44話 スジャルカの攻防
戦闘は夜中に始まった。
ロンゴ軍は強行軍で砂漠を越えて来たのだがその疲れを見せず、敵の準備が整う前にと攻め込んだのだ。
半ば奇襲に近いが、そのやり口は下種っぽいウォレッドらしい。
だがグジャ軍もさるもの。
ロンゴ軍が外壁に取り付こうとした瞬間、煌々と明かりが灯され一斉に矢が放たれた。
完全に読みきられていたのである。
であれば一度退いて体勢を立て直し、疲れを癒すべきなのだがそうはならない。
プライドの塊のような男。
ウォレッド・ノブレーは、そのまま戦闘続行を命じた。
それをやや離れた草原で、寝っ転がりながら俺は眺めていた。
隣で正座し、俺の頭を膝に乗せたアシェイラが訊ねてくる。
「参戦されないのですか?」
上を向くと、見下ろす彼女の不安げな視線とぶつかった。
「あの糞野郎が拒否したんだ。まずはお手並み拝見といこうじゃあないか」
「ですが苦戦しているようですよ?」
この位置からだと北側は見えないが、少なくとも西門も南門も攻撃は上手くいっていない。
砦などに比べて頑丈ではないといえ、門は門だ。
破城槌などの攻城兵器を運べない砂漠超えの戦いでは、人力で破るしかない。
外壁に昇るための梯子などは準備してあるようだが、矢雨が激しく近寄れないようである。
「何を馬鹿正直に真正面からやりあってんだろうな。
抜け道の一つや二つあるだろうに」
俺がスジャルカから脱出した道も、広くはないが内部へ通じている。
そこから部隊を忍び込ませ、内部から門を開けたりはしないのだろうか?
「いえ、やっているようです」
アシェイラが指差した方角を見れば、黒装束を被った一団が地面の下に消えていくのが見えた。
あそこに地下通路でもあるのだろう。
だがそれから一時間経っても戦況に変化は起こらない。
地下通路がばれていて、待ち伏せでもされていたか。
その間もロンゴ軍の愚直な攻撃は続いている。
外壁の上にいる兵を殺そうと矢が放たれ、ある程度の被害は与えているようだ。
攻撃力の高い魔法も度々撃たれているが、さすがにそれを許すほどグジャ軍は甘くない。
火が撃たれれば水。
水が撃たれれば土。
相克する魔法が即座に対応し、打ち消されている。
「これは長引きそうだ。少し寝るか?」
見ていても埒があかないと、俺はアシェイラに同意を求めた。
反対されるかとも思ったのだが、彼女はそれに素直に従う。
どうやら膝枕をしていた足が痺れ、限界だったようだ。
その場に物見として夜目の効くヴェルティを残し、俺たちは更に戦場から距離を置いた。
助けでも乞われるか、銀髪のイスリアが出てきたら出陣しようと思っていたのだが、しかしどちらもないままに一日半が経過する。
戦況は相変わらずの膠着。
いや、むしろロンゴ側が悪くなってきている。
というのも、やや消極的になりつつあるロンゴ軍の前線。
それをあざ笑うかのように、時折グジャ軍の強襲部隊が襲撃しているのだ。
指揮をしているのは銀髪のイスリアではないようだが、率いる部隊はいつぞやの赤備え。
一糸乱れぬ攻撃に、ロンゴ軍の士気は下がる一方である。
そして更に一日が過ぎたころ。
ようやく俺のもとに使者がやってきた。
「ウォレッド副将がお呼びです」
侘びでもいれるのか?
無様に助けを乞うのか?
どちらにしろ良い景色が拝めそうだと、俺はアシェイラに頷いた。
……。
「戦況は我が軍が優勢である」
本陣に到着し、俺たちを見たウォレッドの開口一番がこれだ。
考えられない阿呆である。
ヴェルティと一緒にお前の脳みそも探してきてやろうか?
「すでに何人かの将も討ち取っている。
手傷を負わせただけで逃げられた者もいるが、敵の被害は深刻だろう」
こちらの被害のほうが遥かに深刻だろう。
計算も出来ないのかこの男は。
だが、気になることがあるので聞いてみる。
「その将の中に銀髪のイスリアはいたか?」
俺がロンゴ帝国に協力している一番の目的。
アイツがすでに討たれたとは思えないが、念のためだ。
「四大将軍の一人か?
女の将に手傷を負わせたという報告はあるが、イスリアだとは聞いていない。
スジャルカにいるならば時間の問題だろうがな」
やはりか。
まぁそう簡単な相手なら、俺がここまで苦労している筈もないな。
「そろそろリク様を呼ばれた理由をお教え願えませんか?」
一歩進み出たアシェイラが、ウォレッドに先を促した。
先日のことからは立ち直っているようである。
本当にたいした女だ。
「フン。いいだろう。
貴様等には、秘密裏にダブランへ向かってもらう」
温泉の町ダブラン。
スジャルカの東に位置する町だが、戦場を離れてなぜそんなところへ?
その疑問に、ウォレッドが補足して説明した。
「優位に進んではいるが、敵の数がなかなか減らん。
北のルンディーはポポスからの軍が抑えているのだから、援軍が来ているのはダブランからなのだ」
ははぁん?
なるほど、そういうことか。
俺を前線に投入して勝利しても、それは俺の手柄になる。
だが俺をダブランに派兵して援軍を止めさせ、そうしてスジャルカを落とせれば手柄はウォレッドのものだ。
仮に俺がダブランで死んだとしても、別にウォレッドは痛くも痒くもない。
むしろ小生意気な糞ガキが勝手に死んだと、喜ぶだろう。
なんとも小賢しく、小汚い男だ。
「たった一人でなど、無謀すぎます!」
そこまで深く考えたわけではないだろうが、単純に俺を案じてアシェイラが反論した。
しかしウォレッドは鼻で笑う。
「貴様はそこのガキが千の兵に匹敵すると言ったではないか。
それともあれは嘘か? 副将たる俺を謀ったのか?」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるウォレッド。
確かに自分が言った言葉だけに、アシェイラはワナワナと唇を噛んでいる。
「もちろん客将殿には断る権限がある。
怖気づいて断るというなら、俺もやぶさかではないぞ。ん?」
それで煽っているつもりか?
生憎と、貴様のようなゴミに何を言われてもまったく効かないな。
ぶち殺すぞ。
だがこちらを振り返ったアシェイラを見て、俺は矛を収める。
その瞳は怒りと悔しさで零れそうになっていた。
まったく困った女だ。
そんなに悔しいならそいつを殺して国を捨てれば良いだろうに。
……まぁそんなに簡単なことではないか。
自由気ままな俺とは違うのだ。
「分かった。行ってやろう」
その言葉に少しだけ驚き、だが直後にはまた嫌らしい笑みをウォレッドは浮かべた。
「それはありがたい。
貴殿の活躍を期待してますよ客将殿」
「それは構わんが、その間ロンゴ軍は戦線を維持出来るんだろうな?
馬で飛ばしても二十日近くかかるぞ」
スジャルカからダブランまでは近くない。
その間にロンゴ軍が撤退し、スジャルカからグジャ軍が俺を追うなどとなると、かなり面倒なことになるのだ。
「問題はない。
食料や増援は今もダルパから運ばれ続けているし、無理攻めをしなければ二、三ヶ月は維持出来よう。
もっとも、首尾よくダブランからの援軍が途絶えれば、その前にスジャルカは陥落しているだろうがな」
結局。
帰り道はこの間と同じく、アシェイラを慰めながらになった。
気にするなと言っても聞かない。
その胸とは違い、彼女の心根は非常に硬いのだ。
ともあれ、すぐに仕度を整えて俺たちはダブランへと馬を飛ばす。
ウォレッドは戦線を維持出来ると自信たっぷりに言ったが、あいつは無能だ。
下手をすれば、本当に俺はスジャルカからの軍に追われかねない。
一人ならなんとかなるかもしれないが、アシェイラを守りながらではそれも厳しいだろう。
ならば奴の描いた図面通り、事を運んでやろうじゃないか。
いつか殺すのは確定事項だがな。




