37話 予期せぬ
淫魔の討伐から五日後。
その間、俺は帝都の周りで魔物狩りに精を出していた。
南の森は狩りつくしたが、西には広大な海。
そして東の草原地帯や北の不登山脈の麓には、グジャ国領では見なかった強力な魔物が数多く生息していたのだ。
例えばサハギン。
魔法耐性を持つ硬い鱗に覆われた、水陸両用の魔物である。
手にした三又の矛も強力で、水を操る力がある。
それから雷鳥。
大きさは手の平サイズだが、素早く空を翔るので狙いづらい。
さらにその名の通り雷魔法を得意とし、手駒としては有能だろう。
もっと大きければ俺を運ぶことも可能だろうから、大きな鳥型の魔物も探したいところだ。
他にも様々な魔物をペンダントに収めつつ、ラキュアとヴェルティの修行も兼ねる。
スー子はいまだ体調が戻らず、布団の上でぴぎぴぎ言っていた。
心配ではあるが、アシェイラが面倒をみてくれているので大丈夫だろう。
己の研鑽と、戦力の増強を図るそんな日々。
それを切り裂くように、帝都バゼルナッシュリアを一つの報せが走り抜けた。
『グジャ王国第一王子ロレアス重態』
真偽は定かではない。
だがロンゴ帝国の動きは早かった。
翌日には軍を編成し終え、グジャ王国への進軍が始まったのだ。
グジャ王国の国王は、未だ病床に伏せている。
代わりに国務を取り仕切っていたロレアスも、死の淵を彷徨っているという話だ。
この情報が本当ならば、好機以外のなにものでもないだろう。
「リク様にも、出来ましたら従軍をお願い致します」
当然ながら、俺にも出撃要請が来た。
それを俺は快諾。
ロンゴ軍は南のダルパを経由してからベフェリト砂漠を横断する予定だという。
だが俺は直接南東へ向かい、一気にスジャルカへ向かうつもりだ。
単独行動は快く思われなかったが、先に到着して偵察もしておいてやると伝えたところ、許可が下りた。
ちなみにこの行軍には、ロンゴ帝国お得意の奴隷兵は従軍していない。
速度重視であり、また砂漠超えとなれば奴隷兵は足手まといにしかならないのだ。
奴隷兵を十全に活躍させるためには、攻めよりも守りが適しているということだろう。
その分、北のポポスからルンディーの町へも同時侵攻するらしい。
とはいえ、そちらは陽動だ。
作戦の詳細までは聞かされていないが、ポポスから出せる程度の軍で町を落としきれるとは思えないのだから。
ともあれ、ダルパからスジャルカ。
そしてポポスからルンディーへの二正面作戦が開始されたのである。
……。
バゼルナッシュリアを発ってから二週間。
俺はベフェリト砂漠へ到着していた。
もう少し迂回すれば砂漠地帯を通らないことも可能だが、今の季節は冬である。
以前のように暑さに悩むことはないし、砂漠地帯であれば砂海蛇が活用出来るので、あえてこちらからの経路を取った。
「今頃ロンゴ軍の本隊はダルパを出発した頃でしょう」
砂海蛇の上。
おっかなびっくり捕まりつつ、アシェイラが現状を分析した。
「かもな。であれば開戦は十日後といったところか」
砂漠の移動には慣れているロンゴ軍。
グジャ軍であれば踏破するのに二週間はかかるベフェリト砂漠だが、ロンゴ軍ならば十日で渡りきる。
「なら三日は余裕がありそうですね。リク様の魔物は優秀ですから」
少し慣れたのだろう。
アシェイラは、砂海蛇の背を撫でながら言った。
その感触がくすぐったかったのか、砂海蛇が一瞬蛇行する。
「あまり刺激するなよ。危ないだろ」
「は、はい。申し訳ございません」
そしてうな垂れるアシェイラ。
彼女は、この行軍が始まってからどうにも情緒が不安定だ。
ひょっとしたら……。
「お前、人を殺したことは?」
途端ビクリと。
傍目にも分かるほどにアシェイラがうろたえた。
やはりそうか。
彼女は戦争の多いロンゴ帝国にいて、戦争を経験したことがないのだ。
しかし考えてみれば不自然ではない。
兵長という身分は与えられているが、彼女の父は元老院の議官だ。
その立場は第二位にあたる高位なので、その娘が危険から遠ざけられるのも当然のことといえる。
特に武人としての心構えを持ちながらも、武人としての実力を持たない彼女ならばなおのこと。
「足手まといになるならそこらに隠れてろよ? そういえばスジャルカの近くに秘密のアジトがあったな。
なんならそこに――」
「お気遣いなくッ!
……大丈夫。大丈夫ですから」
どうにも言葉が通じないなと、俺は肩をすくめた。
だってそうだろ?
俺は邪魔だから引っ込んでろと言ったんだ。
それなのに、気を使うなと返ってきたんだぞ。
……俺は気を使ったのか?
よく分からない。
そんな気もするし、そうじゃない気もする。
だが、前世の俺とは少しずつ何かが変わってきている。
その感覚だけは、確かなものだと思えた。
……。
翌日。
肌寒いくらいの砂漠を、飽きもせずに俺たちは疾走していた。
「少し寒いですね」
「そうだな」
「では上着を着てもよろしいでしょうか?」
「ダメだ」
ダメに決まっている。
上着など着たら、胸の揉み心地が悪くなるであろう。
そんなことも分からんとは、まだまだヒヨッ子よな。
というわけで、今日の俺はたわわな果実を手の平で弄んでいた。
ずっと砂しかない景色なのだ。
視覚も嗅覚も聴覚もつまらないのなら、せめて触覚くらいは楽しみたい。
体勢としては、砂海蛇の背中の上にアシェイラが跨り、その後ろから俺が抱き着いている格好だな。
身長に差があるので、姉に甘える弟のような構図かもしれない。
まぁ実情は俺のほうが格段に偉いので、他人からどう見られようとも構わん。
そもそも他人がどこにもおらんしな。
「付かぬ事をお聞きしますが」
「なんだ?」
「楽しいのですか?」
「最高」
アシェイラは文句を言わない。
逆らえないというのもあるが、以前ほど冷めた目で見てくることもない。
慣れというのは恐ろしいものだ。
そうして、あれよあれよとエスカレートしていき、気付いた時には妊娠していることに――。
「なりません」
さすがにそうはならないらしい。
「初めは、リク様が得体の知れない恐ろしいものに見えていましたので」
「今は違うと?」
アシェイラは首だけ振り返る。
顔つきはキリリとしているが、瞳の奥に慈愛のような感情が見て取れた。
「短い期間ですが、それでも分かることはあります。
リク様は少しだけエッチな、どこにでもいる十二歳の少年でした」
「馬鹿めっ! 俺は来月で十三歳だ」
「それは失礼しました」
口で謝罪しながら笑い、アシェイラは前へと向き直る。
まったく勘違いも甚だしい女だ。
少しだけだと?
俺で少しなら、凄くエッチな奴はどんなことになるのやら。
生き物であれば何にでも発情し、果ては植物にまで……いたな、そんな奴。
と、変態一族のことを思い出してしまったからだろうか。
不意にドロリと空気が重くなった気がした。
――いや、気のせいじゃない!
砂海蛇の腹を蹴って動きを止めさせ、俺は背中から飛び降りる。
「リク様!?」
慌てて続くアシェイラを尻目に、すぐにラキュアとヴェルティを呼び出した。
この感覚。
記憶にあるものと違いないだろう。
「なん……ニャ……」
「あらあらぁ……」
出てきたと同時、彼女達も察知したようだ。
砂しかなく、方角も分からない砂漠の真ん中。
なのに、二人が見つめる方角は一致している。
「そっちにいるのか?」
なんのことかと、気配に気付けないアシェイラが目で訴えてきた。
それを手で制し、ラキュア達の反応を待つ。
「いるわねぇ」
「前のより強そうニャ。どうするニャ? ご主人」
どうするもこうするもないだろうなと、俺は頭上のスー子をアシェイラに手渡しながら思っていた。
なぜならラキュアとヴェルティが見つめる先。
その空に、無数の炎弾が出現したからだ。
「アシェイラ。スー子を頼む」
言って、突き飛ばすように下がらせる。
それと同時だった。
俺たち目掛けて、炎弾が降り注いだのは。




