければ、ご一緒なさいますか?」
他に選択肢はない。
それに、ペンディス国へもそのうち行かなければならないのだ。
ならば先にそちらへ行くのも良いか。
イェト王とゴーダル王は、落ち着いた頃に再訪しよう。
たらい回しにされているようで面白くはないが、俺はその提案に乗ることにしたのだった。




