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45話 信じる気持ち

 雄大なソボ火山帯を左手に見て、ひたすら東を目指すスジャルカからダブランへの道のり。

 他に道がないため、時折ダブランから来るグジャ軍の援軍とすれ違った。

 だがこの道は大人の身長ほどある草が覆い茂っている。

 身を隠す場所は十分だったので、俺たちはなんとかやりすごしつつ進んでいた。


 そしてスジャルカを発って十九日。

 予定よりも少し早く、ダブランの温泉街を視界に捉えた。


「さて諸君」


 茂みの奥。

 ラキュア、ヴェルティ、アシェイラ、フィー。

 そして俺を含めた五人による作戦会議が始まる。


「ぴぎぃ」


 おう、そうだったな。

 五人と一匹だ。


「これよりダブラン攻略の作戦会議を始める。まずは偵察結果を元にした現状の分析を」

「はい」


 名乗り出たのはフィーだ。

 最近この少女は、我がパーティーの頭脳として欠かせぬ存在になりつつあった。

 戦闘能力はないので期待していなかったが、思わぬ拾い物だったかもしれん。


「スジャルカへの援軍。そしてスジャルカからの負傷兵。

 グジャ王国とスジャルカの中継地として、平時とは比べ物にならないほど軍人が多いです。

 真正面からでは、ご主人様といえど面倒なことになるのではとフィーは考えます」


 ふむ、と頷きながら、俺は草木をより分けてダブランの町を覗き見る。

 すでに西の空が茜色に染まっているが、町の出入りは激しい。

 それも軍人ばかりである。

 出来ないことはないが、確かに面倒そうだ。

 しかし、なにも殲滅する必要はないだろう。


「勝利条件は?」


 それに答えたのはアシェイラだった。


「第一目標は、ダブランからスジャルカへの援軍を止めることです。

 仮に大規模な戦闘で敵を殲滅出来たとしても、その場合はグジャ本国から大軍が押し寄せるでしょう。

 そうなってしまったら我々だけで対処しきるのは難しいですし、その大軍が次にスジャルカを目指す可能性もあります」

「それこそ面倒ねぇ」


 脳筋派の二人は、つまらなそうにダブランを眺めている。

 しかし本当に面倒な状況だな。

 これは安請け合いしすぎただろうか?


「なるべく秘密裏に敵兵力を無力化。

 その後、随時送られてくるグジャ本国からの援軍を招き入れてそれも無力化。

 これが出来れば最善だとフィーは思います」

「なら夜襲ニャ! アタシの得意分野ニャ!」


 秘密裏にとなれば確かに夜襲だ。

 だが討ち漏らした瞬間に敵の応援を呼ばれ、かつグジャ本国へも伝令が走るだろう。

 危険だな。


「私のツタで一網打尽というのはどうかしらぁ?」


 対複数ならラキュアの出番というわけか。

 悪くない案に思えるが、しかしダブランはそんなに狭い町ではない。


「端から端まで余さず届くのか?」


 そう聞くと、それはどうかしらとラキュアは首を捻った。

 だがラキュアの意見は無駄ではない。

 一度に全体を動けなくする案を、俺は閃いたのだから。

 しかし確認しなければならない。

 それが可能なのかと、それが出来るのかを。


「フィー。ひとつ聞いてもいいか?」

「はい」

「お前の石化能力は、水に溶かして頒布させることは可能か?」


 石化能力という言葉でフィーの顔は陰り、アシェイラが少女を庇うように前へ出た。

 だがそれに構わず、俺はもう一度フィーに問う。


「どうなんだ?」


 俯いていた少女は、消え入るような声で


「出来る……と思います……」


 と答えた。


 フィーの石化能力は、魔力を指の先から出して使う。

 普通の使い方であれば、その射程は五メートルほどしかない。


 しかし、ここは温泉の町だ。

 町の中心には湯畑があり、そこからは常時もうもうと湯気が沸き立っている。

 それを利用出来れば、一気に町中へ石化ガスを広めることが可能だろう。


 だがこの少女はそれを望んではいない。

 魔人族の命令に抗おうとしたフィー。

 俺に従属した後も、魔物との戦いに初めは拒否感を示していた。


 だがペンダント内で二人に説得されたのだろう。

 生きるために、ここにいるために。

 自分の居場所は自分で掴まなければならないのだと。

 その後は強くなるためにと積極的に戦い、そこに俺は彼女の従順さを感じ取っていた。


 しかしこの命令は違う。

 一度に大量の人間を石化して命を奪う。

 その中には軍に関係のない一般人も含まれるだろう。

 それは少女にとって度し難く、許容出来ない命令なのだ。


 そして、それを許容出来ない女性がもう一人いた。


「リク様! いくら戦時作戦とはいえ、それをフィーにやらせるのは反対です!」


 声は強いが、そこに含まれているのは怒気ではない。

 悲しみである。


 俺に裏切られたとでも思っているのだろうか。

 馬鹿な奴だ。

 俺はそもそも、勝つために手段を選ばない男だというのに。


 ……。


 ――だが。

 とは思うもののだ。


 今の俺は、なぜかそれを良しとしていない。


 だから聞かねばならない。

 それ(・・)が可能かどうかを。


「以前。

 俺の前に、石化魔法を用いる人間が現れたことがある」


 不意に始まった昔話にアシェイラは何事かと眉をひそめ、フィーは顔をあげた。

 だが俺は構わず続ける。


「そいつは石化魔法で俺の周りにいる人間を石にした。

 そして言った。

『まだ生きている。それを壊さない限りは』と」


 もちろん俺がそれを躊躇なく破壊したことなどは秘めておく。

 わざわざ仲間の不信を買う必要はないし、なにより……。

 いや、それはいいか。


 とにかく、その話で言いたいことをフィーは汲み取ってくれたようだ。

 こめかみに指をあて、それが可能か不可能かを検証している。

 しばし草むらに沈黙がおり、ようやく少女の脳内会議が終了した。


「可能です。でも、フィーの魔力量では足りないです」

「そんなに魔力を消耗することなのか?」

「はい。通常の石化は相手の……命がどうなるか、考えたりはしないです。

 殺してしまわないようにするなら、一気に内部まで完全に石化しなきゃだめなんです。

 それだけの濃度を出すためには、どうしても大量の魔力が必要です」


 なるほど。

 たしか氷系の魔法でも似たようなものがあったな。

 一瞬で内部まで凍るから、まるで時が止まったようになるとか。

 原理はそれと同じなのか。


「そうして石化出来れば戻した時に元通りになる筈です。

 でもフィーは魔力質は高いけれど、魔力量はまだそんなに多くなくて……」


 言いながらだんだんと声が沈んでいく少女。

 方法は示されたのに、自分の力が及ばないのが辛いのだろう。

 それが唯一、誰の命も奪わずに済むかもしれない方法なのだから尚のこと。


「もしそれでもやれと言うなら……フィーは従うです」


 悲痛な声だった。

 隣でアシェイラが「言いませんよね?」と視線を送ってきている。


 だが現状では、考えうる最善はこれなのだ。

 もっとも安全で、もっとも確実な方法。


 ――悩む。

 やはり踏ん切りがつかない。


 と、そこに思わぬところから助け舟が出された。


「一つ方法があるわよぉ」


 ラキュアだった。

 彼女はやれやれと、決して積極的ではない態度で切り出した。


「聞かせてくれ」


 俺とアシェイラとフィー。

 三人の熱い視線を向けられ、それでもあまり言いたくないのか。

 開かれる口は、その豊満な胸よりも重そうである。


「その指輪には、もう一つの能力があるのよぉ」


 言ってラキュアが指差したのは俺の手。

 従者の奉公おまえのものもおれのものである。

 従者としたもの達から、その能力の半分を主人へと譲渡する俺の生命線。

 それ以外の能力を俺は知らないが、彼女はそれを知っているのだという。


「主人の力を半分。従者の一人に貸すことが出来るわぁ」


 俺の力を半分。

 確かにそれならフィーが使える魔力量は劇的に増加するだろう。

 魔力質が低すぎて俺は魔法をまともに使えないが、ペンダントの魔物枠を増加させるために集めた魔力は、今や大魔道師並みなのだから。


 しかし、それはつまり一時的に俺とフィーの力が拮抗するということでもある。

 ペンダントの力があるから逆らえないとはいえ、以前のラキュアのように搦め手を使われればどうなるか分からない。

 あの蛇の下半身でやんわりと俺の動きを封じ、石化能力で意図せず(・・・・)俺を石にしてしまう可能性も否定出来ないだろう。


「怖いなら止めておけばぁ?」


 茶化すラキュアをよそに、俺はフィーを見た。

 この少女は俺を裏切るだろうか?

 今のところ従順ではあるが、それはペンダントがあるからだろうし、心の中では何を考えているか分からない。

 それこそ力を持ったならば……。


 ……。


 ――だが。

 知らず懐の手鏡に伸びかけていた手を、俺は引っ込めた。


「フィー。頼めるか?」


 その言葉に少女は赤い瞳を煌かせ、力強く頷くのだった。


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