43話 開戦準備
スジャルカの町を目前にした、砂漠と平原の境目。
以前ハーゼに連れて来られた隠れ家に、俺たちは入り込んでいた。
もっとも家主は不在である。
無断侵入になるが、まぁ味方なので問題はないだろう。
「ただいま戻りました」
町娘に変装したアシェイラが偵察から戻って来た。
モン娘は当然のこと、俺もあの町ではお尋ね者である。
唯一顔がばれていない彼女が、偵察役としては適任だ。
普通であれば顔がばれていなくとも、動きや物腰で軍人とばれそうなものだが、彼女の動きは洗練されたものではない。
多少目を引く容姿ではあるが、問題なかったようである。
「町の中は物々しい雰囲気でした。
露店などは出店しておらず、厳重な警備体制が敷かれております」
言いながらアシェイラは外套を脱ぎ、息を吐くように椅子に座る。
するとすかさず、その膝の上へとスー子が跳ねて行った。
最近はあそこがお気に入りのようだ。
「規模や率いている将についての情報は?」
「将については不明です。
重要な町ですし、規模から考えても大将軍の誰かだとは思いますが」
グジャ軍の四大将軍というのは有名らしい。
そして銀髪のイスリアもその中の一人だと、ロンゴ帝国で俺は知った。
ならば確率は四分の一。
知らず、拳に力が入る。
「兵の規模は最低でも三万。
出入りも慌しくなっていましたから、開戦までにはまだ増えるかと」
対するロンゴ帝国軍は五万である。
一般に攻撃側は守備側より三倍程度の兵員が必要とされるが、それは砦や城攻めの話だ。
スジャルカは他の町に比べて外壁などは頑丈に作られているが、あくまでも町である。
それに長らくロンゴ帝国領でもあった。
どこから攻めれば崩しやすいか?
そういった情報は、ロンゴ軍の方が詳しいだろう。
「勝機は十分にあるかと思います」
「こちらには俺がいるのだぞ? 勝利は確実だろう?」
そうですねと破顔しながら、アシェイラは膝の上のスー子を撫でている。
そこに、次の偵察部隊が帰ってきた。
「戻ったニャ」
ヴェルティは髪の毛に混入した砂を払い、続いてフィーもやってきた。
彼女達は、二人でロンゴ帝国軍の現在地を調べてきたのだ。
「どうだった?」
「いっぱいいたニャ」
……。
聞かなかったことにして、俺はフィーに向き直る。
「どうだった?」
「現在地と行軍速度から計算すると、およそ二十二時間後。
明日の夕方には到着するとフィーは推測します」
なんと出来た少女なのだろうか。
パーフェクトである。
どこぞのバキャットとは大違いだ。
俺のヴェルティに向ける視線が厳しくなっていたのだろう。
その気配を察し、慌てて猫が
「アタシもそう言おうと思ってたとこニャ」
などと言うが、依然として脳みその行方は不明だ。
コイツにまともな知能を授けるなど、前世の俺でも不可能かもしれない。
かといって胸が育つ気配もない。
彼女が摂取した栄養は、虚空の彼方へと消え去っているのだろう。
憐れみの視線とともにヴェルティをペンダントに戻し、次いで労いの言葉とともにフィーをペンダントに戻す。
それから俺は、アシェイラと正対した。
「聞いたとおりだ。
明日の夕刻に到着するのなら、こちらは昼頃に出て本隊と合流するぞ」
「そこで偵察で得た情報を報告し、共にスジャルカへ攻め込むのですね」
そうだと俺は首を縦に振る。
「報告の役目は私にお任せ下さい。
ペルティオーネの名であれば疑う者はおりませんし、それに……」
アシェイラが言いよどむ。
だがなんとなく分かった。
軍関係者の中には、俺を快く思っていないものが多いのだろう。
逆の立場になれば分かる。
どこの馬の骨とも分からないポッと出の子供が、副将に近い権限を持っているのだ。
面白くはないだろう。
特に身分がものをいうロンゴ帝国なら尚更である。
「分かった。では頼むぞ。
顔見せもあるので、無論俺も着いて行くことになるが」
「あ……はい。申し訳ございません」
お前が謝ることではないだろうに。
まったく生真面目な女だ。
「ただし何か言われたらすぐ俺に言えよ?
なぁに、ちょっと力を見せ付けてやれば、黙らせることなど簡単だ」
その言葉で笑顔が戻り、アシェイラはコクリと頷いたのだった。
……。
だが翌日の夕方。
その笑顔は曇っていた。
曇りどころか今にも降り出しそうである。
その原因を作っている男。
ロンゴ帝国副将軍ウォレッド・ノブレーが、嫌みったらしい声でアシェイラに言い放った。
「ナウラ議官の娘とはいえ、兵長風情が偉そうな口を聞くなよ?
貴様は大人しく隅っこで子守でもしていろ」
それはスジャルカから二キロの位置に設営された、ロンゴ軍の本陣。
現状の報告を兼ねて、俺の先陣を進言したアシェイラに対する反応である。
俺が彼女に頼んだわけではない。
だが前線で戦い銀髪を殺したいという俺の願いを、彼女は汲み取ってくれていたのだ。
もちろん俺の実力を評価してのことだが、それを知らないウォレッドは鼻で笑う。
「どれだけ賄賂を積んだのか知らないけどな。
戦場は子供の遊び場じゃねぇんだよ」
その言葉に同調した周囲の兵達から、一斉に笑いが巻き起こる。
嘲笑の暴力に晒されて奥歯を噛み締めながら、それでもとアシェイラは食い下がった。
「彼は見た目こそ子供ですが、その実力は千の兵に匹敵します!
勝利を磐石のものとするためにも、是非御一考を――」
スッと。
ウォレッドの抜いた剣がアシェイラの首元に定められ、彼女の言葉が遮られた。
「貴様。
我々が子供の力を借りねば町一つ落とせないと、そう言ったか?」
見れば周りの兵達も、怒気を含んだ目でアシェイラを睨みつけていた。
その剣呑な雰囲気に、俺は彼女を庇うため一歩前へと進み出ようとする。
だがそれをアシェイラは手で制す。
任せてくれと言ったのは自分だと。
最後までやらせてくれと、そう彼女の背中が言っているようだった。
「そうではございません。言葉足らずの無作法、お許し下さい。
ただ私は――」
「お許し下さいと言ったな?」
またしてもアシェイラの言葉は遮られる。
今度は下卑た目をしたウォレッドに。
あぁ、俺はあの目を知っている。
あれはダメだ。
知恵の足りない腐ったゴミが、口から糞を吐き出す時の目だ。
「脱げ」
ピクリともせず、だがアシェイラの拳が限界を超えた力で握りこまれるのを俺は見た。
逆らえないのだ。
どれだけ理不尽であろうと、それが上からの命令である以上ロンゴの人間は逆らうことが出来ない。
「どうせ後ろの好色そうなガキにも見せてんだろ?
おらっ! 許して欲しいならさっさと脱げっ!」
暴れるのは簡単だ。
俺の力なら、次の瞬間にもここにいる奴等を皆殺しに出来る。
しかしアシェイラは、決してそれを望まないだろう。
ロンゴ帝国の人間として、軍人として、ナウラの娘として。
彼女は祖国と共に生きていかねばならないのだから。
「脱いで、せめて戦意高揚に役立てよっ!」
その言葉で、ふるふると震えるアシェイラの指先がついに防具の止め具を外そうと動いた。
だがその手は上から押さえられ、止められる。
止めたのは当然俺だ。
「アシェイラ脱ぐな。脱いではならん」
目が合った。
彼女の目は降り出す寸前である。
仮に降り始めてしまったのなら雷雨となり、俺という雷が周囲を滅していたかもしれない。
だが彼女は堪えている。
戦士としての矜持で、必死に抑えこんでいるのだ。
ならば俺はそれに応えなければならん。
「さてウォレッド副将よ。客将である俺は貴様に命令出来ん。
だが貴様もまた、客将である俺には命令出来ん筈だな。
ならばその二人が相反する命令を同じ人間に下した時、その裁定はどうなるのかな?」
普通は階位の高い人間の命令が優先される。
というのも、第二位と第三位が違う命令を第四位に出した時、第二位が第三位に命令の撤回を命令出来るからだ。
しかし俺は客将である。
皇帝以外の命令を遵守する必要がない。
こうなると、どちらかの命令を遂行すれば、もう片方の命令に背かざるを得なくなる。
状況は違えど、同階級の者二人から相反する命令を出されたに等しいのだ。
その場合、ロンゴ帝国憲法ではこう定められている。
『現状維持』
つまり、どちらの命令も聞かなくて良いのである。
「ぐっ……ッ!」
ウォレッドが、顔を真っ赤にして苦虫を噛み潰す。
ほとんどの人間を、自分の意のままに操れる立場。
それが覆されるなど、彼に取っては屈辱以外のなにものでもないのだろう。
「もういいッ! さっさと帰れッ!」
結果、小者であるウォレッドは退去を促す。
思い通りにならないものは、遠ざける以外の術を持たないのだ。
「そうさせてもらおう。
あぁ先陣の件だが、それはもう構わん。好きにやれ。
こちらも好きに動かせてもらう」
そう言い残し、俺はアシェイラの手を引いてその場を後にした。
帰り道『申し訳ございません』と消え入りそうな声で彼女が何度も呟く。
その背中を撫でながら、『今度あいつ闇討ちしような』と慰める俺であった。




