52話 帰ろう
ペンダントから呼び出したのはラキュアとサハギン。
風系の魔法に強く、対空性能もあるメンバーだ。
「破壊王様の忠実な下僕ラキュア。参上しましたわぁ」
なにやらノリノリである。
しかも久しぶりに花弁付きで本来の姿。
もちろん全裸だ。
芝居がかった登場で、三馬鹿達が俄かに盛り上がりを見せている。
「あんな魔物を従えているとは許せんッ!」
「なんと禍々しいおっぱいッ! 許せんッ!」
平和な奴等だ。
なんとなく憎めない。
だが空中に浮いている僧侶は違うようである。
全裸の妖女を見てピクリともせず、冷静にこちらの動きを見定めていた。
「ツタで捕まえろ。サハギン隊は水で援護だ」
指示通り、ラキュアの足元から一斉にツタが天を穿つ。
花弁付きだとその数も桁違い。
一本一本が普通の人間にとっては致死性の槍。
それが避ける隙間もなく空へと放たれた。
「おっと」
だが僧侶もなかなかやる。
最低限の動きで器用に空中を飛び回りつつ、どうしても回避不可能なツタを風魔技で薙ぎ払っていた。
しかし、そこに合わせて水が射出される。
サハギン隊の援護である。
これには堪らず、僧侶は空中で何度も水に弾かれ続ける。
そうして体勢を維持出来なくなったところで、ようやくラキュアのツタが僧侶の足を絡め取った。
ドスンと音をたて、地面に引き落とされる糸目の男。
ダメージは即座に回復魔法を使っているようだが、幾重にも絡まったツタは風魔技で切断しきれない。
やがてズルズルとラキュアの前まで引き寄せられ、そこで全身をツタでガッチリ拘束された。
「このまま私の中で溶かしてあげましょうかぁ?」
ニタリとラキュアが笑い、花弁が妖しく蠢いている。
「やめろッ!」
「僧侶を離せッ!」
「やるなら俺をやれッ!」
若干本音混じりの男達が遠巻きに叫んでいるが、ラキュアのツタは簡単に解けない。
俺とともに戦い抜いてきた彼女。
その力も、今や別格の領域に達しているのだ。
全身をツタでグルグル巻きにされた僧侶が、そのままグイッと持ち上げられた。
いやらしく舌なめずりする妖女に見つめられ、それでも男は動じない。
そして
「残念ですが女性に興味はありません」
と言い放った。
それを聞いたラキュアは一瞬顔を顰めたが、次の瞬間にはまたニタリと笑う。
そして持ち上げられていた僧侶の体が、今度はグイッと俺の前に運ばれてきた。
っておい!
なんでこっちに押し付けるんだよ!
俺にだってそんな趣味はねぇよ!
「あぁ、そういう意味ではありません。誤解させてしまったなら申し訳ありません」
そのやり取りに僧侶が苦笑する。
随分と余裕のある態度だ。
「愛情とか性欲とか。そういうものが私にはよくわからないのです」
「さすが敬虔な僧侶様だな」
仕方なく、俺は剣を僧侶の首元に宛てる。
「一応聞いておくが、誰の差し金だ?」
「答えるまでもないでしょう?」
まぁそうか。
彼等はダブランの方角から来た。
間違いなくグジャ王国からの刺客だろう。
「魔人族とのハーフだと言っていたな?
母親は人間なのか?」
「えぇそうですよ。
もっとも、私を産んだ直後に亡くなりましたが」
「なら魔人族に育てられたのか?」
「いえ、生まれてすぐに教会に引き取られました」
だから僧侶なのか。
「魔人族の男は種をつけるだけつけて去ったようです。
二度と現れなかったと、母の手記に書いてありました」
酷い奴もいたものだ。
いや、魔人族とはそういうものなのかもしれないな。
人、猫、花。
ところ構わず精を吐き出し去っていく。
この世を白く染めるつもりか?
なんと恐ろしい野望なのだろう。
想像しただけで吐き気を催してきた。
「さて、もうそろそろいいでしょうか」
そう言うと、彼の糸目がゆっくり開いていく。
と同時に、彼を捕らえていたラキュアのツタが引きちぎられた。
大の男を軽々と持ち上げる彼女のツタが、そんなに柔な筈はない。
それを素手で引きちぎった優男に驚愕していると、その隙に僧侶は空へと舞い上がる。
「逃がすかッ!」
咄嗟に掴みかかろうとするが間に合わない。
手の届かぬ中空から、見下ろすように僧侶が微笑んでいた。
くそっ!
僧侶のくせにパワー系だったのか?
完全に油断していたっ!
「いえいえ、私は見た目通りの非力な僧侶ですよ。
ただちょっと、強化系の魔法が得意なだけでして」
そう言いながらニヤつく男に歯噛みする。
魔技に惑わされてしまったが、僧侶といえば回復や補助魔法に特化した職業だ。
それを失念していたとはっ!
「仲間も無事に逃げられたみたいですし、今日のところは引き上げさせてもらいます」
見れば、あの三馬鹿の姿も消えている。
時間稼ぎに付き合わされたということか。
なんだか最近時間を稼がれてばかりだ。
時は金と言うが、こう稼がれてばかりだと俺は借金大王になってしまう。
「強化魔法が得意なら、あの三人にかけて襲ってくれば良かったではないか」
至極当たり前のことを指摘するが、それに僧侶は苦笑する。
「それは卑怯だから嫌だとか言われましてね。
困った方々ですよ。
ですがそうも言っていられないことは理解出来たでしょう。
次回はそうさせて頂きます」
あ。余計なことを言ったか?
まぁその程度で俺が負ける筈もないが、面倒が増えそうだ。
「あぁ、ついでに教えてあげますね。
イスリア大将軍ですが、追いつくのは無理だと思いますよ?
一昨日たまたまお会いしたので、回復と強化魔法をかけて差し上げました。
失った腕まではどうにもなりませんでしたけどね」
空中で余裕顔の僧侶が、最悪な事実を告げる。
余計なことをッ!
「ついでにダブランの石化も解除しました。
こう見えて、結構優秀な僧侶なんですよ」
いつの間にか元の糸目に戻り、ふふふと笑みを零している。
それが癪に障り、石を投げつけながら俺は叫んだ。
「降りてこいッ! その糸目、二度と開かなくしてやるッ!」
「それは困るので逃げさせてもらいます。
では、また会う日まで」
言うが早いか、糸目の男はヒューっと空を飛んで行った。
星空の中で、あっという間に星より小さくなる男の姿。
その後姿を睨みつけながら、俺は地団駄を踏む。
「あれいいですね。私も飛んでみたいです」
後で見ていたアシェイラが、呑気な感想を漏らしていた。
……。
あんな胡散臭い男の言うことなど信じられるかと、その後も予定通りに銀髪を追った俺達。
だが奴の言葉は真実だったのだろう。
行けども行けどもその影を踏むことは叶わず、ダブランまで来てしまっていた。
そしてそこでも僧侶の言葉が真実だと思い知らされる。
丸ごと石化したはずのダブラン。
だが今では、何事もなかったかのように元通りになっていたのだ。
もちろん以前と同じというわけにはいかない。
石化した原因の調査。
スジャルカから敗残兵の受け入れ。
そして入り口にはバリケードだ。
「リク様」
町へ向かおうとする俺をアシェイラが引き止める。
「機を改めましょう。今は無理です」
そうか……。
そうだな……。
あと一歩まで追い詰めておきながら、俺はまたも逃げきられたのだ。
例えこのままダブランを強襲しても、銀髪がいる保証はない。
だから認めよう。
完全に、銀髪を討つ機会を逸したのだと。
その悔しさと怒りが沸き立つが、でも大丈夫だ。
前ほどの焦燥感も、ドス黒い感情も今はない。
それはきっと、もう影ではなく本人に手が届いたという確かな感触。
上級魔人であるノルディーをどうするのか、その対抗策を思いついていないという状況。
そして、心配そうに俺を見つめる者が側にいてくれるという暖かさ。
その一つ一つが、俺の浅慮を押しとどめてくれている。
今アシェイラは、俺のストッパーになっているのだ。
力だけで道を切り開いた前世。
それが悪いことだとは思っていない。
力は必要だし、弱ければ何も手にすることが出来ないのだから。
それでも、前世の俺では決して手に入れられなかったもの。
言葉にするのは難しいが、今はそれが俺の手元にあるのだ。
それを手放してはいけない。
きっと大切なものだし、それがある限り、アシェイラのこともイスリアのことも、近くに感じることが出来るのだから。
「帰るか」
なので、その言葉はとてもすんなり口にすることが出来た。
アシェイラが嬉しそうに「はい」と頷く。
これでいい。
以前ほどの力はなくとも、俺はこうして進んでいくのだ。
……。
それから二ヵ月半後。
俺はバゼルナッシュリアに帰ってきていた。
そこでロンゴ軍の敗走を聞かされる。
軍を率いてポポスに向かったウォレッドは、北方連合軍に敗れたのだ。
――そして、俺のストッパーは外された。




