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54話 手の平ダンシング

 季節は初夏。

 幾度通ったか分からないスジャルカからダブランへ続く街道。

 俺はまたもやその道を進んでいた。


「美味しくないわねぇ……」

「まずいニャ」

「フィーは……大丈夫です……」


 口々に、夕食に対して感想を述べるモン娘達。

 だがベクトルは同じだ。

 まずい。

 俺もそう思う。


 いや、これが普通な筈だ。

 ただ、ちょっと俺達は舌が肥えすぎてしまっていたのだ。

 アシェイラの作る飯は美味かったからな。


 そう。この行軍にアシェイラは参加していない。

 ロンゴ帝国に戻るや否や、彼女は元老院議官のナウラ。

 つまり、彼女の父に呼び出されたのだ。


 俺はてっきり、それが叱責の為だと思っていた。

 行軍に従わず、勝手な行動を取った俺をなぜ止めなかったのか。

 そのように言われて、罰でも受けさせられるのではと。


 しかしナウラの話によれば、そうではないらしい。

 単純に、スジャルカ攻略戦での俺の功績が認められ、監視も護衛も不要と判断されてのことだそうだ。


 監視の任を解かれたアシェイラも、その功績で昇進。

 城勤めの近衛見習いになったらしい。

 それは彼女の昔からの夢であり、安全な手元に置いておきたいナウラの願いでもある。

 俺としても彼女を手元に置いておきたい気持ちはあったが、そう言われては仕方ない。

 彼女の幸せを願い、グッと我慢したのである。


 その後一度も会えなかったのは不満だがな。

 俺の世話になったのだ。

 感謝を込めて、一度くらい挨拶に来るべきだろう?

 素敵な二胸に別れの一揉みすら出来ず、それだけが心残りである。


 と、その程度に考えていたのだが、彼女の抜けた穴は予想以上に大きかった。

 まず前述の通り飯がまずい。

 ペンダントから出てくるたびに、アシェイラの姿を探してフィーが悲しんでいる。

 寝る時に肩が寒い。

 そして俺の両手が寂しい。


 結局俺は、彼女の中深くに入ることは一度もしなかった。

 なのに彼女の存在は、俺の中深くまで入り込んでいたようだ。

 不公平である。

 いつかイスリアと結婚したら、見せびらかしに行ってやろう。

 お前が手放した男は、他の女と結ばれてしまったぞと。

 存分に悔しがらせてやりたいものだ。


 まぁそんなこんなで手持ち無沙汰な手の平をスー子で誤魔化しつつ、俺達はダブランを目指している。

 といってもダブランが目的地ではない。

 そもそも今の俺にとって、あの温泉街は完全に敵の領土だ。

 気軽に立ち寄れる筈もないのである。


 なので、ダブランを掠めるように進路を北へ。

 そこから北上し、ルンディーの横を通り、ポポスが最終目的地である。


 ロンゴ帝国は西と南からポポスを攻めるらしい。

 だが北方連合の兵力は多い。

 そこで、手薄な東から俺が強襲するという手筈になっている。


『これは身軽で、かつ大兵力に匹敵するリク様にしか頼めぬことなのでございます。

 スジャルカを攻略した立役者。そのご威光に、今一度縋らせてはいただけませぬでしょうか?』


 ぬっふっふ。

 そこまで言われたなら、例え頼んできたのがハゲたおっさんであっても「まぁやってやろうか?」という気持ちになる。

 しかも首尾よく事が済んだら、俺の階級を元老院などと同格の第二位に上げるとまで言ってきたのだ。


 そうなれば、あのみすぼらしい一軒家ともおさらば。

 たくさんの使用人を雇い、私兵を持つことも許される。

 あぁ、そうなってからアシェイラを俺付きで雇ってやってもいいな。

 うむ。それは名案だ。

 是非そうしよう。


 そんな薔薇色の未来を思い描きながら、さらに二週間。

 ダブランから北上し、そろそろルンディーが見えてくるかという大平原。

 そこで奴等は現れた。


「待っていたぞッ!」


 平原に響き渡るような声は、その体躯と同様にとてつもなく大きかった。

 見覚えのある大男。

 以前砂漠で戦ったグジャ軍の将軍。

 ルカール・ビフィンズであった。


「頼んだ覚えはないぞ?」


 男と待ち合わせした覚えなどない。

 軽くあしらい先へ進もうとしたが、どうやらそれも無理な相談か。

 彼の後ろから、地平を埋め尽くすほどの大兵団が現れたのだから。


「随分と仰々しいお出迎えだな。誰かの誕生パーティーか?」


 どのくらいいるだろうか?

 ルカールの後ろにいる騎兵は、少なく見ても二千。

 伏しているようだが、周りにも気配がある。

 左右。そしていつの間にか後ろにも。

 随分と用意周到なことだ。


「パーティーはパーティーだな。もっとも、貴様とのお別れパーティーだが!」


 砂海蛇での奇襲は不可能。

 砂地と違い、硬い土には潜れないからだ。

 ウィル・オー・ウィスプ隊も厳しいだろう。

 四方に敵が配している状況。

 防御力のない彼等では、戦線を維持出来ない。


「弟を殺された恨みだったか? 私情で兵を動かすと、後で大変なんじゃないか?」

「貴様がS級冒険者一向を追い払った後、軍会議で決まったことだ。

 反対する大将軍もいらっしゃったが、ほぼ満場一致で可決した。

 貴様は、グジャ王国にとって害悪だとな!」


 過分な評価痛み入るね。

 俺一人にこれだけの兵を使うなんて、そんなに俺が恐ろしいか。


「悪いなどとは思わんぞ! 子供だからとて容赦はせん!」


 とにかく数が多い。

 そして囲まれているというのが良くない。

 まず一角を崩して、囲いから脱するのが良策か。


 そう考え、対複数向きのラキュアを呼び出そうとする。

 が、思いとどまった。

 左右に伏せている軍。

 そこから、魔力の高まりを感じる。


「炎魔法で狙っているな? 対策もばっちりというわけだ」


 砂漠の戦いで見せた手札。

 その対策をきっちりしてきているらしい。


 これは本格的にマズイ状況だ。

 数、戦術、兵力。

 全てにおいて不利である。


 曰く、戦いとは戦う前に勝っておくべきだという教えがある。

 この状況がまさにそれなのだろう。


 しかし、引っかかりがある。

 遭遇戦にしては準備が良すぎるのだ。

 奴等はたまたま俺を発見したのではないのか?


 ――あ。

 ルカールは初めに言った。

『待っていた』と。


 どこで情報が漏れた?

 ダブランで見つかっていたか?

 いや、それでも準備が早すぎる。

 ならば間者がロンゴにいたか?

 それならば、ロンゴ軍がポポスを攻めている間にスジャルカでも狙う方が……。


 囮……?


 スジャルカを狙われないように、俺を囮にした?

 情報の出所は、ロンゴ帝国……?


「は……ハハッ!」

「絶望的な状況に気でも触れたか?」


 突如笑いだした俺を、ルカールは訝しんでいる。


 気でも触れたか、だと?

 馬鹿がッ!


「貴様等が触れたのは逆鱗だッ!!!」


 グジャ正規軍五千と俺の戦いは、俺の怒号で始まった。

 後に、ルンディー平原の大虐殺と呼ばれる戦いである。


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