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46話 幸福な最後の夜

 今俺は宿の一室にいる。

 以前訪れた時に宿泊した宿だ。


 町中には夜だというのにグジャ兵が闊歩しており、顔バレしている可能性のある俺は出歩くことが出来ない。

 だがこの宿ならばイスリアに教えてもらった裏口から入ることが出来たので、また利用させてもらったというわけである。


 奇しくも以前と同じ部屋に通されたが、枕によって破壊された箇所は綺麗に修繕されていた。

 その窓から外を監視していたラキュアが声をかけてくる。


「あの子達、ちゃんと上手くやれるかしらねぇ」


 ソボ火山にある源泉を突き止め、そこから石化能力を使って町中へ広げるという作戦。

 向かっているのは主役となるフィー。

 その護衛としてヴェルティとアシェイラもついている。

 まぁアシェイラに関しては、戦力というより保護者というほうが近いか。


「本来なら魔物はいない筈だ。いたとしてもヴェルティがついていればなんとかなるだろ。

 念のために手鏡も持たせてあるしな」


 言いながら、スー子枕で横になっている俺。

 俺達の役目は、ここからソボ火山へ行く人間がいないかの監視。

 それと、町中で予期せぬことが起こらないかの見張りだ。


 フィー曰く、俺の魔力を借りた石化ガスは強力で、気付いた時には町中に広がっているだろうという話である。

 だが運悪く石化耐性のある人間がいたら、そいつは異常を知らせにグジャ国へ走るだろう。

 そういったイレギュラーが起きた場合、俺達が対処する手筈になっている。


 ちなみに石化ガスは俺達にも有効だ。

 風向きはソボ火山からの吹き降ろしがあるので、町の中ではここが最も風上になる。

 なので比較的安全に見守れるのだが、何かの間違いで俺達まで石にならないとも限らない。

 その場合はフィーに解除してもらうしかないので、不安ではあるが。

 

 ……。

 信じると決めたのだ。

 ここはフィーを信じよう。


 そう己に言い聞かせていると、不意に艶っぽい声で尋ねられた。


「ねぇ、覚えてる?」


 監視に飽きたのか。

 ラキュアがこちらを見ていた。


「主様と私。契りを交わした初めての夜は、この場所だったのよぉ?」


 エロい。

 視線がやけに熱っぽく、誘うように腰が揺れている。


 だがもう騙されんぞ!

 結局あの夜のことだって、魔人族と対峙した時の為だったじゃないか!

 俺の純情を弄びやがってからに!


 そう咎める視線を受けると、ラキュアは「はぁ~……」とため息を零した。


「主様は経験多そうなのに、結構アレよねぇ~……」


 アレとはドレだろう?

 流れ的には良くない言葉な気がする。

『早い』『短い』『下手』


 ぐぬぬ……。

 いや、だとしても仕方ないだろ?

 以前の俺とは体が違うのだ。

 それに


「この体は経験が少ないだけだ。素人童貞ならぬ人間童貞だしな。

 そんなことよりちゃんと監視しておけよ」


 もう一度「はぁ~……」とこれ見よがしにため息を吐き、ラキュアは監視に戻る。

 その後ろ姿を眺めながら、もう一度横になるかと思った時。

 ラキュアがまた振り返り、いたずらっぽい目つきで言った。


「その人間童貞を捧げるお相手が、すぐ近くにいるみたいよぉ?」


『なんのことだ?』という思いは、すぐに希望的観測に塗りつぶされた。

 飛ぶように窓際まで行き、ラキュアを押しのけて外を見る。


「イスリア!」


 もちろん可憐で可愛く美しく、ただ箱入りすぎるのが玉に瑕な方のイスリアである。

 彼女は町中を歩いており、時折すれ違う町人や、グジャ兵とも言葉を交わしていた。

 ここからではその内容までは聞き取れないが、楽しい話ではなさそうである。

 話し終えると、決まって表情を暗くしていたのだから。


 そんな顔は似合わない!

 俺が楽しくさせてやらねば!


「ここは頼んだ!」


 言うが早いか、俺は部屋を飛び出す。

 後ろから『敵に見つからないようにねぇ』という気だるげな声が聞こえた。



 ……。



 イスリアの捕獲は迅速だった。

 暗闇に紛れて建物の影に隠れつつ、イスリア以外の人影が消えるのを待つ。

 そうして、機を逃さずスー子を発射。

 突然目の前に降ってきたスライムに驚きイスリアが抜剣した時には焦ったが、すぐに気付いてくれたようだ。


「もしかしてスー子ちゃん?」

「ぴぎぃ!」


 剣を鞘に収めたイスリアが、スー子を抱きかかえた。

 フィッシュオンである。

 俺はすかさず糸を手繰り寄せる。

 糸の先は、スー子が咥えているのだ。


「え? え!?」


 いきなりスー子ごと引っ張られ、驚く間もなくイスリアは俺の目の前に釣り上げられていた。

 闇夜で確実に仕事をこなす『女釣りのリク』

 さすがである。



 ……。



 感動の再会だが挨拶もそこそこに、さっそく俺は彼女を部屋に連れ込んだ。

 下心はないぞ。

 外でグジャ兵に見つかると困るからである。


「久しぶりぃ」


 出迎えたのは当然ラキュア。

 ちゃんと監視していたようである。


「あ、ちゃんと服を着せてあげてるのね」


 それを見てイスリアは頬を緩めた。

 約束が守られていることを喜んでいるのだろう。

 そして俺に向き直る。

 彼女の膝に抱えられたスー子がぷるんと震えた。


 というかスー子は人間の女性にモテモテだな。

 次に生まれ変わるなら、俺はスライムになりたい。


「本当に久しぶりね、リク。

 あんな方法で呼び出されるからビックリしたわ」

「あぁすまん。ちょっと隠れんぼの最中でな」

「こんな夜中に?」


 フフっと上品にイスリアが笑う。

 良かった。

 やはり彼女は笑顔が似合う。


 だが先ほどは暗がりで気付かなかったが、良く見ればイスリアはあちこち怪我をしていた。

 もう治りかけているようだが、腕、足、首元と。

 それを指摘した途端、みるみる大粒の涙が瞳に溜まる。


 なんだ?

 誰かにイジメられてでもいるのか?

 そうだったら許さんぞ!


「違うの……。リク。私、強くなりたい……」


 俺の勘違いを正すように、イスリアが呟く。

 だがはっきりと。

 強い思いが込められていた。


「誰かに負けたのか?」


 彼女の言葉。そして怪我。

 それらから、俺はそのように結論づけた。

 今イスリアと俺が戦えば、確実に俺が勝つだろう。

 だがそれでも、彼女は普通の人間など相手にならないほど強かった筈だ。

 一対一で彼女が負けるとは思えない。


 ならば大勢で彼女を叩きのめした奴等がいるのか。

 許せんな!

 傷跡の一つや二つで損なわれるほど、彼女の魅力は安くない。

 だが嫁入り前の体に傷をつけたことは許せないだろ!

 嫁入り先の俺が言うんだから間違いない!


「俺が仇をとってやる! イスリアに傷をつけたことを末代まで後悔させてやろう! というか末代にしてやろう!」


 俺が高らかにそう宣言すると、彼女は「ありがと」と涙を拭う。


「でも、これは私がやらなきゃないことだから。

 じゃないと兄様の……兄様の代わりは務まらないの」


 決意が伝わってくる。

 彼女の家庭環境は知らないが、兄の代わりに戦わされているのだろうか?

 情けない兄である。

 今度菓子折りでも包んで挨拶に伺い、ついでに一発ぶん殴ろう。


「あ、そうだスー子。

 イスリアの傷を治してやれないか?」


 そういうと、イスリアの腕の中でスー子が「ぴぎぃ!」と鳴いた。

 そして傷跡の残る彼女の腕を包み込み始め……。


 ――ビシッ!


「痛っ」


 弾かれてしまった。


「なっ!? 大丈夫かイスリア!?

 おいスー子! なにをしたっ!?」


 だがスー子も困惑しているようだ。

「ぴぎぃ……?」と、心なしか溶けている。


「すまないイスリア。スー子は回復能力を使えるんだが、まだ不安定みたいだ」

「え、えぇ。大丈夫よ。

 リクにもスー子ちゃんにも悪気がないことは分かっているもの」


 そう言ってイスリアは再び手を広げる。

 またビシッとなるのでは? と不安げに、おずおずとスー子はその腕の中へと収まった。

 抱きかかえられているだけなら問題はないようである。


「もっと上手になったらお願いね、スー子ちゃん」

「ぴぎぃ!」


 その様子に胸を撫で下ろしていると、不意にイスリアが立ち上がった。


「ごめんねリク。もっとお話していたいのだけど、私もう行かなきゃ」

「もう夜中だぞ? 急ぎなのか?」


 彼女は黙って頷く。

 引き締まった表情から、それが変えることの出来ない予定なのだと理解させられた。


「そうか。じゃあ一つ頼みがある」

「なに?」

「すぐにこの町を去ってくれ」


 間もなくこの町には石化ガスが充満するだろう。

 フィーの願いで俺も魔力を貸し与えたのだ。

 命を奪うことはない筈だが、万が一ということもある。


「よく分からないけど大丈夫よ。これからすぐに、王都へ行かなきゃいけないから」


 イスリアの用事は王都にあるらしい。

 ならば安心だな。

 あ、そうだ。

 忘れるところであった。


「そうだイスリア。これを渡しておこう」

「これは?」

「どれだけ遠くにいても、この手鏡越しに会話が出来るんだ」


 そう言って渡したのはあの手鏡だ。

 事実しか伝えられないのが面倒だが、どうせ隠し事などないのだから構わないだろう。

 それにイスリアは、こちらの予想以上に喜んでくれているようだ。

 手鏡を胸に抱き、目を伏せて涙まで流している。


「絶対……。絶対に連絡するわ! だから、これからもマブダチでいてね、リク!」


 この時。


 なぜ彼女がここまで喜んでくれたのか。

 その意味を知った時、俺はこの夜簡単にイスリアと別れてしまったことを死ぬほど後悔することになる。


 だがそんなことを、今は知る由もない。

 合わせてプレゼントしたネックレスにも、声をあげて喜ぶ。

 そんなイスリアを見て、心が幸福に満たされていたのだから。


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