63話 動き出す気配
国とはなんだろうか?
日々の生活も安定し、豊とまでは言えなくとも暮らしが成り立つようになった今。
俺とアシェイラは、それについて意見を交わすようになっていた。
学者に言わせれば、独立国家の条件は大体四つ。
国民、領土、政府、主権である。
なので大体揃っている。
つまり、アシェイリスはすでに国なのだ。
だがそうだろうか?
『カモのように歩き、カモのように鳴くならば、それはカモだ』
そう言い切ることも可能だが、もう一つ欠かせない要素があると俺達は考えていた。
それは、国交である。
北方連合領は、連合というだけあって小さな国が集まって出来ている。
となればその国々と国交を持ち、国として認められる必要があるのではないだろうか。
そこで、まずは『ボフィカル』という国に行ってみようということになった。
初めにここを選んだ理由は、まず近いということ。
ノーグ大森林の北西に位置し、馬で三日ほどの距離だ。
アシェイリス特産の傷薬。
これを捌いているのも大体ボフィカルなので、馴染みもある。
というわけで、俺は今ボフィカルに向かっていた。
一応はアシェイリスの大使ということになるかな?
なのでスー子は連れて来ていない。
魔物を連れ歩く大使と思われては、世間体がよろしくないのだ。
まぁ案外可愛いスー子のことだ。
ひょっとしたらマスコット的な人気で、良い効果をもたらしてくれるかもしれないが。
ケルピーに跨り、木々の間を縫うように走り抜ける。
整備されていない悪路だが、珍しい木の実を捜したり、薬草の群生地を発見したり。
そんな余裕まである快適な旅だ。
というのもこのケルピー。
ノーグ大森林で捕らえた馬型の魔物なのだが、非常に馬力が強い。
黒い体躯で長い尾を持ち、なぜか普通の馬と蹄が逆向き。
人に化けては人間を誘惑し、水の中へ引きずりこむ恐ろしい魔物である。
だが、いざ捕まえてみるととても従順で大人しい。
跨がれば乗り心地が良く、風のように森を駆けることが出来るのだ。
俺はそんなケルピーを気に入り、今ペンダント内には百頭くらいいる。
あまりの乱獲っぷりに、アシェイラが絶滅を危惧するほどであった。
と、そのケルピーが突然速度を落として立ち止まった。
短めの耳がピクピク動いている。
俺には分からないが、何かの気配を察知したようである。
「ヴェルティ」
ペンダントから猫を呼び出す。
方角が分かればラキュアのツタで索敵するが、それすらも分からない。
そういった場合は、気配に敏感なヴェルティの方が得意なのだ。
「……たぶんあっちニャ。
足音を殺してるけど、五人くらい」
やや目を細めていたヴェルティが、言いながら西の方角を指し示した。
五人か。
足音を殺しているのは、狩りでもしているのか?
現地の人はあまり入りたがらない森なだけに、それもおかしな話であるが。
「先行しろ。ただし攻撃はしなくて良い」
静かに頷き、身を屈めたヴェルティが這うように駆けだした。
ケルピーを一度ペンダントに収め、その後を俺も追う。
まず何者が何の目的でこんなところにいるのかを問いたださなければならない。
ひょっとしたら、アシェイリスの存在に気付いた誰かが偵察に来ている可能性もあるのだから。
……。
ほどなく。
先行していたヴェルティを発見した。
彼女は茂みに隠れるように屈み、俺が追いついたことを視認すると手招きをする。
「見つけたか?」
俺も身を屈めつつ、囁くようにヴェルティに訊ねる。
「あそこニャ」
そうして彼女が草をより分けると、その隙間から確かに人影が見えた。
黒い頭巾を被り、全身黒装束の男達。
数は五人。
一見すれば野盗のようだが、それにしては動きが慎重すぎるし、腰に下げている剣に違和感を覚える。
「何かを探しているみたいニャ」
草木を払い辺りを見回す姿は、ヴェルティの言葉通り、何かを探しているようにも見える。
だとしたら、その『何か』がアシェイリスである可能性はあるだろう。
それによく訓練されていそうな五人組み。
大きな組織に属している雰囲気もある。
「ヴェルティ。一人捕らえろ。他の者は殺さず追い返すだけでいい」
となれば、俺が出て行くのは愚策である。
俺が姿を見せれば、それは近くに人が住んでいることの証左だ。
なので、全員を殺さなければならないだろう。
しかし後ろに大きな組織があるかもしれないなら、それは危険だ。
次に大挙して人が押し寄せるかもしれないのだから。
そこでヴェルティに一人だけ捕らえさせる。
ここは魔物の国だ。
逃げ帰った者はその恐ろしさを組織に報告し、運悪く捕まった者からは情報を聞き出す。
それが俺の選んだ方針である。
「女がいました!」
わざと見つかるように動いていたヴェルティ。
それを五人組みの一人が発見したようである。
「よし! 捕まえろ!」
男達がワラワラとヴェルティに群がり始めた。
が、すぐにそれがモン娘だと見取り、言葉を無くして後ずさる。
「人間がこんな森になんの用ニャ?」
猫が爪を伸ばして舌なめずりし、ゆらりと茂みから現れた。
……。
まぁなんというか……。
アイツなりに精一杯怖さを演出しているようだが、まったく怖くないな。
というか普段のヴェルティを知っていると、実に滑稽である。
しかし、普通の人間には効果覿面だったようだ。
「ひぃっ!」と短く悲鳴を漏らし、男達が逃げ出した。
「ニャっはっは!」
それを追いかけ、殺さない程度に猫が逃げる背中を爪で引っ掻いている。
と、一人が転んだ。
そこに狙いを定め、ヴェルティはその男を捕らえたようである。
……。
数分後。
逃げた男達の気配が無くなったのを確認し、俺は捕らえた男の前に姿を現した。
「良くやったなヴェルティ」
褒めてやると、猫の少女はフフンと鼻息を荒くする。
最近は落ち込みガチだったので、これで少しは自信を取り戻すだろう。
「さて。お前には聞きたいことがある」
言いながら、今度は捕らえた男に視線を合わせる。
見たところ三十代か?
全身黒ずくめだが、髭は綺麗に剃られている。
やはり野盗というには、違和感があるな。
と、じっくり観察していると、突然男が震えだした。
ヴェルティに後ろ手に押さえられているが、ガクガクと全身を痙攣させている。
「……ぐふッ」
ついには口から血の混じった泡を吹き出す男。
俺は慌てて近寄り、抑えているヴェルティを問いただした。
「おいヴェルティ!?」
「アタシは何もしてないニャ!」
自分にも分からないと猫は首を振った。
となると
「奥歯に毒でも仕込んでいたか?
これはますますもって野盗とは思えんな」
言いながら男の顔を持ち上げる。
どうやらもう事切れているらしく、目は見開いたまま硬直していた。
その死体を放り出して考えてみる。
訓練された動き。
尋問を受ける前に素早く自決する覚悟。
一体何者なのか……。
そして目的はなんだったのか。
分からないことだらけだ。
となれば、楽観は出来ないだろう。
「ヴェルティはアシェイリスに戻れ。
アシェイラに今あったことを報告し、警戒するように伝えるんだ」
「分かったニャ」
「そうしたら、そのままアシェイラの護衛を任せる。頼んだぞ」
力強く頷き、ヴェルティはサッと駆け出した。
アシェイラの元にはフィーがいるが、あの少女だけでは力不足だろう。
だがヴェルティがいれば、めったなことにはならない筈である。
ならば、俺は当初の予定通りボフィカルに向かうか。
そう考え、再びケルピーを呼び出した。
大人しく、嘶きもしない漆黒の馬に跨る。
そうしてもう一度男の死体を見やった。
危険が迫っているのだろうか?
それとも……。
不安を抱えたまま、俺はボフィカルへ向かって走り出すのであった。




