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53話 ナウラ・ペルティオーネ

 ***  ペルティオーネ  ***


 今にして思えば我が娘。

 アシェイラ・ペルティオーネの人生は、彼女が六歳の時に狂い始めた。


 本来ならば歴史書を読み聞かせ、学問を学ばせ、ゆくゆくは内政官。

 もしくは、高位貴族の妻として送り出す。

 それが娘に求めた人生であり、我がペルティオーネ家を繁栄させるための道筋だった。


 だというのに、アシェイラは座学を嫌った。

 そんなことより野を駆け、動物を追いまわし、海に潜る。

 そういったことにばかり興味を持つ子供だったのだ。


 しかしそれも子供の時分だけであろう。

 分別のつく歳になれば、淑女たる振る舞いを心がけ、どこに出しても恥ずかしくない女性になる。

 そう思えばこそ、大目に見ていた。


 そんなある日、アシェイラは無断で外泊をした。

 活発で喧嘩勝りであったとはいえ、まだ七歳である。

 妻はもちろん、使用人、私兵、全てを動員して探し回った。

 だが一晩中探しても見つからなかったアシェイラは、翌日ひょっこり帰ってくる。

 それも奴隷階級の娘と一緒にだ。


 聞けば、ティリという少女とは半年以上前に知り合っていたらしい。

 森で木の実を取っている時に、たまたま出会い意気投合したのだそうだ。


 そのティリが、森の奥に綺麗な湖があるから一緒に行こうと誘い、アシェイラは乗った。

 小さな森とはいえ、大人でも片道に半日はかかる距離。

 それをあちらこちらと目移りしながら進む子供の足だ。

 湖についた時には日も暮れ、そこで眠りこけたというのが事の顛末だった。


 元老院議官を勤めるペルティオーネ家の娘が、奴隷階級の娘と遊ぶとはなんたることだ!

 そう怒鳴りちらして二度と会わぬように厳命したのだが、おそらくその後も会っていたのだろう。

 あまり階級に拘りを持たない妻の手引きによって。


 それから数年後。

 アシェイラは泣きながら帰ってきた。

 そして一晩中。

 いや、三日三晩は泣き続けただろうか。


 何があったのかと問いただせば、どうやらティリが死んだらしい。

 奴隷兵として出陣し、奴隷の役割をきっちりこなしたのだ。

 その命は帝国を守る礎となったのだから、本来ならば誇るべきこと。

 今は悲しいかもしれないが、いずれ大きくなればお前にも分かるだろう。

 そう言い聞かせたのを覚えている。


 そして娘は変わった。


 相変わらず座学には興味を持たなかったが、ただ遊ぶのではなくなった。

 気付けば朝から晩まで木刀を振り、儀礼を重んじるようになっていた。

 私としては望ましい方向ではなかったが、それがアシェイラの進みたい道なのだろう。

 それを曲げてまで理想を押し付けるほどに、私は愚かではないつもりだ。

 なので好きにやらせた。

 

 軍に入ると身分は落ちる。

 あそこは実力主義なので仕方ないが。

 それでも私の顔は利くので、ゆくゆくは近衛兵か参謀付きか。

 嫁入りは少し遅れるかもしれないが、そういった道もあるだろう。


 だが誤算があった。

 あれだけ愚直に木刀を振っているのに、娘は絶望的なまでに才能がなかった。

 幼い頃は、成長の早さと活発さで喧嘩勝りな子供だった。

 だが年を重ねるごとに周りから置いていかれ、エリートコースから完全に外れていたのだ。


 なのに何度諦めろと言っても聞き入れようとしない。

 この頑固さは私譲りなのだろう。

 幾度も説得し、幾度も喧嘩し、幾度も引っ叩いた。

 それでもアシェイラは、兵となる道を諦めはしなかったのだ。


 私は考えた。

 このままだと娘は名も無き兵として出陣する。

 そして、遠からず帰って来ない日が訪れるだろうと。


 なので権力を使うことにした。

 この国では、皇帝に続く第二位階級であるペルティオーネ家。

 その力ならば、兵として未熟な娘を戦場に送らなくてすむ。

 なにかと理由をつけ、安全なところに置いておくことが出来る。

 そう考えたのだ。


 町を見回り、時に近衛兵の真似事をする娘。

 このままある程度の年齢になれば、いずれ嫁ぐ日もあろう。

 高位貴族とはいかなくとも、それでいいのではないか?

 そう思っていた矢先のことだった。

 奴がこの国にやって来たのは。


 グジャ軍を相手に大立ち回りをやってのけた男。

 砂漠の魔物をものともせず、数多の魔物を使役する魔物使い。

 来るグジャ軍との戦いにおいて、大きな戦力として見込める傑物。

 そんな触れ込みで、ハーゼが一人の男を連れてきた。


 元老院は揉めた。

 どのような地位を与えるべきか?

 国の脅威になりはしないか?

 敵国の間者ではないか?

 こちらの言うことを聞いてくれるのか?


 そして『誰が飼いならし、自分の手駒とするか』である。


 野心ある者は我こそがと手を挙げ、慎重な者は軍部預かりにしてはどうかと意見を言い、臆病な者は敵に回る前に殺せと息巻く。


 そんな中、私は「これだ!」と思った。

 ハーゼは信頼出来る男である。

 彼が言うなら、本当にその男は大した人物なのであろう。

 それこそゆくゆくはこの国で昇り詰め、軍を統率する立場になるやもしれない。

 それに娘を宛がえばいいのだ。


 アシェイラはやや硬いところもあるが、妻に似て美人に成長していた。

 ハーゼの話では男は好色だという話であるし、共に生活すれば手を出す筈である。

 子供が出来れば結婚となるだろうし、そうなれば籍を与えることが出来る。

 これこそがアシェイラの幸せに繋がり、ペルティオーネ家の繁栄に繋がるのだと、そう私は信じて疑わなかった。


 実際、南の森での魔物討伐は迅速に結果を残してくれた。

 スジャルカ攻略戦においても、ある程度の活躍はしたと報告がきている。

 初めに見た時は、あまりの幼さに困惑もした。

 だが実力は本物だったし、アシェイラ以外の女を知らずに身を固めるのは好都合にも思えた。


 しかし、全ては水泡に帰した。


 副将ウォレッドの報告によれば、スジャルカ攻略戦後に彼は逃亡。

 その為に軍の士気は下がり、ポポス攻略戦は失敗に終わったのだ。

 今の彼は客将という身分である。

 必ずしも従軍する必要はない。

 しかし厚遇で迎えたにも関わらず、戦いから逃げ出すとなれば話は別だ。

 もはやただの厄介者としか扱われないだろう。

 そしてアシェイラも、彼を諌めるどころか着いて行ってしまったとのことである。


 アシェイラは……。

 我が娘は、またも道を間違えたのだ。


「客将リクを護衛する任を解く。

 以後は、通常軍務に戻るように」


 そう伝えた時、娘はどんな顔をしていただろうか。

 少なくとも喜んではいなかったし、かといって以前のような喧嘩腰でもなかった。

 ただ、なんというか諦めているような表情に見えた。

 しかし大人しく従ってくれるならば、それで構わない。


 結局、アシェイラがなぜ頑なに軍への入隊を望んだのかは未だに分からない。

 どうせ私に対する反発かなにかだろうとは思うが。

 そしてその結果がこれである。

 娘もそろそろ理解することだろう。

 私に従い、私の用意した道を歩く。

 それが最も幸福であり、最も国に貢献出来る道なのだということに。


 さて、あとは彼。

 客将リクの処遇である。


 彼の力は示されている。

 しかし手綱を握れないならば、凶暴な砂海蛇と同じだ。

 気付いた時には周りを囲まれ、その口内に飲み込まれてしまってはたまらない。


 そこで軍部から提案が出された。

 近く、もう一度ポポス攻略戦が開始されるとのこと。

 相手は北方連合だが、その間隙をついてグジャ軍がスジャルカを取り返しに来ないかが悩みの種だという。

 なのでグジャ軍には彼を宛がい、目くらましに使ってはどうかというのだ。

 以前よりグジャ軍は彼を探している節がある。

 きっと簡単に飛びついてくれることだろう。


 ということで、彼にはダブラン経由でポポスへ向かってもらうことになった。

 口実としては南からバレないようにポポスへ向かい、挟撃して欲しいと頼むのだ。


 だが実際は違う。

 彼がそこを通るという情報を、グジャ軍に流すのである。


 これでグジャ軍は彼に釘付けとなり、スジャルカへ兵を回す余裕がなくなる。

 彼もまた、多数のグジャ兵に取り囲まれてその命を散らすだろう。


 全てはロンゴ帝国の繁栄の為にだ。


 **********************


 ぽたりと、日記の上に雫が落ちた。

 


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