36話 男の天敵は俺の好物
アシェイラの突然の誘惑。
目つきの変わったラキュアとヴェルティ……いや、ラキュアはいつも通りか?
そして、妖艶な美女集団へと変わった大量の蝙蝠。
これらの事象から、俺はこうなった原因に思い当たっていた。
――淫魔。
天が俺に与え給うたご褒美のような存在。
男の精を搾り取ってくれる、とっても素敵な魔物である。
とはいえ、そう楽観視出来るのは俺がゴッドハンドの持ち主だからだ。
普通の男にとっては違う。
蝙蝠形態の時ならば、並の大人でも容易く葬れる淫魔。
だが、一度妖女形態に変わってしまったら、普通の男では勝つことが出来なくなる恐ろしい魔物なのだ。
まず、妖女形態になった淫魔に通常攻撃は通じない。
ただの美女に見えるが、あの体は複数の蝙蝠で形成されているからだ。
なので攻撃しても、その蝙蝠の核を上手く突かなければすり抜けてしまう。
次に、催淫効果をもたらす燐粉だ。
目には見えないこの燐粉。
これを吸い込めば、男も女も性欲に支配され惑わされてしまうのだ。
俺のように、逆に性欲を支配している者には通用しないがな。
……と考えれば、ラキュアにも通用しなさそうなものだが。
まぁいい。
最後に、その容姿である。
奴等は、獲物と定めた男の理想の姿で現れる。
極限まで性欲が高まった時、目の前に理想の女性がいるのだ。
これに飛びつかない男はいないだろう。
それこそ解脱した僧侶ですら、袈裟を脱ぎ捨てむしゃぶりついたという伝承も残っているくらいだ。
そうして限界を超えるまで男に精を吐き出させ、最後にはその血も肉も、魂までをも精と変えて吸い取る。
そんな恐ろしい魔物なのだが、なぜ俺は蝙蝠を見てコイツだと気付かなかったのか。
単純な話だ。
コイツ等は絶滅した筈なのである。
前世の俺は性豪だった。
時に、人間の女では満ち足りぬほどの性欲大魔人だった。
なので、淫魔がいると聞けば小躍りしながらそこへ向かい、片っ端から交わりまくってやったのだ。
通常攻撃の効かない淫魔。
だが奴等は、逆に自分が絶頂させられると妖女形態を維持出来なくなる。
そして蝙蝠に変わった時、その司令塔となる蝙蝠を殺すことで退治出来るのだ。
楽しみ、交わっては殺す。
そんな俺が『淫魔が厚着して逃げ出す男』という二つ名で呼ばれるようになったのも今は昔。
とにかく、大陸中の淫魔は俺の手によって全て極楽浄土に送られた筈なのである。
それがなぜ今、こうも大量にいらっしゃるのか。
俺の為に蘇ってくれたのだろうか?
嬉しすぎて涎と涙が溢れそうだ。
前世であれば、蝙蝠に戻ったら気持ち悪いだけなので殺していた。
しかし今の俺にはペンダントがある。
蝙蝠に戻したら、その司令塔を捕まえて従者にすることが出来るのだ。
淫魔の使い道など、パッと思いつくだけでも多種多様。
自分の思い通りに動かせるなど、考えただけでワクワクが止まらない。
余すところなくいただくとしよう。
……。
さて、なぜ俺がこんなに長々と淫魔の解説をしていたか?
それは――。
「んあぁぁぁっ!!」
今俺は、絶賛男の戦いをしている最中だからである。
「ほい八体目ゲット」
淫魔の収穫は順調。
であるのだが、それは俺のゴッドハンドによる攻撃力が健在だからだ。
以前ラキュアに翻弄された時に比べればずっと防御力も高まったとはいえ、精を搾り取ることに特化した淫魔の技術。
まともに受ければ容易く決壊してしまうのは目に見えている。
「いいぃぃぃっ!!」
「よし九体目」
なので、頭の中を少しでも冷静に保つために淫魔についておさらいしているのだ。
こうして小難しいことを考えていれば、いくらか気を逸らせるからな。
――そして。
「これで最後!」
目に見える範囲にいた淫魔。
それを全てペンダントに収めて、俺は一息ついた。
「ご主人~。そろそろアタシの番ニャ~?」
「あらあらぁ? 私ですよねぇ、主様ぁ?」
あぁ、コイツ等が残っていたか。
というか、ヴェルティはまだしもラキュアさん?
完全に正気の目をしてませんかね?
「そんなことないわぁ」
そんなことあるじゃねぇか。
まぁいい。
一滴たりとも吐き出せず、俺もどうにかなっちまいそうな状態だ。
幸いなことにアシェイラも起きる気配はないし、二人まとめて相手をしてやるか。
「ヒィヒィ言わせてやるからな! かかってこいや!」
――そのあと、めちゃくちゃヒィヒィ言わされた。
……。
明けて翌日。
アシェイラには、寝ている間に服を着せておいた。
その際色々触ってしまったのは不可抗力。
ふにょんとか、ぷるんとか、色々な擬音が聞こえた気がするが割愛しよう。
その後疲れきってグーグー寝ていた俺を、先に起きたアシェイラは正座で待っていたようである。
俺が起きた時には、痺れた足でプルプルしていた。
「なにしてんだお前は」
その行為になんの意味があったのかと問うと、謝罪だという。
「私はリク様を誤解していました。あんな醜態を晒した私に手を出さず、それどころか叱責もなされない」
「犯して欲しかったのか? それとも怒って欲しかったのか?」
「そういうことではございません。
この国にはリク様もご存知の通り、厳格な身分制度がございます。
身分が下の者は命を賭して上の方を守らなければなりませんし、それが出来ねば厳しい罰を与えられて当然なのです」
一体何時間その姿勢だったのか。
背筋は伸びているものの、正座したままの足は微妙にモジモジしている。
後ろから足の裏をつついたら、さぞ楽しい踊りを見せてくれそうだ。
「それなのにリク様は、あろうことか狼の牙からも守ってくれました。
失礼ながら普段の傲慢な態度から、私はリク様も他の方々同様、権力を盾に弱者を虐げる側の人間だと思っておりました。
その愚かな浅慮。心得違い。
心より謝罪させて下さい」
そう言って、深々と頭をさげるアシェイラ。
それを俺は、ぽりぽりと頬を掻きながら聞いていた。
いや、なんというか恥ずかしいだろ。
そういう態度だって、全く身に覚えがないわけじゃあない。
なのに面と向かって『貴方はそんな人とは違う』と言われてしまったら、なんとなく『コイツの前ではそういうところを見せないようにしなきゃな』と思ってしまう。
それがなんというか、こう……えぇい!
言葉にならん!
「ひゃっ! な、なにをッ!!」
なので、俺はアシェイラの足裏を突いてやった。
そりゃあもう、逃げる足首を捕まえて、これでもかと突いてやった。
「お、お止め下さい! リ、リク様!」
ジタバタもがき涙目になっているアシェイラ。
逃げようと足を動かせば、その振動で痺れが広がり動けなくなる。
だが固まった先でまたつつかれれば、動かざるを得ない痺れに襲われるのだ。
ふんっ!
俺をモヤモヤさせるからだ!
しばらくその踊りを堪能してから、俺は立ち上がった。
「帰るぞ」
そして短くそれだけ言い、スタスタと歩き出す。
まだ若干痺れが残っているのか、よたよたと立ち上がったアシェイラも「は、はい」と続いた。
だがその声に若干の喜色が含まれているようで、なんとなく俺は顔を合わせないようにするのだった。




